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    ☆山のを更に受け継いじゃった☆小田と、反町の話

    ※カップリングはないです
    ※RONC松山DLCシナリオ前提

     ──何もわからないことに気が付いた。

     反町は、スランプに陥っていた。
     黄金世代がほとんどいなくなった日本にて。ヴィッセル神戸でセンターフォワードを任された反町は、その能力を遺憾なく発揮することができずにいた。チームも反町の調子に引っ張られるようにして低迷し始めており、ただ己の責任を噛みしめながら、彼は頭を悩ませていた。
    「大丈夫か、反町」
    「次はきっと勝てるさ」
     チームメイトのそんな励ましもどこか重たい。反町は控室で一人、息を吐きだした。
     世間一般の認識では、今年、Jリーグのレベルは低下した、とよく言われる。あまりにも突出した人が多すぎた黄金世代たちが、Jリーグに参入してから数年の時を待たずに次々と海外へ進出していったからだ。Jリーグに残ったのは、黄金世代組でもオリンピックでベンチを温めていた、あるいは選出から漏れた者だった。
     しかし反町個人に限っては、前よりも注目が集まるようになった。海外の黄金世代の活躍が確かにきらびやかに語られる一方で、国内サッカーの盛り上げ役として、国内に残った黄金世代にも期待の目が向けられたからだ。
     ──そして反町は、調子を崩した。
     注目されたのが直接の原因はわからない。いつでも影に生きてきた反町にとってその扱いの変化が突飛であったことは確かだが──。
    「……ん」
     ふと気が付けば、反町のポケットで、スマホが鳴り響いていた。
     電話だ。画面には、日向小次郎、と表示されている。きっと彼は、励ましてくれるのだろう──いや、喝を入れてくれるのだろうか。
     けれどどちらにせよ怖かった、あるいは、嫌だった。今この状態で、神戸のエースストライカーとしての役割を何一つ果たせないままに、日向と言葉を交わすのはプライドが許さなかった。
     そっと通話終了ボタンを押す。それから、ショートメールを使って謝りのメッセージを入れる。
    『ごめんなさい。今は、そっとしておいてください』
     返事はなかった。多分見てくれているとは思う。
     もう一度、何かつかめたら。そうしたら、電話をしよう……。
     反町はそう結論付けると、息を吸い込んで、吐き出して。深呼吸をして、次の試合のことを考えることにした。
     そうだ、次節は確か、コンサドーレ札幌との試合だ。あそこには黄金世代の一人、小田和正がいる。松山以外目立った選手がいないと言われ続けたふらのにあって、最後まで松山についていき、プロとして生計を立てることに成功した男。
     個人的に彼とは親交があるし、お互い代表入りをかけて切磋琢磨してきた良い仲だと思う。彼との戦いで、何かきっかけを掴めるだろうか。藁にもすがる思いで、反町は控室を後にした。

    ***

     ──かちり、とスイッチの切り替わる瞬間が、いつしかわかるようになっていた。

     ある日、休憩中にスマホで動画を眺めていると、先輩が寄ってきて覗き込んできた。
    「おまえ、よく動画見てるよな。今日は何?」
    「はい、今日は松山さんの試合です」
    「……こないだも見てなかったか」
    「こないだは別の試合ですね」
    「それに、昨日はリアルタイムで見るって」
    「リアルタイムでも見ました!」
     口には出さないものの、先輩がめっちゃ呆れたのがその表情で分かった。
    「おまえが松山好きなのは知ってるけど、そんなに何度も見るほどなのか」
     言われて、小田は顔を上げる。
    「ありますよ。何回も見ていると、わかってくるんです──色々と」
    「色々?」
    「松山さんが、松山さんでなくなる瞬間とか」
    「はあ?」
     先輩は更にわからないというように眉をひそめた。
     それはそうだろう。先輩が松山を知ったのは、コンサドーレ札幌に彼が入った時からだ。その時の松山は既に──こういう言い方は変かもしれないが──異物が混じっていた。以前の彼を知らぬ者には、その変化はわからなくても仕方ない。
     けれど小田は知っている。松山にはジュニアユースの後から、もう一つの顔が、いや、魂と言ったほうがいいか、それが潜むようになった。それが誰のものなのか聞いたことはなく、本人に確認したわけでもない。ただ、松山を通じて見えるそれを、小田は知っていた。
    「ほら。見てください。今、変わりました」
     動画を再生しながら先輩に見せると、彼は怪訝そうな顔をした。
    「……ただオーバーラップしただけに見えるけど」
    「いいえ、普通の松山さんならここでパスを回すんですよ」
    「わからん……おれの知ってる松山は、元からそういうことする奴だったし……」
     先輩は不可解そうな顔をしながらも、別の選手に呼ばれて立ち去って行った。小田はもう一度、動画に目を落とす。
     松山の切り替わりを見極められるのは、恐らく松山と付き合い続けてきた小田、そして、「あの」男にただならぬ感情を抱く、数名の黄金世代だけだろう。
    「あ、そういえば……」
     小田は次の日程を思い出した。Jリーグ、次節、コンサドーレの対戦相手はヴィッセル神戸だ。あそこには、数名の黄金世代、その一人──反町一樹がいる。
     彼とは古くワールドユースの頃に連絡先を交換し、今でもたまに連絡を取る仲だ。なんだかんだ言って、黄金世代の激しい競争の中で、ほぼ同レベルでしのぎを削ってきた相手で、親近感のひとつやふたつは持っている。
     だが、今の彼は、試合結果や報道を見る限り、随分とスランプに陥っているようだ。はて、どうしているだろうか。
     試合前に彼に連絡するのは、きっと彼も嫌がるだろう。試合で会って、確かめよう。
     小田はそう思って、席を立った。

    ***

     次節、コンサドーレVSヴィッセルの試合。
    「反町ー!」
    「よお小田、久しぶりだな」
     知らぬ仲ではない。二人は久しぶりの再会を喜び、挨拶を交わす。それから、少し雑談して。
    「ところで反町、最近調子大丈夫?」
     小田がそんなことを聞いてきたので、反町は答えに窮し、質問に質問で返した。
    「おまえこそ、松山がいなくなって平気かよ」
     すると、小田は特に悩みもせず、笑顔で答えた。
    「大丈夫。おれの中にはずっと、松山さんがいるから」
     その返答が羨ましくないかと言えば、嘘になる。
     彼はコンサドーレまで長い間一緒にサッカーをしていた松山光が海外へ移籍し、反町以上に環境が変わったはずなのに、何一つスランプに陥ることなく試合を続けていた。今では松山光の代わりにコンサドーレの中盤を支えている。
     それがなんだか悔しくて、反町は何も言えなかった。
     そして、試合が始まった。
     ──反町のスランプと裏腹に、試合はヴィッセル神戸が押した。反町は仕事ができているとは言えなかったが、他のメンバーは調子が良かったのだ。小田も松山の穴を埋めるかのように、中盤で獅子奮迅の働きをしていたが、それでもヴィッセルが優勢だった。
     そして前半二十分と少し経った頃。
    「あっ」
     間抜けな悲鳴は誰のものか。コンサドーレのゴール前の混戦で、誰が蹴ったともわからぬボールがディフェンダーの足にあたり、変なバウンドをした末に慌てたゴールキーパーの脇をすり抜け、ゴールへ飛び込んだ。
     オウンゴールだ。
    「……」
     反町は嬉しさ半分、微妙な気分でホイッスルを聞いた。半ば、事故のようなものだ。反町が絡んだわけでもない。
     それでもこの一点を守り切れば勝ちだ。そう思うと、どこかほっとする自分もいて。今日は、センターフォワードの自分が点取り屋の使命を果たさずとも、チームは勝ってくれるだろうという最低限の安堵。
     そう思ってしまう自分への、自己嫌悪も混ざりながら。
     反町はハーフラインの後ろまで戻り、試合が再開する。この得点に乗って攻めこめとばかりのサポーターの声援に後押しされつつも、敵陣で一進一退の攻防を繰り広げていた、その時だ。
    「皆、行くぞ! なだれ作戦だ!」
    「おう!」
     小田の叫びに呼応して、コンサドーレの選手たちが一気に前に出る。
     ふらの中学校が得意としたなだれ作戦。松山がかつて編み出した超攻撃的な戦術。
     そして今その起点となるのは松山ではなく、小田だ。自陣奥から一気にボールを運ぶのが彼の仕事。
    「させるかよ──!」
     反町は機敏に反応した。ディフェンシブフォワードの異名を取る身で、小田に好き勝手させるわけにはいかない。ここで小田からボールを取ればフリーになれる。この攻めを止めて逆にチャンスを作るべく、反町は小田と対峙した。
     そして──その時、反町は。
     そこに、別のものを、見た。
    「え、っ──」
     それはぎらつく瞳を反町に向けると、一気に突破にかかった。気圧された。──小田に? いや違う、これは違う。反町はそれをよく知っている。
     体が硬直したのは僅かに一瞬。くしくも何度も積み重ねた記憶が反町を反射的に動かした。真っ向からタックルを仕掛ける。
     頭の中に、かつてのなじみ深いグラウンド、東邦学園、夕暮れの茜色がフラッシュバックした。
    「──」
     そして──、目の前にいる「それ」は、小田でもあった。てっきり吹き飛ばされるかと錯覚した反町のタックルは、丁寧な動作で飛び越えられる。目まぐるしく現実へ引き戻された反町を尻目に、小田は駆け去っていく。
     反町は体勢を崩し、追うこともできずその背中を見送った。
     小田は、自身でボールを持ち込むと、味方にパスを回しながらも一気にゴールへ肉薄していった。まるでなだれ作戦が一人のエースストライカーを支えているようにも見えた。粗削りで不完全なそれは、しかし、確かに神戸のゴールを脅かした。
     そして、何度目かのコンサドーレのシュートが、ゴールネットを揺らす。
    「……おいおい、なんだありゃ」
     反町は素直な感想を呟いた。
     まさか、あんなものを見せられるとは思わなかった。
     さっきの小田は、いつか見た松山光のようだった。ジュニアユースの紅白戦の時、松山光が見せた超攻撃的なプレイスタイル。それを反町はよく覚えている。そして、今小田が見せた、ミッドフィルダーからエースストライカーへ化けたかのようなプレイング。そのどちらも、一つの人物へと収束する。
     そう──日向小次郎。
     彼の魂を受け継いだかのような、ゴールだけを目指す点取り屋。
    「今の。なんだよ、おまえ」
     小田にすれ違いざまに声をかけると、小田は笑った。
    「松山さんから、貰ったものです」
     反町はその答えを聞いて、思わず吹き出してしまった。
     確かに松山は、ジュニアユースの頃、日向の背中を見続けて、そのスタイルを自身の中に取り込んだように見えていた。小田の言うことが本当ならば、小田はその松山の背中を見続けて、同じように猛虎のスタイルを取り込んだということになる。
     まったく、こんなこと、イタリアの日向が知ったら驚いて腰を抜かすかもしれない。まさか、東邦学園きってのストライカーの魂が、ふらのの二人に受け継がれているなんて。
     そして、ふと思う。だとしたら、自分はどうだろう。ずっと日向の近くにいた、自分は──。

    ***

     ハーフタイム、反町はじっと考えていた。
    「……おれは──」
     自分は日向から、何を貰っただろうか。
     久々に思い出した、東邦学園の夕暮れ、へとへとになりながら紅白戦で日向と戦っていた、あの頃の情景。小田と対峙したときに目にしたそれは、反町の原点だった。あの頃、多分、反町は日向から本当にたくさんのことを教わった。
     松山が日向を見て何かを得たように、そして、小田が松山を見て何かを得たように。反町も、日向から何かを貰っているはずなのだ。
     それを即座に思い出せないことこそ、スランプと言うのかもしれないが──。
    「反町! 後半は、なんとか点を取ってくれよ」
     チームメイトに言われ、反町は素直に頷いた。
    「わかってる。なんとかするよ」
     そうだ、なんとかしよう。
     少しずつ、さっきのマッチアップがきっかけとなり、日向からもらったものが戻ってくる。たくさんの思い出一つ一つが、うすぼんやりと、しかし確かに反町の中に呼び起こされる。
     反町は、後半のピッチに立った。
    「決着をつけよう、反町」
     小田が言う。今の彼は猛虎ではない。しかし、その態度からは実力に裏付けられた自信が感じられた。反町も、言い返す。
    「そうだな。残り四十五分。精一杯、戦おうじゃないか」
     延長に行く気はない。この後半で終わらせる。もちろん、神戸が点を取るという形でだ。
     その言葉の意図を察したか、小田も少し睨んできた。二人の話はそこまでだった。
     そして、後半開始のホイッスルが鳴り──。
    「頼んだ、反町!」
     前線の反町にボールが渡るまでに、そう時間はかからなかった。
     受け取ったとき、これまでの試合であったような不安感や、胸のざわつき、およそスランプの症状とも言えるそれらは消えていた。
     観客の声も聞こえない。心は静かに落ち着いていて、しかし試合の熱を感じている。
     ──確かに、思い出したことがある。
     猛虎から教わった大切なこと。

     自分は、猛虎じゃないということだ。

     反町は走り出した。猛虎の魂はそこにはない。小田と松山が勝手に受け継いだそれを、反町は知らない。そんなものは、欲しいとも思わなかった。
     柔らかくフェイントをかけ、一人抜き去った。そのままサイドラインを駆け抜ける。
     日向の隣にいたからこそ、反町は受け継がない。華々しく荒々しい中央突破も。黄金世代の中核として集める注目も。その猛虎の魂すらも。──要らない。
    「させるか!」
     小田が競ってきた。ペナルティエリアまでは踏み込ませまいと、反町を妨害する。逃げるように走れば、サイドラインの奥へと追い込まれる。角度がないが、僅かにゴールが視界に映った。
     ──日向なら、きっとこの角度でも、ゴールへ入れられるだろう。
     不思議とそんな、どうでもいい発想をする余裕もあった。
     だが、それは本当にどうでもいい妄想だ。反町一樹は、日向小次郎じゃあない。
    「──ッ!」
     代わりに反町は、ゴール前へボールを送る。小田の隙をついた、股抜きのパス。威力はない。構わない。
     日向に見えるものがただ一つ、ゴールネットだけならば──反町の目に映るのは、走りこんでくる味方の姿だ。
     このチームでのセンターフォワードが自分でも、日本に残った黄金世代の一人として注目されようとも、反町一樹の根底は変わらない。変わらなくていいんだ。あの頃から、ずっと、日向の隣という唯一無二。
     そして、チームメイトの足が唸りを上げ、ゴールネットが揺れた。
     ホイッスルが鳴る。完璧なゴールだった。勝ち越しの安堵と共に集中が一旦途切れた反町の耳に、凄まじいサポーターの歓声が聞こえてくる。
    「………なんだよ」
     目の前の小田が、むすっとした顔でそう呟いた。
    「なんだよって、なんだ?」
     反町が顔を上げて聞くと、小田は頬を膨らませる。ちょっと可愛い。
    「おまえ、全然スランプじゃないじゃん」
     反町は苦笑した。そして、小田にとっては不都合な事実を教えてやることにした。
    「いいや、スランプだったぜ。それを、おまえが……いや、日向さんが、救ってくれたんだよ」
     小田は、その言葉に虚を突かれたように目を見開いた。それから更に不機嫌な表情になる。
    「又聞きの日向のスタイルをちょっと見たくらいで立ち直れるなんて、やっぱ全然スランプじゃないよ」
    「何言ってんだ、前半のおまえ、結構完璧に日向さんだったぜ?」
    「多分反町だから感じ取れるんだと思う……それ……」
    「あれ? そうかな?」
    「そうだよ!」
     反町は頭を掻いた。日向のこととなると自分が敏感なのは否めないので。
     なにはともあれ。
    「そうはいっても、スランプなおれと戦ったって、楽しくないだろ。喜べよ」
    「喜べないよ! こっち点取られてるのに! もー! ……でも、立ち直ってくれたのは嬉しいよ」
     後半部分は小声だったが、それをちゃんと口に出すあたり、こいつは人がいいなあと思う反町であった。

    ***

    「と、いうわけなんですよ」
    『なにそれ気持ち悪』
     一蹴。
     電話先の日向の反応に、思わず反町は肩を震わせた。で、隣の小田はブチギレている。
    「なーーーにが気持ち悪いだよお! 松山さんにはそんなこと言わないくせに!」
     と、いうのも──試合後、反町は先延ばしにしてしまっていた日向との電話をしようとして小田に見つかり、彼と共に今日の内容を日向へ報告したところ、小田が猛虎の魂を発揮した話で日向が嫌悪感をあらわにしたため、このような会話に至る。
    『いや気持ち悪いだろ……おれとおまえ、そんな接点ある?』
    「だからあ! 松山さんから学んだんだってば!」
    『だとしても……食欲なくすわ』
    「ふっざけんなーーーー!」
     なんだか楽しそうだなこの二人。もしかして仲いいのかな。などと反町は考えた。
     そんな反町の疑念は知らず、電話口の日向は一つ咳払いして。
    『まあ、なんだ。反町の不調が直ったってんなら何よりだ。次節からは勝ちまくって、優勝しておけよ!』
     まったく、無茶ぶりをする人だ。だが、その激励が疲れた体に染み渡った。やはりこの人は、こうでなくては。
    「あはは、頑張ります。応援よろしくお願いしまーす」
    『よし。それじゃ、またな』
     電話はそれで切れ、反町は満足しつつ、スマホをしまい込んだ。そしてふと横を見れば……まだ小田はぷんすかしている。面白いなあ、こいつ。
    「そういうわけだから、小田。次も負けねえからな」
     すると、彼は不機嫌さそのままに反町へ顔を向け。
    「それはこっちの台詞! 次は絶対、リベンジするからな!」
     それで、二人はなんとなく、雑に握手を交わした。
     猛虎の魂を受け継ぐ者と、受け継がない者。これからも、この戦いは続いていくのだろう──そんなことを考えながら。
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