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    だびじぇんこじ
    試合に負けた日

     満天の星空の下、三人は車体に背中を預け、ぼんやりしていた。
     今日の試合は散々だった。多分、今シーズンで一番。それで反省会めいたミーティングを終え、意気消沈した選手たちがスタジアムを後にする、そんなときにダビィが言った。
    「おい、乗れ」
     それで日向とジェンティーレは、特に拒否せずに彼の車に乗りこむことにした。
     車で一時間と少し走ったところ。喧騒にまみれた町を抜け出して、三人が辿り着いたのは星がよく見える展望台だ。
     車を降りて、空を見上げると、星の光が降り注いでいた。
     ほんの少しの間、三人は無言だった。やがて日向が口を開く。
    「こんなところに連れてくるなんて、割とロマンチストなんすね」
    「それは馬鹿にしてやがんのか?」
    「いえ。別に。まあ、たまにはこういうのも悪くはないですよ。特にこんな日は」
     ジェンティーレがペットボトルに入った水を飲みつつ、応じた。
    「おれはもっとこう、雰囲気のある店にでも連れて行ってほしかったですね。それでカクテルの一杯でもご馳走になれば、気が晴れたはずなのに」
    「生意気な。負けた日におまえらに奢るなんて、踏んだり蹴ったりじゃねえか」
    「後輩のご機嫌を取ってくださいよ」
    「やなこって。てめえで取りな」
     言いながらダビィは大きく上を向いて、星空をその瞳に映しているように見えた。
     日向も同じようにした。星空は日本と変わらないような気もした。自分が持っているコーラもそうだ。そして、この二人の仲間たちも、日本の仲間たちと変わらないくらいに気の置けない仲だった。
    「今日は何がダメだった?」
     ぽつんとダビィが呟いた。ジェンティーレの声が続く。
    「ダビィさんが中盤でボールを奪えなかったんで、とにかく相手の攻めが長かったんですよ。こっちももう、走らされまくって体力の限界で」
    「おまえな。いや否定はしねえけど。……そういえばジェンティーレはディフェンスで何回かミスってたよなあ、最後にシュート決められた時も、あれ、もう少し早く反応してボールに触れてればポストだったろうに」
    「余計なことを……いえ、その通りですが……」
     二人の会話を聞きながら、日向は試合の内容を思い出していた。とにかくいいところのない試合だったのだ。誰が悪いというより全員が悪かったと思う。選手の状態や監督の采配も含めて、全部だ。
     シーズン通してプレイしていれば、こういうことだってあるのだろう。
     日向はそういう試合にどうしても慣れなかった。中学生、高校生、あるいはワールドユースの決勝なんかのトーナメントは、一発勝負。二度目はなく、そして短期決戦だ。その時期に対してコンディションを完璧に持っていくのは当然のことだし、決勝に向けて更に研ぎ澄ませるのも大切なことだ。それと違って、好不調の波に揺られながらトータルで良い成績を残すよう戦うクラブチームの戦いは、不思議な感覚だった。どれだけ気を付けても、どうしてもコンディションをよい状態に持ってこられない日があった──今日のように。
     試合展開をなぞるように回想し、日向は呟いた。
    「今日は、おれがダメでした。ダビィさんのパス、全然拾えなかったし……立ち位置も悪かったし。シュートの精度も、いつもより酷かったです」
     すると、聞いた二人が固まった。それに気付いた日向が「なんすか?」と言葉を零すと、左右から矢継ぎ早に返答があった。
    「おまえは真面目過ぎる! 反省会はさっきやったろう!」
    「そうだ! なんでそこで全部自分のせいにするんだよ! 今はな、反省なんて置いておいて適当に文句言っときゃいいんだ!」
     日向は吹き出した。
     変な先輩だ。今だけは反省するなと言う。ああ、でも、確かに反省会は、ジェンティーレの言う通り、さっきさんざんやった。全員が暗い雰囲気の中、控室で顔を突き合わせた。それで十分だと言うのなら、今は。
    「──そっすね。じゃあ、正直なことを言うと、ダビィさんのパス、コースが甘かったっすよね」
     星を見ながらそう言った。
     すると、秒で肘鉄が飛んできた。……理不尽。
    「いてえ! 適当に文句言えって言ったのはそっちじゃねえっすか!」
    「おれのことを言えとは言ってねえんだよ! 忖度しろ!」
    「ジェンティーレの文句は流したくせに!」
    「うるせえ!」
     などとやり取りしていると、ジェンティーレがくすくす笑いながら、ぼやいた。
    「じゃ、たまにはおれも、ヒューガに文句でもつけさせてもらうか。おれが不甲斐ないからといって、ディフェンスしに何度も戻ってくるのはやめろ、ストライカー。おまえは前で待ってればいいんだ」
    「うっ」
    「熱くなるとボールを追うからなあヒューガは」
    「ダビィさんまで……」
     確かに今日は熱くなりすぎた。おかげで最後のほうは、疲れで体が思うように動かなかった。少し気恥ずかしくなって、日向は誤魔化すようにコーラを飲む。
    「次はちゃーんと、前のめりに待っていろよ、ヒューガ」
    「わ、わかってる」
    「そうだ。おれも今日は駄目だったが、次は必ずボールを送ってやる」
     ダビィがそう意気込むと、すかさずジェンティーレが突っ込んだ。
    「今日送ってくれればなあ」
    「っ、今日は調子が出なかったんだよ!」
     ダビィが吠える。日向はけらけらと笑った。すると、彼の視線がきっと日向を捉えた。
    「ヒューガ! おまえも笑ってんなよ! 今日ばてたのは後ろまで戻りまくったのもあるが、そもそも、練習のしすぎだろうが!」
    「え、いや、そんなに無理したわけでは」
    「嘘つけ、自主練無茶苦茶やってんの、知ってるぞ!」
    「うっ、それは……その」
     確かに最近、日向はこっそりと練習量を増やしていた。しかし、ダビィに見抜かれるとは。この人はどうも、自分のことをよく見てくれる。ジェンティーレのこともかなり気にかけているようだし、随分と面倒見がよい。
    「やめろとは言わねえが、そうとわかってんなら試合の最中にまで無駄な体力を使うんじゃねえ。わかったな!」
    「は、はい……」
     ともかくも、彼の言っていることは正しいので、日向は頷いた。
    「そういえば、ダビィさん。どうして星を見に来たんですか?」
     ジェンティーレがそう聞いた。自分のことから話題が逸れて、日向は少し胸を撫で下ろす。そしてそのやり取りに耳を傾けることにした。すると、ダビィは一度「あー」と考える様子を見せてから、言った。
    「なんでって。こういうのもいいかなと思ったんだよ」
     その返答は、返答になっているようでなっていない。
    「そうじゃないですよ。なんでおれたち二人を連れてきたのか……ってこと。それから、どうして星空がいいかなって思ったのか、ってこと」
    「……聞いてどうする? 適当だぜ、おれは」
    「本当に適当なら適当でもいいんですけど」
     するとダビィはふっと笑った。
    「そうだなあ。じゃあ、次の試合のため、星空を見に来たってことにするか」
    「試合……?」
    「ああ。次の試合は夜からだ。どうせグラウンドはしっかり照らされてるけどよ、少し先にはこういう星空が広がってると思うと、心が落ち着くだろ」
     その回答には、ジェンティーレは肩を竦めた。
    「よくわかりませんね」
    「今考えたからな」
    「……肘鉄しても?」
    「やめろ馬鹿」
     日向は二人のやり取りに、くすくすと笑った。二人が日向を睨んだ気がするが、何、気にすることではないだろう。
    「で、結局わざわざおれたち二人を連れてきたのはなんでなんすか?」
     そうダビィに聞くと、彼はまた考えるそぶりを見せて。
    「なんでおまえらを……、面と向かって聞かれると、答えづらいな」
    「どうしてです」
    「それは」
     彼は歯切れ悪く、言葉にならない言葉をいくらか呟いた後──観念したかのように、小声で言った。
    「おまえらと一緒にいると、楽しいから……だよ。くそ、言わせんな」
     その言葉に、日向は驚いてしまって中々返答できなかった。……ジェンティーレも恐らく、同じだった。確かに三人でいると楽しいなとは日向も思っているし、相手もそうであろうとは、まあ反応からわかってはいたけれど、ダビィがそういうことを声に出すとはどうしても思われなかったので。
     聞いたこっちまで恥ずかしくなって、日向とジェンティーレはしばらくの間黙ってしまったので、結局三人は星空の下で謎の無言時間を過ごすことになった。
     その途方もなく続くかと思われた静寂を、破ったのは日向だった。
    「あー。ダビィさん、コーラでも……飲みます?」
    「要らねえ!」
     ダビィが即答した。なんともまあ意味のない会話であったが、恥ずかしくてさっきの話題を続ける気にならなかったのは、お互い同じだったろう。ダビィが続けた。
    「そろそろ帰るか。明日に響いても困るしな」
    「本当に星を見に来ただけなんですね」
    「当たり前だ。酒を奢ってやったりはしねえからな」
     ジェンティーレと掛け合いをしつつ彼は車に戻っていく。
     日向はもう一度空を見上げた。視界一杯に広がる星を目に焼き付け、それから、ダビィの車に乗り込むことにした。

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