君を見ているのなんて、当たり前なんだから。「……うーん。今日もあっついねえ」
被っていた帽子を深くまで被りなおす。
大凡独り言のように言われたそれに、返す声があった。
『今日は、最高気温は何度なんだっけ?』
「36°まで上がるそうだよ。ここまで暑いと、溶けてしまいそうだねえ」
『と、溶ける!?るるるる類くん!早くワンダーステージに行こう!』
慌てるような声に思わず笑いながら、足を速める。
目線を下げると、心配そうに此方を伺う金色がいた。
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猛暑日が連日続く、今日この頃。
新作のショーが大盛況のまま終わったこともあり、連日の猛暑の中、頑張ってくれたからと、慶介さんから特別にお休みをもらった。
司くんは少し不服そうだったけれど、休むのも大切だと言われて渋々頷いていた。
さて、ではそんな中、何故僕はワンダーステージへと向かっているのか?
答えは簡単。
この休みを使って、新たな演出案を考えていたからに過ぎない。
途中から見学にきたレンくんと会話を交えながら話していたのだけれど、前回のショーで使わずじまいだった機材を置きっぱなしにしていたことを思い出し。
ちょうどその機材が、次に作ろうとしていた機材と連動するものということも相まって
回収がてら動作確認をしに来た、というわけだ。
しかし、まあ。
(これは、想像以上だねえ)
照り返しも相まって、想像以上に暑い。
急かされて早く歩いていたけれど、これはさっさと抜けたほうが良さそうだ。
とはいえ、走ったらそれはそれで暑いから、早歩きだけれども。
そんなことを考えながら。
一歩、また一歩と歩みを進めた。
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「ふー……」
舞台袖に入り、鞄から飲み物を取り出して飲む。
最近話題の、ペットボトルのまま入れられて冷たさをキープできるカバーを購入したけれど、これは想像以上だ。
複数持ってきておいてよかったな、なんて考えながら、機材がある場所へ向かう。
その途中、『あれ?』という声が響いた。
「?どうかしたかい、レンくん?」
『あの部屋って、いつも開いてるんだっけ?』
「あの部屋?…………おや?」
レンくんが指をさす方向を見ると、そこは控え室だった。
普段は重要書類なんかもここに置いて鍵を閉めているから、こうして開いているのは本当に珍しいことだ。
「確かにそうだね。普段は司くんが鍵をかけるはずなんだけれど……」
『司くん、鍵かけ忘れちゃったのかなあ?』
そう話しながら、扉に手をかける。
扉に触れただけでも感じる熱気に、思わず顔をしかめた。
しかし、その先にあった光景に。
僕は思わず、呼吸を止めてしまった。
煌々とした太陽の光に照らされた、室内。
控えめに開けられた窓からは、熱気しか入ってきていない。
設置されている筈のクーラーは、いつから動いていないのか、沈黙している。
そんな室内の、机に。
ぐったりと顔を伏せる、
見慣れた金色のグラデーション。
「っ司くん!?」
慌てて部屋に入ると、感じる熱気に呼吸が止まりそうになる。
レンくんに司くんへの声かけを任せ、直様窓を閉めてクーラーをつける。
ここまで温度が上がった状態でつけると電気代が馬鹿にならない気がするが、悠長なことは言ってられない。
冷気が出ていることを確認してから、口をつけていないペットボトルの飲み物からカバーを外す。
後は司くんの身体を冷やせれば。でもここが冷えるのは、まだ時間がかかるし……
そう考えていると、レンくんから声がかかった。
『類くん!司くんが起きたよ!』
「!本当かい!?」
直様戻ってくると、頭を手で抑えながら、俯いた状態で顔を上げている司くんの姿があった。
傍にいくと、気づいたのか。
ゆっくりと、司くんの顔が此方を向いた。
「……る、い」
「司くん、大丈夫かい?どこか悪いところは?」
「…………あたま、が……いたい……」
その単語に思わず顔を顰めながら、手にしていた飲み物を渡す。
申し訳なさそうにする司くんの手に強引に握らせると、苦笑しながらもキャップを開いて飲んでくれた。
「後は、司くんの身体を冷やしたいとこだけど……ここだと、流石にまだ暑いからなあ……」
カバーを外した飲みかけの方で、身体を冷やすように司くんの首筋に当てながら、どうしたものかと思案する。
すると、スマホの方から『あっ!』と声が聞こえた。
『類くん!こっちにくればいいんじゃないかな?』
「こっち……セカイに、かい?」
『うん!こっちなら涼しいし、この前ショーで使ったおっきい扇風機もあるよ!』
「なるほど。うん、それならそうしようかな。司くんもいいかい?」
そう言いながら司くんの顔をみやる。
明らかに熱中症だとわかる顔を、司くんは申し訳なさそうに歪ませていた。
「あ、ああ。……レン、すまんな」
『ううん、気にしないで!じゃあ、セカイで待ってるね!』
その声を最後にいなくなったレンくんを追いかけるように、手を繋いでいつもの曲を流す。
手のひらから感じる、いつもよりずっと高い体温に。
思わず、ぎゅっと力を入れてしまった。
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「……司くんは本当にばかだよねえ」
「うう、何も言い返せん……」
芝生に寝転んだまま、しょんぼりとする司くんにため息が溢れる。
あれから、飲み物や身体を冷やすものを買い足したり、レンくんが巨大扇風機を持ってきてくれた甲斐もあって、司くんの容態は大分よくなった。
しっかり話せるようになったのを見越して問い質すと、予想外の回答が返ってきた。
なんと、座長としての作業をする日と学級委員長の仕事をする日が被ってしまったがために。
急遽ここに出向いて座長の作業をしていた、ということだった。
窓を開けていたのも、作業をしていた時間はまだそこまで暑くなかったから大丈夫だろうと判断してのことだったらしい。
しかし、時間が経つにつれて日が昇ることを失念していたこと。
そして、眠気に負けて少しの間居眠りしていた間に。
真夏の太陽が猛威をふるった、ということだったらしい。
「そもそも、それくらい僕たちに声をかければよかったのに」
「い、いやしかしだな。これはあくまでオレの仕事であって、」
「それで倒れちゃったら元も子もないでしょ?」
「…………返す言葉もないな……」
自身にかかっているブランケットで顔を隠しながら言う姿に。
思わず、可愛いなあ、なんて思ってしまって。
苦笑しながら、頭を撫でる。
「……やっぱり、なあ」
ぽつり、と呟かれた言葉に、思わず首を傾げた。
「??どうかしたかい?」
「いや。…………類は、いつもオレが大変な時に、必ず見つけてくるな、と」
「え?」
その言葉に、僕はきょとんとしながら返してしまった。
だって。
「当たり前、じゃないかい?」
「え?」
「司くんが大好きなんだから。今日みたいなイレギュラーなのはあれだけど。
大好きなんだから、見つけるのは当然だよ」
そう答えると、司くんは。
「…………そうか」
とだけ返して、またブランケットに潜り込んだ。
その時に見えた、赤く染まった耳は。
きっと、熱中症のせいじゃないんだろうなと、思いながら。
ブランケット越しに、そっと抱きしめた。