怒るけど、嫌わないから大丈夫　ゲンガーのフードポンチョを身に纏い、右腕に小型バスケットを提げた子供が、パシオのポケモンセンターサロンにて、一節踊るように、踵でくるりとサカキの前で踊ってみせた。

「トリックオアトリート」

　サカキの目の前で踊りを舞うような子供の心当たりなど、息子であるシルバーや、このパシオで顔馴染みになったケイ、百歩譲ってリーフくらいの者だったが、意外なことにそれはレッドだった。サカキはその事に驚いて瞬きをしたものの、ああ、この子供も年相応にハロウィンという祭りに興じたりするのかと、どこか内心で安心をする自分もいる。

「存在事態がトリックでトリートな奴が言うのか？」

　が、それを悟られぬように、サカキは一つため息をついた。

「まあ、知らん仲でもないしな。くれてやろう」

　先述した三人に菓子をねだられることを想定して、用意をしていたかぼちゃの形をしたクッキーの袋を一揃い、彼に手渡す。瞬間、ねだりはしたものの、まさか本当に彼から菓子を貰えると思っていなかった意外さと、僅かに浮かんだサカキの柔らかな笑みを見て今度はレッドが瞬いた。

「……なんだ、どうした」

　問われ、つい、とレッドは頬を染めて視線を反らす。

「最近、ケイとばっかり楽しそうにしてるから、悪戯以上のことしてやろうと思ってたのに」

　確かに、このところはこのサロンでケイの話し相手になることが多かった。少々拗ねた表情で、子供は言う。

「待て、聞き捨てならんぞ」

　少し背伸びをして爪先立ちをしたレッドは、サカキの首筋に口付けた。

「…………ッ」

　少年の唇がサカキの首筋から離れていく。口付けをされた首筋に、思わずサカキは手をやった。

「これくらいで許したげる」

　他にも知り合いに、菓子をねだりに行くのだろう。そう言って、レッドは彼に背を向け、パタパタと駆け出して行く。

「……充分、悪戯以上じゃないか、これは」

　ーー単純に、大人と子供程の身長差で、合意の上での口付けではない。首筋に口付けをする意味など、レッドはわかっていないだろう。
首筋への口付けは、相手への強い靭い執着心を意味することを。時に、性的な誘いの意味であることを。

「だから言ったんだ、存在事態がトリックだと」

　自身の熱くなる頬を感じて、サカキは小さくなりつつあるレッドの背を見送った。