果たして、無自覚なのはどちらなのか。「……よし、15分休憩にしよう!各自ちゃんと水分補給するようにっ!」
「はーい……」
「はーい!」
「わかったよ。それじゃああれの調整でも……」
「だから休憩!だからな!?」
はあ、とため息をつきながら、首元を伝う汗を拭う。
今年は残暑が厳しいようで、暑い晴れ間がずっと続いている。
だからこうして、こまめな休憩を挟み、水分補給をしてもらっている、という訳だ。
「……あ!飲み物なくなっちゃった!司くん、買ってくるね!」
「あ、わたしも行く。もうなくなりそうだし」
「お、そうか。……ふむ。」
それを聞いて、思案する。
ワンダーステージは森に囲まれていることも相まって、一番近い自販機でも5分。
従業員用の自販機ともなると、更に距離がある。
これでは、往復の間に時間がかかってしまい、休憩時間が取れないだろう。
ならば。
「なら、休憩時間を少し長くしておこう。ゆっくり帰ってくるといい」
「わーい!司くんありがとー!いってきまーす!」
「ん、ありがと……って、えむ!?ゆっくりでいいって言ってるんだから走らないの!」
オレのそんな言葉に嬉しそうに走っていくえむ。そしてそれを、寧々が慌てて止めながら追いかけていく。
相変わらず仲がいいな、なんて思いながら、類の元へ歩いていった。
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休憩に入り、近くに水筒を置いたまま、機材の配線を弄る。
少し離れたところで寧々達と話をしていた司くんが、此方に歩いてくる音が響いた。
「……だから、休憩っていっただろう……」
「だって、これの調子が悪いみたいだし。早く試したいから」
「確かにその気持ちはわからんでもないが……」
司くんに声をかけられても、僕は顔を上げなかった。
司くんがどんな顔をしているのかは想像に容易いけれど、今はそれどころじゃない。
残暑の影響も相まって、機材が熱暴走を起こしかけているのだ。
冷却効果を高めたり、扇風機の用意でもしないと、本番の時に動かない可能性もある。
演出家にとって、死活問題なんだ。
「せめて、水分はちゃんと取ってくれ……」
「んー、少し前に飲んだし、今は手が離せないからなあ」
「お前な……」
僕の言葉に、司くんがため息をつく。
正直に言うと、嘘だったりする。水分をいつ飲んだか、僕も覚えてない。
司くんも、きっとそれがわかっているんだろう。
でも、僕は3人と違って日陰での作業が多い。多少暑いけれど、3人ほどじゃない。
だから、多少水分補給を疎かにしても、問題はないのだ。
そう思いながら、部品を手に取った。
その時。
「っ、ん」
「ん、んう……!?」
突然目の前いっぱいに、金色が広がる。
……否、これは司くんだ。
司くんが、僕にキスしている。
驚きで固まっていた僕が動き出したのを見計らったのか、唇に舌が侵入してくる。
咄嗟に開けてしまった口に、舌と共に水が入り込んでくる。
「ん、……ん」
「んむ……ぅ……」
司くんの体温でほんの少しぬるくなった水が、僕の口に流れ込んでくる。
僕は抵抗もしないまま、流れ込んできた水をそのままごくりと飲み込んだ。
「っ、はあ……。これで、いいか?」
「は……、え?」
口元を拭いながら言われた言葉に、思わず聞き返してしまった。
僕の反応に、司くんもキョトンとしながら首を傾げる。
「……なんだ、無自覚か?」
「え、本当になんのこと?」
「類が言ったんだろう。『手が離せない』って」
その言葉に、僕はハッとなった。
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僕の家で二人きりでいた時。
なかなか水分補給をしない僕に、司くんはずっと催促をしていた。
でも僕は、水分補給をする手間が面倒で。
それをする暇があったら、作業に集中したくって。
それを伝えても尚、催促する司くんに、言ったんだ。
『そんなに飲ませたいなら、司くんが飲ませてよ』
と。
僕の言葉に司くんは赤くなりながら怒っていたけど。
結局、僕が全く水分補給しないのを見て。
作業の合間を見て、口移しでくれたんだっけ。
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僕は、思わず頭を抱えた。
いや、確かに僕はそう言った。
それに、『手が離せない』って単語も、司くんに催促されてた時に多用してた。
けれど。
「あの、司くん」
「ん?なんだ?」
「あの、僕ね、今本当に手が離せなかっただけで……」
「…………え」
「だから、その。……飲ませてほしいって、催促、した訳では……」
僕のその言葉に、司くんの顔が真っ赤に染まっていく。
あ、ヤバい。
そう感じて、咄嗟に耳を塞ぐ。
その日、ワンダーステージに響いた司くんの声は。
帰り途中のえむくんや寧々の耳にまで、届いたらしい。
その日から3日間、司くんは口を聞いてくれなかった。