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    huwasao

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    huwasao

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    ライ→ヤンで原作後転生した設定。今生でヤンと義理だが兄弟になってしまったが、ヤンに恋愛感情を抱いてしまったラインハルトの葛藤…の途中までの話。世界は帝国、同盟、フェザーンは健在ですが、戦争はおきていない世界線。ラインハルトは記憶ありです。

    細かい設定はさて置き、雰囲気でお読み下さい。
    誰得な話ですが、書いてて楽しかったです。道ならぬ恋は良いよね、と思う。

    #ライヤン
    #銀河英雄伝説
    #ヤン・ウェンリー
    Yang Wen-li
    #ラインハルト・フォン・ローエングラム
    reinhardVonLohengram.

    二度目の愛を貴方に捧げる息が弾む。金糸の髪が激しく揺れる。
    黒いシャツに、濃紺のズボン。シンプルな服装。しかしあまりに端正な横顔に皆が振り向くけれど、当の本人は脇目も振らず走っていく。

    目的地の扉が見えた。青年は一旦立ち止まる。扉の横、通信機のランプは緑なので、オートロックはかかっていない。全くまたか…。彼らしいと言えばそうだが、相変わらず危機意識に欠ける人に、頭を抱えたくなる。
    が、今はそうじゃない!それは後で良い。
    青年は先ほどの駆けてきた勢いのまま、開扉ボタンを
    押した。待ちきれず、扉が開き切る前に身体を押し入れ。

    「兄さん!」

    ドンッと足を踏み込み、道場破りでもするかの如く呼んだ。あまりある勢いに、普通なら驚くところ、呼ばれた当事者は、部屋の奥、静かに背を向け佇んだままだ。その手には本があり、視線は落とされたまま。

    シュンッと扉が閉まる音が、背中越しに届く。
    はぁ…、はぁ…、息苦しい。それはそうだ。親友からとある話をされ、急ぎここまで走ってきた。
    それなのに、微動だにしない人に苛立ちが増す。脈打つ鼓動のまま、青年は再度声を上げた。

    「…っ、兄さん!こっちを向いてくれ!」

    机にも、ソファにも、彼方此方山積みな本の森の中で、ようやく黒髪が動いた。

    「なんだい、ラインハルト」

    パタンと本を閉じ片手で抱いたまま、黒髪の青年はようやく振り向いてくれた。
    まとまりがない漆黒の髪が、ふんわり振れる。白いカッターシャツにブラウンのニットベスト。グレーのズボン。袖から出てる手足は細く、見るからにひ弱だ。
    だが、その頭脳は何者にも凌駕するのだと、ラインハルトは知っている。少なくとも、この大学の教授に収まる程度ではない。

    そう………生まれる前から。
    彼と宇宙で戦った頃から、知っているとも。

    「ヤン兄さん!」
    「だから、なんだい?ラインハルト」

    青年は、ヤンは、本を机の上に置いた。
    そんな散乱した所に置けば、また本が無い無いと騒ぐだろうに。ラインハルトの脳裏に、そんな心配が浮かぶが、今はそれどころではない。

    薄氷の瞳がキッと射抜く。

    「俺に言うことはないのか!」

    責めるように問いかければ、学生と見紛う顔が眉を下げる。ふう…と口元を和らげ。

    「何のことだとはぐらかすのは、お前に失礼だろうね」
    「当たり前だ。偽りは許さない!」
    「…………」
     
    仁王立ちし、全身で意思を伝えてくるラインハルトに、ヤンは無言を返す。少しだけ眼差しに困惑を乗せて。
    けれど、ラインハルトの心は余計にざわめく。
    それだけか?それしかお前の心は動かないのか、と。
    ギリッ。噛み締めた歯が鳴った。雄叫びのように。そのまま喉奥から、親友に聞かされた時からずっと、ラインハルトは抱いていた質問を吐き出した。

    「婚約とは、どういうことだっ!?」
    「…………」
    「また無言か!?いい加減、何か答えろ!」
    「ーーーそうだよ」

    怒りが籠もった問いに返ってきたのは、夜の湖畔のように閑静な答え。
    予想通りで、でもそうであって欲しくなかった。返答を握り潰すように、ラインハルトは拳を握りしめる。その様を見つめていたヤンは、苦笑いを浮かべた。



    ヤン・ウェンリー。

    ここでない時。ここでない場所で。
    雌雄を決した好敵手。唯一、ラインハルトが同等と認めた人。

    その記憶は、ラインハルトが生まれた時からあり、成長に伴い消えるどころか鮮明に思い出していった。
    今も銀河帝国と自由惑星同盟は存在する。しかし戦争など起きておらず、実情は色々あろうが、現在いるフェザーンと併せ、三国は程良い関係にある。

    波乱な記憶の中で、己は銀河帝国の皇帝で、ヤンは自由惑星同盟の元帥。互いに自国の命運を背負う者。
    まるで作り話だ。キルヒアイスに話したら、彼はきょとんとした。姉アンネローゼも同様で…。
    壮大な夢ね…と姉に言われたが、ラインハルトは初めて姉の判断を否定した。これは夢ではない、と。

    今といつか。2つの記憶に悩むラインハルトの前に、見知った者が現れた。

    他でもない、ーーーヤン・ウェンリーが。


    ラインハルトとアンネローゼの両親、父親セバスティアン·フォン·ミューゼルは、記憶の中のように酒に溺れることはなかったが、若くして肝臓の病気で亡くなった。
    母親クラリベルは記憶のような事故に遭わず健在であったが、働き盛りの夫を亡くし、2人の子供を育てる為に、宇宙港で荷物の仕分けの仕事に就いた。
    仕分けは重労働で、若いとはいえ女性にはつらい仕事だったろう。母親はみるみるやつれていった。
    そんな時にクラリベルは、交易商人のヤン·タイロンと出会う。一代で財を築いたヤン·タイロンは、クラリベルと同じく配偶者、妻を亡くしていた。彼の妻カトリーヌ·ルクレールは、数年前に病でこの世を去っている。

    そんなこんなで境遇が似ている二人。
    クラリベルが仕分けをミスし謝罪したのをキッカケに二人は話すようになり、実は私は妻を亡くして〜、あらそちらもなんですか〜等、共通の話題で会話が進んだであろう。
    やがて恋に落ちて………なんてことはなかった。
    二人共、亡くなった妻と夫を愛していたし、子供がいた。恋に溺れるには亡くなった配偶者への愛があり、愛に焦がれるには子供達の存在があった。 

    なら、二人の関係はこれで終い。
    ーーーとは、ならなかったのは、運命のいたずらとやらか。

    ミューゼル家の実情を知ったタイロンは、とんでもないことを提案してきたのだ。 

    『好きでなくていいので、結婚して下さい』と。

    どうやらタイロンは一人息子のヤンが、独り宇宙船で育つことを心配していたようだ。商人であるからこそ、人との関わりは生きていく上で大事だと知っているタイロンは、ヤンに家族を与えたいと考えていた。対してクラリベルは、お金に困っていた。女一人の稼ぎでは、生活していくのが関の山。食費を切り詰めているが、学費の支払いも危うい。だがタイロンの資金があれば。アンネローゼとラインハルトに苦労させずにすむ。

    二人の大人が子供達の為を思ってとった偽装結婚は、ラインハルトにとって雷鳴に打たれた衝撃より大きい。新しく家族になると紹介された青年ヤンは、当事18歳、ラインハルトは9歳。記憶の中で会った時より格段に若いヤンだったが、その眼差しは確かに同盟軍最高の智将と呼ばれた深淵さを以ていた。
    ああ、彼はあのヤン・ウェンリーだ。
    胸の奥に炎が灯る。倒したい!凌駕したい!かつての欲望が元皇帝に生まれたが、今生でそれを果たす事は出来ない。運命のいたずらとやらなら、運命を決める奴は、さぞかし趣味が悪い。彼に勝つ機会もないくせに出会わせるとは。
     
    ラインハルトの悩みなど露知らず、ヤン·タイロンとクラリベルは結婚した。ただし、姓は互いのまま。これはクラリベルが離婚したくなった時に、手続きの手間を省く為というタイロンらしい合理的さと、姓を元に戻す際、帝国の気質柄、女性の方が色々勘繰られてしまう。それならミューゼルのままが良いだろうという優しさからだった。  
    そういうわけで、親は婚姻したが、ヤンもラインハルトも姓は変わらず。少し奇妙な家族関係が始まった。

    タイロンは商人として変わらず宇宙を飛び回り、ヤンだけがフェザーンのミューゼル家へやってきた。 
    えと…よろしくお願いします。家族にしては他人行儀な、ヤンにしては頑張った挨拶に、クラリベルとアンネローゼは笑顔で応え、ラインハルトは苦虫を噛み潰したように兄となった男を迎えた。 

    (まさかヤン・ウェンリーと兄弟になるとはな…) 

    最初の一年は、あまり話せなかった。
    フェザーンの大学に入学したヤンは大学に忙しく家を空けることが多かったし、ラインハルトも学校があった。アンネローゼ達とはそれなりに話していたようだし、隣に住む親友のキルヒアイスとも親交を深めていたようだが、ラインハルトとは、まるで表合わせの鏡のように会えなかった。

    何故だ?せっかく再会出来たなら。
    そう思うのにヤンと会えない毎日が続き。 


    二年目、母クラリベルが亡くなった。
    記憶と同じ交通事故。姉は大層嘆き、キルヒアイスはそんな姉を支えてくれた。ヤンも優しくしてくれた人の死を悲しんでいた。

    だがラインハルトはーーー。わからなかった。
    悲しい。それは確か。しかしこの動揺は?
    記憶と同じ最期を迎えた母。
    ならば。ーーーーヤンは?
    かつて彼は、地球教に暗殺された。
    ラインハルトが知る限り、今の世に地球教は存在しない。だけどもし、別の似たような組織が在るなら。また彼は殺されるのか!?
    いや、それは無い。即座に己の思考が否定する。
    あの時、ヤン・ウェンリーが地球教に狙われたのは、彼が宇宙を動かす立場にあったからだ。今の彼は、歴史学者を目指す平凡な大学生。狙う理由が無い。

    わかっているのに……。

    混乱する考えに惑い、ラインハルトは自室に閉じこもった。
    有りもしないことに怯えて馬鹿げている。
    だが、身体が覚えているのだ。あの時の慟哭を。
    後の皇妃、ヒルダからヤンの凶報を聞かされた時、ラインハルトは彼女に怒りをぶつけた。八つ当たりをした。見苦しさを理解しながら、怒りと哀しみを抑えきれなかった。
    何故?何故、皆が俺をおいて行くんだ!?
    キルヒアイスも、ヤン・ウェンリーも、後にロイエンタールも!
    いて欲しい人は皆、手の届かない場所へ逝ってしまう。戦いを望んだ罰なのか。

    記憶と同じ母の死亡理由。
    それが発端となり、あの時の身を切られる喪失感が、今の世のラインハルトを蝕んでいく。
    馬鹿馬鹿しい。俺は何を悲しんでいる?母の死か。ヤン・ウェンリーがいなくなるかもしれないことか!?   

    悩むラインハルトの部屋に入ってきたのは、意外なことにヤンだった。コンコン、硬い音がして何かと思えば、窓の向こうでヤンが手を振っているではないか。
    入れろと口パクされて、入れるか迷っていたら、ヤンはグラグラ揺れて今にも落ちそう。そう言えば、自室は2階だ。このままでは落ちてしまうので、仕方なく部屋に入れれば、危なかっただの、キルヒアイスが協力してくれただの、ペラペラ話し出して。
    ボンヤリと聞いていたら、急にヤンは話すのを止めた。どうした?尋ねようとするラインハルトの方に伸びる手。
    かつて一度だけ、彼に触れた。バーミリオン会戦の後の会談で。転けそうになった彼を支えた。
    細いな。軍人とは思えない身体つき。足取りもふらふらして、いかにも転びそうだったが案の定、ソファの足にぶつけて転びかけたのだ。 

    ありがとうございます、と。
    向けられた笑顔が無性に瞼に焼き付いた。

    再会を誓い、別れ、二度と会うことはなかった。
    彼は回廊会戦の後、地球教に襲われ亡くなったから。

    殺された?
    死んだ?
    何故、皆俺を置いていくのだ!?

    葛藤が身体から爆ぜそうになる。
    叫び。泣きたい。けれどもラインハルトの矜持は、そのような弱さをさらけ出すことを許さない。

    その時。
    何かがラインハルトの手に触れた。
    意識が現実に戻っていく。仄かな温もりはヤンが手を握っているから。外にいたからか、ヤンの手はひんやり冷たい。でも…………温かい。

    (生きている)
     
    「生きてるよ」  

    薄氷の瞳が見開かれる。ゆるゆると声の方を向いた。右手で握り、左手で包み込むように添えて。増した温もりが、ヤンの声を確かに届けた。

    「私は生きている。君も生きている」

    姉も親友も、母の死に戸惑っていると思っているだろう。無論、それもある。
    だけどヤンは、まるでラインハルトが悩んでいるものを見抜いているかのように、欲しかった言葉をくれた。

    「私は此処にいる。君といる」
    「ヤン…」
    「外に出よう、ラインハルト」

    優しく、穏やかな声音。今の彼に、記憶の中よりずっと若いヤンに、濃紺の同盟軍の軍服を着たかつての元帥の彼が重なる。
     
    思考を埋め尽くす絶望が。 
    身体に走る喪失感が。
    振り払われていく。

    そうだ。生きている。
    それだけで俺は…。

    「わかった。ーーー兄さん」

    ヤンの目が瞬いた。驚かせて少し嬉しくなった。
    兄と、初めて呼んだ。頑なに呼ばなかったから。
    ヤンが嫌なのではない。記憶を否定したくなかった。新しい記憶に塗り潰されてしまうのが怖かった。
    でも。もういいのだ。ヤンは、生きている。
    それなら今生は家族として、かつて彼と話せなかったこと、出来なかったことをやろう。

    「兄さん」
    「ん?」
    「貴方は死なないでくれ」

    祈りのように伝えた。
    ヤンはじっとこちらを見つめ。

    「今度は……お互い長生きしようね」

    苦笑いをしながら、握る手に力をこめた。
    この後ーー。外で見守っていたアンネローゼとキルヒアイスに抱きつかれた。私達が側にいるから大丈夫と。何度も姉は言ってくれた。ヤンと、姉上と、キルヒアイスと。三人がいてくれるなら。
    ラインハルトは静かに目蓋を閉じる。今生の母の死を、やっと悲しめる。記憶の過去では、一度も悲しめなかった。父親に対しても。だからやっと、親の死を悲しめた。

    その後、暫くしてヤン・タイロンも記憶と同じ宇宙船事故で亡くなり、相続問題が浮上したが、キルヒアイスの適切な段取りで無事相続は終わり、家族はそれなりの財産を得た。タイロンは自分に何かあった時用に、資産を貯めていたようだ。 

    それから概ね穏やかな生活を送れた。
    家族仲は良く、あれ程会えなかったヤンとは普通に話せるようになり、ラインハルトは兄として彼を慕った。

    数年後ーーー。
    ヤンは大学を卒業。目にかけてもらっていた老教授の助教授になった。ラインハルトとキルヒアイスも無事大学へ進学が決まり。
    アンネローゼはなんと、キルヒアイスと結ばれ婚約。彼の卒業を機に結婚することになっている。
    二人から婚約の報告を受けた時、ラインハルトは姉が離れる寂しさはあれど、素直に言えた。おめでとうございます、と。
    キルヒアイスを死なせ、姉から永遠に愛する人を奪ってしまった、あの時。キルヒアイスを愛していたのですか…と、弟の問いかけに涙で答えた姉。
    ああ、良かった。やっと姉上にキルヒアイスをお返しできた。そう思えた。キルヒアイスは良い男だ。勇敢で、優しく、姉を深く慈しんでくれる。彼なら姉を任せられるから。

    祝は続く。姉の婚約の直後、なんとヤンが教授になることが決まった。老教授が年齢を理由に退職を願い出たが、後任にヤンを指名したからだった。27歳、異例の出世に家族で祝福した。当時、歴史学者になりたかったという彼の夢が叶ったのだな。
    だが………。独り、ラインハルトは戦慄した。
    異例の出世は、彼が28歳で大将に昇進した事を思い起こさせるからだ。自身も19歳で大将に就いたが、そんなことは今のラインハルトの思考から消えていた。ただ……ヤンがまた誰かに狙われはしないか。それだけが心配だった。


    そんな懸念の最中ーーー。

    今日はアンネローゼは出かける為、夕食は久々にデリをとり二人で食べ終えた後のこと。食器の片付けが終わったところで、ヤンは話があるとラインハルトを呼び止めた。改まった話なようで、二人はリビングのソファに並んで座った。

    実は…と切り出した話に、ラインハルトは声を上げる。

    「は?一人暮らしだと?」
    「そう」
    「誰がだ?」
    「おいおい、私だよ。それ以外いるかい!?」
    「…………できるのか?」
    「なんとかするよ」

    なんとか?本気か?
    視線で物申され、困ったな、ヤンは頭をかいた。

    「う〜ん、言いたいことはわかるけれど、いつまでも実家に居座ってちゃ邪魔だろう」
    「邪魔などと、そのような事誰もーーーっ」
    「いや…ごめん。そんな風に受け取られるとは思わなくて。言葉のあやだよ」    

    それはわかる。だが疑問が一つ。

    「何故、急に一人暮らしなど?」
     
    ヤンが教授になった大学は、ラインハルトやキルヒアイスも通うフェザーンで一番学部の多い大学で、フェザーン首都の一等地にあり、家から通学通勤が可能な位置にある。現に今まで自宅から通っていたのに。

    「私も社会人として独り立ちしたくてね」

    それもわかるが。
    ラインハルトは、眉をひそめる。
     
    「生活能力零の兄さんが、一人暮らしできるとは思えないのだが?」

    未だに洗濯も掃除もままならない彼が、一人暮らしとかファンタジーもいいところだ。図星をさされ、ヤンはややムッとしながら。  

    「それはラインハルトも似たようなものじゃないか」
    「俺は、やれるがやらないだけだ」
    「それ……声を大にして言うことじゃ…?」 
    「別にやるべきならやるが、姉さんが嫌がる。だからやらないだけだ」

    現在、家事全般はアンネローゼが担当している。
    ラインハルトもヤンも手伝い、もしくは分担を申し出たが、どうも彼女は家事が好きなようで、苦にならないというのだ。とりあえず彼女が忙しかったり、体調不良等で出来ない時はやると約束しているが、今日も楽しそうに炊事洗濯をしていた。

    若くして後宮に嫁がされて、不自由な暮らしを強いられていたアンネローゼ。フリードリヒ4世の指示で、ある程度菓子作りはさせてもらえていたようだが、自由に買い物をしたり、好きに動くことなど出来なかっただろう。その反動もあるのか、姉は今を満喫しているように見える。そんな姉が心苦しくもあり、自由にさせてあげられるならそうしてやりたい。
    余談だがアンネローゼは、調理師専門学校を出て調理師免許を取得し、家事の合間に料理教室を開いている。収入もそこそこだろうだ。キルヒアイスもラインハルトと共同で株の投資をしていて、姉と親友は結婚後の収入面は問題なさそうだ。

    このような事情も重なり、アンネローゼが全てやってくれていたお陰で、ヤンの壊滅的な家事能力は改善されないまま、今に至る。

    「どうやって食べていくつもりだ?全てデリや外食では一人暮らしの予算からして成り立たないだろう」
    「いや、私の給料も知らないのに予算ってーー」
    「そんなもの、どのくらいか予測はつく」
    「そうなのかい?」

    ラインハルトは凄いね。場違いな褒めを貰う。
    ああもう、こういうところがヤンの良いところであり、悪いところなんだろうな。

    「とにかく!生活のあてはあるのか!?」

    ラインハルトは、ビシッと指を指す。
    するとヤンは鳥の巣状態の頭を掻きながら。

    「キャゼルヌ先輩がよく食事に誘ってくれるし、アッテンボローが様子を見に来てくれるから大丈夫だと思うよ」
     
    耳馴染みのある名前に、ラインハルトは不機嫌さを露わにする。キャゼルヌ、アッテンボロー。共にヤン艦隊の幕僚だった者達。ラインハルトも皇帝時に、その名を耳にしていた。
    そんな二人は、公私共にヤンと関わりがあり、勿論ラインハルトも面識がある。共に腹に一物はありそうな油断のならない者達という印象だが、共通するのは、とにかくヤンに甘いということ。特にアレックス·キャゼルヌは、学生時代の論文で大企業の経営陣に引き抜かれた才子。妻にも恵まれ、幸せな家庭を築く中、なにかと後輩のヤンを気にかけている。
    やはり記憶の中の彼らの立場が、そのようにさせているのか。かつて守れなかった上司兼友人を、今生では守りたいのか。

    果たして答えは、わからない。
    一度キャゼルヌにそれとなく記憶のことを探ったが、眼鏡をクイッと直し、何のことだと首を傾げた。
    演技か、本気か。判断がつかない。ただヤンを守ろうとしているのは確実で、それならそれで良いだろうと判断した。ーーーあの時は。

    「気に入らないな…」

    低い、重い声。
    ラインハルトの様子に、ヤンは困惑を向ける。 
     
    「気に入らないって何が…」
    「その二人に面倒をかけようとしている事自体がだ」
    「そんなの、今までもそうだし…。勿論、人任せは良くないから、自分で出来るところからやっていくつもりだから」

    たどたどと決意を語るヤン。しかしラインハルトは首を振る。違うのだ。自分が気に入らないのは、ヤンが出来ないことではない。

    「そうだな。まどろっこしい言い方は止めよう」
    「ラインハルト?」
    「ーーー何故、俺を頼らない?」

    家族なのに。

    「それは……っ、だってラインハルトは学業があるだろう!頼むわけにはーーっ」
    「違うな」

    ヤンの言葉に被さる否定。正しい答えを教えるようにラインハルトはヤンの方を向き、告げた。

    「俺を避けているから、だろう?」
     
    ピシリと。空気が張り詰めたのがわかる。  
    ヤンは漆黒の瞳を瞬かせ、搾り出すように口を開いた。   

    「……違う…」

    ヤンの返事に、ラインハルトはフッと笑う。彼らしからぬ自暴自棄な微笑に、ヤンは息を呑み、やがてバツが悪そうに視線を反らした。
    ああ、やはり。それが答えだろう。
    瞬間、ラインハルトの中にどろりとした熱が生じた。
    かつてヤンに抱いた羨望、今のヤンに抱いた愛情。ぐちゃぐちゃな己の心の内。衝動は身を動かした。ラインハルトは隣に座るヤンの腕を掴み引いた。

    「うわッ!?」

    悲鳴を上げるヤンが状況を理解する前に、引き寄せた側の手首をソファに縫い付け、もう片方の手で肩を押した。そのまま乗り上げる形で覆い被さる。気付けばソファに押し倒されたヤンの表情は、明らか戸惑い、強張っている。

    「危機意識がなっていないな。いとも簡単に自由を奪われるなど」
    「ライン…ハルト…っ」
    「無駄だ。兄さんの力じゃ押し返せない」

    脱出しようとする囚われ人に忠告してあげれば、押し返していた手から力が抜けていく。しかし警戒心はそのままに、ラインハルトを見上げている。
    ラインハルトは笑みを深めた。家族の自分を警戒されたことへの不満と、ようやく意識してくれた彼への歓喜。 

    一人暮らしの本当の理由は。

    「俺の告白、覚えていてくれたんだな」
    「…………知らない」

    ヤンは力無く首を横に振る。そんなの知らないと。
    けれどあった過去は変えられない。どれ程ヤンが無かったことにしたくても。

    ヤンの視界に金糸のカーテンが下りる。美しい髪。押し倒すラインハルトの顔が間近に迫る。固まるヤンの耳元に唇が寄せられ。

    「俺は…お前が好きだ」
    「……っ」
    「伝えるのは二度目。貴方はなかったことにしろと言ったが、忘れていないようで安心した。ならばーーこの先の言葉も再度伝えても構わないだろう」
    「っーー!待って!ラインハルト、それ以上は!!」

    昏く重く囁かれた二度目の告白を。弟の禁忌を必死に止めるヤンの叫びを無視し、ラインハルトは美しく微笑んだ。解き放てる歓びを言祝いで。

    「愛している」

    人が伝える中で尊い想い。
    しかし、苦しげにヤンの顔が歪む。痛みを堪えるように言葉を受け止め、何度も首を横に振る。
    ヤンの反応は予想通りで、彼の立場ならそうだろう。 それでも拒否されれば、ラインハルトは悲しい。

    だから言ったのだ。

    「俺と離れる為の一人暮らしなんだろう。それならば、俺を呼ぶのは可笑しいことだな」
    「…………」
    「そうさせたのは、俺だ。止める権利は無い」

    金のカーテンが離れていく。ラインハルトがヤンから離れていく。ヤンも身を起こした。僅かに空いた隙間がヤンとラインハルトの心の距離。

    「いつ引っ越すのだ?」
    「…………一ヶ月後だけど」
    「そうか」

    ラインハルトはソファから立ち上がった。

    「荷作りは手伝おう。明日から互いのスケジュールからみて夜が良いだろうな」
    「え…手伝ってくれる、のか?」

    てっきり反対されると思った。
    そんなヤンの疑問は筒抜けだったようで。

    「先程も伝えたが、俺に止める権利はないからな。兄さんがしたいなら、そうすれば良い」
    「それは、そう…、だけど…」
    「それにーーー」

    その先の言葉をラインハルトは言わなかった。ヤンも気にはなるが聞けなかった。聞いたらいけない。本能が止めた。

    離れたいーー。
    それは、俺を意識してくれているということに他ならない。忘れろと言った言葉はヤンに刻まれている。これ程、幸いなことはあるまい。


    俺はお前を愛している。
    ヤン、かつても。

    今も。


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    huwasao

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    細かい設定はさて置き、雰囲気でお読み下さい。
    誰得な話ですが、書いてて楽しかったです。道ならぬ恋は良いよね、と思う。
    二度目の愛を貴方に捧げる息が弾む。金糸の髪が激しく揺れる。
    黒いシャツに、濃紺のズボン。シンプルな服装。しかしあまりに端正な横顔に皆が振り向くけれど、当の本人は脇目も振らず走っていく。

    目的地の扉が見えた。青年は一旦立ち止まる。扉の横、通信機のランプは緑なので、オートロックはかかっていない。全くまたか…。彼らしいと言えばそうだが、相変わらず危機意識に欠ける人に、頭を抱えたくなる。
    が、今はそうじゃない!それは後で良い。
    青年は先ほどの駆けてきた勢いのまま、開扉ボタンを
    押した。待ちきれず、扉が開き切る前に身体を押し入れ。

    「兄さん!」

    ドンッと足を踏み込み、道場破りでもするかの如く呼んだ。あまりある勢いに、普通なら驚くところ、呼ばれた当事者は、部屋の奥、静かに背を向け佇んだままだ。その手には本があり、視線は落とされたまま。
    9901

    huwasao

    PROGRESSバレンタインに上げる予定だった、ライヤン前提の皇帝+双璧他の途中。pixiv連載中のたまゆら〜でライヤンEndの先のイメージですが、皆生存してて反逆も起きてないIFの世界線話として、生暖かい目で見て貰えると助かります。この先ビッテンやミュラーが出て、最後にライヤンのR18のつもりです。書けたら頑張ります。本編がまだヤンが帝国に着いてすらいないので、こちらも頑張ります。
    たまゆら〜ライヤンEnd後のバレンタインIFこんな喜びを隠さない陛下、初めて見たな。

    実に珍しい光景に、皇帝首席副官のアルツール·フォン·シュトライト中将は、暫し逡巡する。手元の紙の束を、今渡すか渡さないかである。非常に迷ったが、渡さないことには話が始まらないので、当初の予定通り、執務机に座す皇帝の前に書類を差し出した。
    いつもなら直ぐに目を通し始めるラインハルトだが、条件反射で受け取りはしたものの、全く視線が動いていないことに、シュトライトはやれやれと内心溜息を吐く。 

    「ーーー陛下。私は暫し席を外した方が良うございますか?」
    「っ!?何だ突然?」

    いや、何だと言われても。
    さも意外と見上げてくる若き皇帝だが、手に取った書類はくしゃりと悲しい音をたててるし、明らかに動揺しているのが見て取れる。
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