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    teelse9

    @teelse9

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    teelse9

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    ごっつぁさんの店にゆーべの三人が夕飯食べに行くぞ!
    基本的にだび→こじ。

    <完結したよ>

    「ヒューガ、おまえ、美味しいレストランを知ってるんだったな」
     ある日、ジェンティーレが日向にそう言った。更衣室での会話だったので、特に聞き耳を立てずともその声はダビィの耳に届いた。
    「おう、ゴッツァさんの店だな?」
     日向が応じる。レッジョにある、日向が世話になっていたキャプテンが店主を務める店のことらしい。
    「そう、それだ。いつか行きたいと思ってたが、今度のオフに連れて行ってくれないか?」
    「構わねえけど、こっからだと結構遠いぜ」
     レッジョ・エミリアといえば、ここからだと電車を使って数時間かかる。日帰りは出来るがしんどいといったところか。
    「それはそうなんだが。ヒューガが世話になった男もいるんだろ。一度は行っておきたいと思ってな」
    「そうか……うーん、車とかあれば楽なのにな」
    「おれも車はペーパーで……うーん、誰か乗せていってくれる奴がいないものか」
     ちらっ、ちらっ。
     なんだか二人がこちらへ視線を送っている気がする。
     ……確かにダビィは二人に車を見せたことがあったが。屈してたまるか、久々のオフだ。それを長時間のドライブに付き合わされて終わるなんてほとほとごめんだ。いくら後輩たちの頼みと言ったって。
    「ダビィさん乗せてってくれねえかなあ」
    「ガソリン代も出すし」
     ちらっ、ちらっ。
    「乗せてってくれたら食事くらい奢るのに」
    「ダビィさんが食べたがってたお菓子も買うのに」
     ちらっ、ちらっ。
     そこまでするなら電車で行けばいいのに、とすら思うオプションが追加されていく。
     ──可愛い後輩の圧力に、遂にダビィは折れた。
    「一週間昼食を奢れ、ガキども!」
     二人の顔が、一気にぱあっと明るくなる。
    「流石はダンディなダビィさんだ」
    「いや流石、それでこそ猛獣なダビィさん」
    「どっちだ!」
     褒めるならもう少しまともな褒め方をしろ、と思うダビィである。
     というわけで、後輩二人を乗せた長い車旅に出ることが決まってしまった。片道三時間超、往復では七時間くらいの運転業だ。
     ああ、嫌だ、嫌だ!

    ***

     そうしてオフ当日。三人は適当な場所で待ち合わせた。午後二時。お天道様がさんさんと頭上で輝く時間帯だ。
     ダビィは車を適当な駐車場に止め、外に出て二人を待った。これからデートにでも行くのなら浮かれる心もあったかもしれないが、乗り込んでくるのは生意気な後輩二人だ。まったく、割に合わない。
     そうこうしているうちに、最初の馬鹿がやってきた。
    「どもっす、ダビィさん」
    「ヒューガ。ジェンティーレは?」
    「まだみたいっすね。遅れるとも連絡入ってないし、そろそろ来るんじゃないですか。ていうか、ダビィさん、ジェンティーレの連絡先知らねえんすか」
    「プライベートな連絡先は知らねえよ。お前のを知ってるからそれでいいかと思ったし」
    「まあ、そうですけど」
     ここでなぜ自分のは聞き出したんだ、なんて聞かれたら面倒だったが、日向はそれ以上言わなかった。ダビィは内心で胸を撫で下ろす。
     それから、ごそごそと車の窓から運転席へ手を突っ込み、持ってきた雑誌の切り抜きを日向に投げやった。
    「これは?」
    「おれの食べたい菓子を奢る約束」
    「……ダビィさん、こういうの食うんすね」
     雑誌の切り抜きに載っているのは、いかにも女子が好きそうな可愛らしいスイーツの画像だ。まあ、そういう反応にもなろう。ダビィは肩を竦めた。
    「そういうのだから、に決まってんだろ。普段おれが買えないようなもんを頼んだだけだ」
    「なるほど……いや、これ、おれが買ってるとこをパパラッチに見られたら大惨事なような……」
    「はははっ、『彼女への贈り物か⁉』なんて記事が作られる日も近いな!」
    「最悪じゃないですか! ジェンティーレに買わせようかな」
     それはそれで別のうわさが立ちそうだが、確かにこういう可愛らしいスイーツはダンディには似合うかもしれない。ほら、薔薇とか花とか似合いそうな男だし。ダビィは想像して、くすくすと肩を震わせる。
    「ともかく、お前らが買うって言いだしたんだからな。町を出る前に店に寄って、しっかり買ってもらうぜ」
    「うえ、今日ですか⁉ もっと変装してくればよかった」
    「案ずるな、おれのサングラス貸してやる」
    「えーダビィさんのそれダサいっすよ」
    「お前マジいっぺん殴ったろか?」
     などとやり取りをしているうちに、足音が聞こえてきた。もう一人のご到着のようだ。
    「すまない、待たせましたか」
    「いいや、時間通りだぜ。じゃ、今日の経路だが」
     二人集まったので、ダビィは今日の経路を説明する。と言ってもレッジョ弾丸ツアーの概要は簡単だ。まずダビィ所望の運転駄賃スイーツを買う。それからレッジョへ向かう。つくころには日が暮れかかっているから、早めの夕飯としゃれこんで、ゴッツァの店で飯を食う。そして、帰ってくる。そういう算段だ。
     夕飯を食べることにしたのは、昼食だとゴッツァが店にいないかも、と日向が言ったからである。夜は遅くなってしまうが、そこは明日もオフなので問題はない。
     あと要求したスイーツを見てジェンティーレも日向と同じような反応をしたが、そこは、まあ、それはそれ。
    「よーし、そういうわけだ、それじゃ出発すっぞ。おまえら、乗り込め」
     二人に車に乗るよう促すと、はーいと言いつつ、めいめい車の扉を開けて乗り込む。
     日向が助手席、ジェンティーレが後部座席へ。
     こうして、弾丸ツアーは始まった。

    ***

    「コイントスだ、ヒューガ! おまえが当てたらおれが買いに行く!」
    「いいだろう、やってやる!」
     ──出発十数分後の車内。
     運転するダビィを尻目に、日向とジェンティーレはぎゃいぎゃい騒いでいた。議題はもちろん、ダビィが指定した美味しいスイーツをどちらが買いに行くか、である。ダビィの指定した店が『女性への贈り物にも最適! 注目スイーツランキング!』なんて雑誌のコーナーに書かれた店なものだから、パパラッチやファンに見つかったらどんな噂が立つかわからず、二人とも行きたくなかったのだ。
     そうはいっても、当初は、もう少し穏やかな話し合いだった。そう、もう少しだけ。ダビィはその時のことを思い出す。
    「おれは、ジェンティーレがいいと思う。だっておまえ、こういう雰囲気に合うだろ?」
     まず口火を切ったのは日向だった。慣れないイタリア語だろうに、華麗な婉曲表現で日向は購入をジェンティーレに押し付けようとした。しかし、ジェンティーレもさるもの。
    「このあたりじゃあ、おれのほうが有名だ。レンタルでレッジアーナに行ってたお前なら、バレる可能性が低くて適任だろう」
     とまあ、ここから両者、徐々に雑になり。
    「いいや、ジェンティーレが行けよ! 今日来たのお前のほうが遅かったし!」
    「時間に遅れたわけでもないのにペナルティをつけてもらっては困るな⁉ 最初にダビィさんに頼まれたのはおまえなんだし、素直に行けばいいだろう!」
    「うるせえ! それだと早く来たほうが不利じゃねえか!」
     こうして喧々囂々話し合いの末、二人が最後に頼ったのが、このコインだったというわけだ。
     まあ、こうなるだろうという気はしていた。行方は気になるが、運転に集中して前を向いているのでわからない。ぴん、とジェンティーレがコインをはじく音が聞こえた。
    「──表!」
     日向が鋭く叫ぶ。車内に剣呑な雰囲気が漂う。
     そしてジェンティーレが黙って後部座席のほうから腕を突き出し──。
    「裏だ。残念だったな、ヒューガ」
     どうやら、ジェンティーレの投げたコインは裏だったようだ。さて、これで決まったかと思いきや。
    「待った! 今いかさましなかったか⁉」
     日向が由々しき題目で待ったをかけた。ジェンティーレがすぐさま言い返す。
    「してない! そこまでおれは卑怯じゃあないぞ!」
    「どうかな、今、開く動作がおかしかった!」
    「なんだと! おれはいかさまなんかしていないとも、なあ、ダビィさん!」
    「いやいや、ダビィさんは見てたよな⁉ ジェンティーレが変な動きしたの!」
     何故か視線が集まり、ダビィはすうっと息を吸い込んだ。
     そして、アクセルを踏み込みながら、一言。
    「──おれは運転してるんだよ! 見てるわけねえだろ、この、馬鹿野郎ども!」
     以上。
     
    ***

     結局、スイーツ買い出し担当になったのは日向だ。
    「これ、つけてけ」
     近くの駐車場に車を停めて、予備のサングラスを差し出すと、日向は憮然として頷き、受け取った。装着する姿をダビィは眺める。なんというか、思ったより様になっている。
    「ほお、似合うじゃないか」
     とは、ジェンティーレの感想。くしくも同じだ。
    「そうか? 自分じゃわからねえな」
     首をかしげながら、日向は車を降りて、店へと向かっていった。
    「ジェンティーレ、車にいてくれ。おれもちょっと、飲み物買ってくる」
    「わかりました」
     そう言ってダビィ自身も車を降り、適当な店に入ってコーヒーを買うことにした。車の運転に眠気は禁物だ。
     と、コーヒーだけ買って戻ろうとしたところで別の飲料が目に入り、ダビィはそちらも手に取った。あの男の好物だ。
     そうして買って戻ると、既に日向は戻ってきていた。さっさと買って、出てくることができたようであった。近寄ると、可愛らしい紙袋を渡してくる。
    「これでいいっすか」
    「おう、それだ。ありがとな」
     受け取ると、しかし、日向は行きよりも不機嫌そうな顔で助手席に座る。不思議に思ってダビィは声をかけた。
    「どうした? ファンにでも見つかって、騒がれたか?」
    「いいや、全く」
    「じゃ、なんでそんな機嫌が悪いんだよ」
    「いや──ジェンティーレの言う通りだったな、と思って」
    「ん?」
     日向はシートベルトをしながら、唇を尖らせた。
    「あんなに混んでた店内だったのに、しかも女性ばかりでおれ、これでもかと目立ってたのに、誰もおれに気付きませんでしたから。やっぱり、おれはここじゃ無名なんだなって」
     それを聞いたジェンティーレが鼻を鳴らす。
    「ふん、それは当然だ。ここは東洋の島国じゃあないんだぞ」
    「わかってるけどよ」
     まだあまり機嫌のよろしくない日向の頬に、ダビィはコーラを押し付けた。さっき、コーヒーと一緒に買ったものだ。彼が一瞬煩わしそうな顔をした後、ラベルを見て笑顔に変わる。
    「つめたっ──わ、コーラ! いいんすか?」
    「ああ、いいぜ。それで機嫌直せよ」
    「あ、はい……すいません」
    「別にいいさ。それに、おまえはこれから、この町で買い物するにもパパラッチとファンに怯えていかなきゃいけないくらい、有名になるんだろ?」
    「……ああ、それは、もちろん」
     深く頷いた日向に、ダビィは笑う。
    「頼むぜ。なに、お前がセリエAで通用することは、おれが保証してやるさ」
     その言葉に、日向は黙って首を縦に振った。瞳には、猛獣のごとき強い光が宿っている。この頼もしい虎を、じきにイタリアのサッカーファンたちも知ることになるだろう。そんなことを思っていると、生意気なもう一人が口を挟む。
    「──それって、ダビィさんがヒューガに負けたからですよね」
    「黙っとけ!」
     即言い返すと、ジェンティーレが肩を震わせ、日向も一緒になって笑いだした。
     ええい、くそ生意気な後輩たちめ。やり返してやる。
    「いいのかお前ら? 今おれを怒らせると……一生アクセルを踏んでやらないが?」
    「すいませんでした!」
    「運転よろしくお願いしまーーす!」
     ええい! くそ生意気で可愛くない後輩たちめ!
    「あ、ダビィさん。それはそうと、サングラス、ありがとうございました」
    「おう」
     予備のサングラスを返してもらい、やけくそにダビィはアクセルを踏み込んだ。
     とりあえず、レッジアーナまではこいつらを運んでやらねばならないのだから。

    ***

     こうして、レッジョまでのドライブが幕を開けたわけで。
    「ダビィさん、なんすかこの曲?」
    「狂犬なら狂犬らしくロックかけてくださいよ、ロック」
    「うるせえ! おれの趣味にケチつけてんじゃねえぞ!」
     ……とか。
    「すんません、ちょっとお手洗い行きたくなったんですけど」
    「コーラ飲みすぎだ馬鹿!」
     ……とか。
    「おい、ガソリン入れるぞ。お代は払ってくれるんだったよな」
    「よしジェンティーレ、コインだ」
    「ふっ、二度負けることになるぞ、ヒューガ」
    「そこは割り勘にしろよ」
     ……とか。
     あれこれ言いながらも長旅は進み、数時間後、日も落ちてきたころになって、三人はレッジョの町に辿りついた。
     日向の案内でダビィは目的の店へとアクセルを踏み込む。やがてたどり着いたのは、町の端にある、こじんまりとしたレストランだ。
     車を停めて、日向に先導されて中に入る。すると──。
    「おお、ヒューガじゃねえか! どうしたんだ、今日は!」
     一挙に店内がざわめいた。客たちが日向を見るや否や、口々に声をかけてきたのだ。突然のことに面食らったジェンティーレとダビィをよそに、日向も特に驚く様子はなく、苦笑して。
    「今日はチームメイトと飯食いに来たんだ。ゴッツァさん、いる?」
    「いるいる。おーい! ゴッツァ!」
     客が口々に奥の厨房へ声をかけると、慌てた様子で男が姿を現した。その目が日向を捉えると、壮年の顔が満面の笑みに変わる。
    「ヒューガ! 久しぶりだな!」
    「ゴッツァさん!」
     応じる日向も、声が浮かれている。
     彼がユリアーノ・ゴッツァか──と、ダビィはその全身を眺めた。日向からその名は何度も聞かされている。セリエB・レッジアーナのキャプテンにして、このレストランの店主を務める男だ。もう結構な年だろうが、確かにその体つきは洗練されたスポーツ選手のものだ。その目線がダビィとジェンティーレに向いて。
    「あんたらも、遠路はるばるよく来たな。席は用意してあるぜ。こっちだ」
     彼について、ダビィとジェンティーレは席へと向かった。日向はといえば、歩くそばから客たちに声をかけられて、中々席にたどり着けそうにない。先んじてテーブルに座り、周囲に目をやれば、日向へ歓迎の視線を向ける客たちがこれでもかと目に映る。ゴッツァはダビィの視線に気づいたか、苦笑を浮かべる。
    「ヒューガが来て、客たちも喜んじまって。気のいい奴らなんだが、話したがりでなあ。勘弁してやってくれ。飯はすぐ持ってくるから」
     そしてそれだけ言うと、メニューも渡さずに立ち去ってしまった。ぽかんとする二人に、ようやく遅れて座った日向が言う。
    「ここに来るときはいつもこうして、全部ゴッツァさんにお任せしてたんだ」
    「そういえば、タダで食わせてもらってたんだっけか?」
    「そうそう。一生タダとか言ってたから、今日もお代受け取る気ねえんだろうな、あの人。ともかく……すげえ美味いから、楽しみにしててくれよ」
     そう言って話す日向は、やはり声が浮かれている。久しぶりにゴッツァや店の常連と会えたからであろう。
     ダビィは改めて店をぐるりと見回した。高級感を残しながらもどこか和気藹々とした雰囲気の漂う室内は、フレンドリーな客と相まって、日向の家のような印象を受けた。それはあながち間違った表現でもないのだろう。彼はここで語を学び、飯を食って、レッジョの得点王として育ったのだから。
     同時に、自分がジェンティーレと共にこの場に連れてきてもらえたことが、少し嬉しかった。この空気を吸って、レッジョの一員として楽しむ日向を見られただけで、運転の疲れが吹き飛ぶ思いがした。ジェンティーレもそうなのか、少し頬が緩んでいる。
    「おまちどうさん」
     しばらくしてゴッツァが皿を抱えて戻ってきた。次々と並べられる料理は一様においしそうで、いい匂いが食欲をそそる。そういえば、少し腹が減ってきていることを自覚する。
     二人の表情を見た日向が、笑った。
    「さあ、食べようぜ」
     こうして、ダビィはこの、選手兼料理人の作った料理を口に入れ──。
    「……マジで美味い」
    「でしょう?」
     思わず、本音の感想が、口から転がり出た。
     ダビィはそれなりに高給取りだし、良いレストランにも定期的に行く。舌が肥えている自信はあった。が、その舌をもってしても一口でわかる。これは、美味しい。
     隣のジェンティーレを見れば、彼にとっても予想外に美味しかったと見え、その嬉しさと絶妙な悔しさが混ざったすごい顔になっている。気持ちはわからんでもない。現役のプロサッカー選手にこんな美味い料理を振舞われては、どこか負けた気持ちにもなろう。
     そして日向は、自分のことのように嬉しそうだ。
    「だから、言ったじゃないですか。イタリアで一番美味いレストランだって」
     その誇大広告もあながち間違いではないかもしれない。
     そのあとは楽しい食事会だった。ゴッツァの料理は本当にどれも美味しくて、ジェンティーレとダビィは驚きながらもそれを堪能した。やがて腹も膨れたころ、ダビィは一度席を立った。
    「ちょっとお手洗いに行ってくる」
     そうやって厨房の間近にあるトイレへ行って、戻ろうというところで。
     ──声を、かけられた。
    「なあ、ちょっといいか」
     振り向くと、そこにゴッツァが立っていた。
    「なんだ? ヒューガに用なら、呼んでくるが──」
    「いや、あんたに用だ」
    「?」
     何事だろう。思わず眉をひそめたダビィに、ゴッツァが小声で言った。
    「ヒューガは、やっていけそうなのか?」
    「ユベントスで、ってことか」
     ゴッツァが頷く。その表情はまるで子を心配する父親のようで──思わずダビィは、少し吹き出してしまった。ゴッツァがそれを見て唇を尖らせる。
    「なんだよ、何か可笑しいか?」
    「いいや。──安心しろ、あの獣はもう、十分どこに行ったって通用するぜ。もちろん、うちでもな」
     ダビィは自信をもってそう断言した。あの男の強さは、身をもって知っている。
     その回答を聞いたゴッツァの表情が和らぐ。
    「そうか。……それなら、いいんだが」
    「はははっ。そのうちわかるさ。試合の結果、って形でな」
    「それは……そうだな。心配しすぎたか。なあ、あんたの目から見て、あいつはどうだ?」
     ゴッツァの視線が、今もテーブルで幸せそうに飯を食っている猛虎へと向けられた。その慈愛に満ちた瞳を見ながら、ダビィは少しだけ考えて、答える。
    「そうだな。生意気で、いけ好かなくて──自信過剰で──、困った後輩だけどよ。でも、いい奴だ。なんだかんだ、敬ってくれるし……こうして、あんたの店にも連れてきてくれる。一緒にいて飽きないし、面白い。……そんなとこかな」
     すると、ゴッツァは眉をひそめた。なんだろうと思ったダビィに、彼は、少し困ったように首をかしげてこう言った。
    「おれは……あんたから見て、ヒューガが選手としてどうか、って話を聞いたつもりだったんだが──」
     ──。
     ダビィはその言葉の意味を理解した瞬間に、慌てて一つ前の自分の発言を脳内で反芻する。
    「えっ──あ──」
     顔が火照る。
     余計な、とてつもなく余計なことを、べらべら喋ってしまった。勘違いで、日向を個人的にどう思ってるかを聞かれているのかと思って──普通、チームメイトに対しての問いかけなら、選手としての評価を述べるのが正解であると、間違いなく察するべきだったのに!
     口をぱくぱくさせ、後悔に苛まれているダビィに、ゴッツァは表情を緩める。
    「っはは。まあ、あんたがヒューガを個人的にもよく思ってくれてるのはわかったよ」
    「や、やめろ! 今のは忘れてくれていい!」
    「はははは! 別に言いふらしたりはしねえよ! んじゃ、おれはデザートの準備があるから」
     そう言って厨房に戻っていくゴッツァを、ダビィはなすすべなく見送る。そして、一人頭を抱えた。
    「っ、はあ……」
     あの男のことだ。ダビィが日向に持つ好意も、見抜いたかもしれない。そう思うと気が気ではないが、しかし、言いふらさないとの言葉を信じるしかないだろう。特に日向には言ってくれるなよ──と内心で呟きながら、ダビィはテーブルに戻ることにした。

    ***

    「それじゃ、また来ます!」
    「おう、誰でも連れて来いよ! タダで美味い飯食わせてやるからな!」
    「ありがとうございます!」
    「今日はどうも、ご馳走様でした」
    「めちゃくちゃ美味かったぜ。この店のこと、皆にも広めておくよ」
    「ありがてえ! 是非頼むぜ」
     などと、口々に言葉を交わし、三人はゴッツァと別れた。
     もう夜も深い。ここからまた、ダビィは数時間の運転が待っている。運転席に座り、残ったコーヒーを口に含む。
     日向とジェンティーレは、行きと同様にそれぞれ助手席、後部座席に乗り込んだ。運転していないとはいえ、長時間のドライブと会食を経て、彼らも多少疲れた様子に見える。
    「よし。忘れもんねえな」
    「ありませんよ、子供じゃあるまいし」
    「ダビィさんは心配性なんだから」
    「いちいち一言多いんだよなお前らは!」
     こんな夜にまでいつものやりとりをしつつも、ダビィはアクセルを踏み込んだ。車はレッジョの町を離れ、トリノへ向けて動き出す。
     最初のうちは道がすいていて、順調に進めたのだが、しばらく行ったところで、三人は渋滞にぶつかった。
    「お? ……こんなところで混むとは思えねえんだがな」
     ダビィは眉をひそめた。その横で日向が手早くスマホを操作し、答える。
    「この先で事故渋滞みたいっすね」
    「なるほどなあ」
     事故なら仕方ない。完全に止まってしまった車の流れに、ダビィはため息をつく。
     こんな時こそ二人と他愛のないやり取りをしていればいいのだが、二人とも流石に時間帯や疲れもあって、眠そうにしている。
     特に後ろのジェンティーレがうとうとしているので、ダビィは声をかけた。
    「ジェンティーレ、寝てていいぜ。寝てるうちに渋滞も抜けるだろ」
    「……すみません」
     彼にしては小声で反応があった。ミラー越しに、ジェンティーレが目を閉じたのが見えた。後輩の安らかな顔に、ダビィは自然と頬が緩む。……日向もその寝顔が気になったようで、後ろを大きく振り返って眺めている。
    「こいつ、寝るとちょっと可愛いっすね」
    「ははは、起きてたら殴られっぞ」
    「寝てるからへーきっす。……あ、帰った後バラさないでくださいよ、ダビィさん」
    「ふん、まあ秘密にしておいてやるさ。それにおれも、そいつはちょっと可愛いと思ったしな」
     二人は視線を交わし、にやりと笑った。それから日向は前に向き直り、長く続く渋滞を見やる。
     しばらくの間、二人は無言だった。しかしそれは少し心地いい空気だった。やがて、ぽつりと日向が呟いた。
    「おれ──昔よくこうやって、父ちゃんの車の助手席に乗せてもらって……ドライブに連れてってもらってたなあ」
    「へえ。いい親父さんじゃねえか」
    「本当に、優しくて……いい父ちゃんでした。ちょうど、今のダビィさんみたいに」
     ダビィは前を向いたまま、横の日向を小突いた。
    「なんだそれ。おれはお前の父親じゃねえし、優しくもねえだろ?」
     すると、日向は首を左右に振って。
    「そんなこと言って……、後輩の面倒見は良いし、こうしておれたちの無茶なお願いも聞いてくれるし。おれにとっては、父ちゃん、もしくは、いないけど……兄ちゃんがいたら、ダビィさんみたいだったのかな、って思いますよ」
    「それ、褒めてるつもりか?」
    「……、一応」
     日向は静かに応じる。彼が家族をとても大事に思っていることは、普段の会話の端々から感じている。だから、それは日向なりの、最大限の賛辞なのだろう、とは思う。
     でも、ダビィにとっては、それだけでは足りなくて。
     ──その時、ダビィは少し、魔が差した。
     言う気のなかった好意を、明かしてしまおうと、そんな気分になった。
    「でもな、ヒューガ。おれは助手席に、後輩を乗せたつもりも──家族を乗せたつもりもないんだぜ」
    「え?」
     きょとんとする日向。ダビィは前方を確認する。
     車の列はまだ、止まったままだ。
     だから、ダビィはハンドルから手を離した。
    「──」
     その手を横へやって、男の顎を軽く引き寄せて、助手席と運転席の間で。
     軽く、唇で唇に、触れる。
    「っ……⁉」
     手を離すと、日向は暗闇でも丸わかりなくらいに真っ赤になっていた。唇を拭こうとして、しかし少しの間躊躇っていた。ダビィは前方を確認し、少し車列が動いたのを見てアクセルを踏んだ。
    「あの、その……今の、えっと」
    「今のは、おれの意思表示だ。おまえにその気がないなら、忘れて構わねえよ。今まで通り、先輩後輩でいようぜ」
     今更に気恥ずかしくなり、逃げるように前を見てそれだけ言うと、日向は少し考え込んだように思われた。
     そうしてまた、静寂がその場を包んだ、その時──。
    「なんでそういうの、おれがいるところでやるんですかね?」
     ……。
     ………。
     後ろから声が聞こえて、日向が変な声を上げ、ダビィは慌ててミラーを確認する。
     そこには憮然とした顔で後部座席に座る、ジェンティーレの姿があった。
    「お、起きてたのか、ジェンティーレ……」
    「ええ、うとうとしていただけで、起きていましたね」
    「ど、どこから、聞いてた……?」
    「全部」
    「うわあ……」
     日向が再び顔を真っ赤にして助手席でそっぽを向く。ダビィも運転から逃れられないとはいえ、まさに内心、そうしたくてたまらない。恥ずかしさで消えてしまいたい。
    「とにかく、ちゃんと運転してくださいよ。おれ、本当に眠いんですから」
    「わかってる、わかってる! ちゃんと寝ろ!」
     まだ不機嫌そうなジェンティーレは、しかし、素直に目を閉じた。今度こそさっさと寝てくれることを祈ろう。
    「──あ。事故現場、あそこみたいっすね」
     日向が声を上げた。話題が逸れてほっとしながら、ダビィは前方を見る。確かに日向が言う通り、そこに事故現場があった。事故車が一車線を占拠しており、ここを起点に渋滞が発生していたようだ。
     車でそこを抜ければ、あとは夜の開放的な道が広がっているばかりだった。アクセルを踏み込むと、一気に流れていく景色が気持ちよい。
    「もう渋滞はなさそうですね」
    「ああ、そうだな」
     ダビィは改めて、さっきのことを話題にしようとは思わなかった。すると……少しして、意を決したかのように咳払いの後、日向が呟いた。
    「ダビィさん──さっきのこと」
    「おう」
     胸が大きく鼓動を打つ。それを悟られぬよう一つ頷くと、日向は、続ける。
    「……今は、ちゃんと応えられないけど……、少しだけ、考えてみます」
    「そうか……」
     ダビィはその答えに満足して、大きく頷いた。
     彼が即答で拒絶しなかっただけでも、救われた思いがした。──この後、たとえ断られたとしても、それだけ自分のことを真剣に考えてくれたという事実だけで、十分だ。
     ともあれ今宵は、この話をするのは終わりだった。ダビィは日向と他愛のない話をしながら、ゆったりと車を走らせ、夜の道をトリノへと戻っていった。

    (了)
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