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    さかえ

    @sakae2sakae

    姜禅 雑伊 土井利

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    さかえ

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    ようやく伊くん編 冒頭のみです。

    #雑伊

    いずれ雑伊になる話 その3四 善法寺伊作と私
     その少年が、かの大川平次渦正が創設した忍術学園の生徒であると知った時、雑渡の中に生まれたのは奇妙な落胆であった。以前から忍術学園の存在とその評判自体は耳にしており、その在り方に疑問を抱いていたからだ。城付き忍者の息子として生まれ育った雑渡からすると、忍術とは秘匿の術であり、決してもののように金品で購うものではない。それを学校という、ある種おおやけのものとして門戸を開くというのがどうにも理解ができなかった。忍術を――人を欺き命を奪うためのすべを、なかよしこよしの道具にするなどと、正直に言って舐めているとしか思えない。
     理解できないといえば、いくさ場で出会ったあの少年であった。部下によれば名を善法寺伊作というらしい。忍術学園の生徒がいくさ場にいること自体は、授業の一環であろうと察することができる。だが、そこでの彼の行動はまったくもって不可解であった。本当に偶然のこととして、雑渡は善法寺がいくさ場に入る様子を見ていたが、彼はまずざっと状況を観察してひとまずの安全地帯を確保すると、そこにひとりのけが人を引っ張り込んだ。何をやっているのかという疑問は浮かんできたが、その行動が戦況に影響を与えるわけでもなし、雑渡はとりあえず彼を放っておくことにしたのだ。別段、こどもがいくさ場に入ってくること自体はさほど珍しくもない。おおかた見物か、どさくさに紛れて物取りでもするのだろうと思って、雑渡は一度忍軍への指示のためにその場を離れた。
     二度目にそこを訪れた時、雑渡はいくさ場での緊張を一瞬忘れ――普段だったら絶対にあり得ないことだ――ぽかんとした。少年の周りにはけが人が溢れていたのだ。しかも、その誰もが傷に手当てを受けている。見れば集められたけが人にはタソガレドキ軍もオーマガトキ軍もなく、あろうことか敵同士が隣り合って休んでいるというはなはだ奇妙な光景も、そこにはごく当たり前のこととして存在していた。
     中には夫丸に変装した部下の姿もあって、現われた雑渡に対して矢羽音を送ろうとしてきたが、雑渡はそれを目で制止する。
     得たいの知れない少年を相手に、手の内を一つでも見せたくなかったからだ。
     少年は雑渡に背を向けて、手を絶え間なく動かしていた。何をしているのかと思えば、旗印を裂いては巻いているらしい。包帯の代用とするのだろう。手には迷いがなく、彼がその行為に慣れていることを示していた。
     ――どうしてこんなことを?
     それが第一の思いであった。こんなことをしていったい何になるのだ。彼は何を得するというのか。
     声をかけたのはその正体を見定めなければならないという義務感と、ほんの少しの興味からであった。
    「その包帯、すこしもらえないか?」
     けがをしてしまってね。
     続けた言葉に嘘はなかった。変装のために身につけていた具足によって蒸れたのだろう、少し前に受けた足の傷が化膿していた。また、過去に負った火傷の痕が――特に左目のあたりだ――じくじくと不快な悲鳴を上げていたが、こちらはまあ言わずともいいだろう。
     雑渡の言葉に少年が振り返る。どんな表情をしているものかと思っていたが、ごくごく平静である。すっと弧を描いた目の輪郭が、眦にたどりついてやわらかく落ちるのが印象的な顔立ちだった。
    「かまいませんよ。手当もしましょう。どうぞこちらへ」
     少年は屈託なく頷いて雑渡に手招きをする。何かを後ろ暗い目的を隠し持っている様子はなく、手さばきはただただ鮮やかだ。けがを負った時期と武器の種類をさらりと当てられたが、さりとてそれをどうしようというわけでもない。
    「・・・・・・これでひとまずけがの方はだいじょうぶでしょう。いくさ場ではなかなか難しいかもしれませんが、日に一度は包帯を取り替えて、その時に患部もきれいに洗ってあげてください」
     次はお顔のほうを診ますから、このまま動いたらいけませんよ。そう雑渡に言い置いて、自身は桶を手にさっと水辺に降りていく。彼に頼んだのはあくまでけがのことだけであって、火傷のことには一切触れていなかったはずなのに、と雑渡は呆気にとられてしまった。――見抜かれている。
    「顔の包帯を取ってもらっても?」
     水をくんできた少年が歩きながら雑渡に言う。呆然とした名残で雑渡が動かないでいると、何を思ったか少年は雑渡の手を引いて、その場から少し離れた木陰に導いた。
    「ここならだいじょうぶですか?」
     見上げる目には純粋な気遣いが見られた。おそらくは先ほどの雑渡の様子から、素顔を人前にさらしたくない事情があると判じたのであろう。別段そういうわけではなかったのだが、わざわざ誤解を解く必要もない。ひとつ頷いて、雑渡は少年の言う通りに頭部から包帯を外した。
    「古いものですね」
     雑渡の顔の半分を覆う火傷の痕は、決して美しいものではない。下手をすれば悲鳴の一つもあげられるかと思ったが、予想に反して少年の反応は冷静だった。
    「膏薬があってよかった。これなら対処できそうです」
     手早く、けれどもしっかりと雑渡の顔全体を拭うと、少年は医薬品の入った箱から貝殻を一つ取り出す。その中に籠められていた塗り薬を塗布する手つきは丁寧で心地よく、雑渡は自然と右目を閉じていた。
    「これはこのままさしあげます。これくらいなら懐に忍ばせられるでしょう?」
     包帯をすっかり巻き終えた後、少年は先ほどの膏薬入りの貝を雑渡の手に握らせた。小さな二枚貝は確かに荷物にはならない。中の塗り薬も、少年がためらいなく自身の指先を突き入れたことから少なくとも害のあるものではないだろう。
     けれども、ここに至っても雑渡には理解できなかった。少年の目的は何か。いくさ場で、敵味方の区別なくけが人を助けてどうしようというのか。
     雑渡がその疑問を解消すべく口を開く前に、少年はぱっと横を向いた。同じ方向を見れば、ここに来れば手当をしてもらえるようだと聞きつけたらしいけが人が、よろよろと近くまで来ている。
     少年は再び雑渡を見上げると、
    「それではぼくはこれで。お大事になさってください!」
     そのまま駆け出して行ってしまった。また負傷者の治療にあたるのだろう。その足取りに迷いはない。
     雑渡はしばらくその背を見送って、そうしてあたりに人の気配がないことを確認してから大きく跳躍した。よくわからないことだらけとはいえ、命が繋がれたのは事実だ。ならば雑渡がやることは一つである。木々を渡るが、手当がしっかりしているためか痛みはさほどない。
     いくさ場のにおいが近づくにつれて、雑渡の思考はあの不思議な少年から遠く離れていった。
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    さかえ

    MAIKING趙備、及び趙(→)←←禅前提の姜禅。ややこしい。
    わたしの男/あなたの眼「もう大丈夫のようですよ」
     足音が完全に消えるまで待ち、念のために扉まで閉めると、姜維は書棚の陰に声をかけた。それですぐに姿を現すだろう。そう思っていたのに、予想は外れてかえりごとひとつない。訝しく思って棚の裏を覗き込むと、主は開け放った窓から吹き寄せる風に濡れ羽の御髪を揺らしながら、どこか遠くを眺めているようだった。
    「劉禅様? いかがなさいましたか」
     それでも近寄る間にこちらの存在に気がついたらしい。見上げてくる主の目は常の通り薄曇りの空のように静かで、感情が今どこにあるのかをおよそ気取らせない。
    「ああ、姜維」
    この目に見つめられ、ゆったりとした口調で名を呼ばれると、姜維はいつも己の矮小さを全て見透かされているような心持ちになる。魏に属していた頃には蜀の新帝は暗愚だという噂ばかりを耳にしていたが、実際にこの方の前に立てばそれがどれほど馬鹿げた戯言であったかが分かった。音に聞く、皆を導く太陽のようだったという先主のような目眩く光輝こそ無けれども、泰然と振る舞うそのたたずまいからは風格が香気のようにかぐわしく立ち上った。また天水にて姜維を諭し導いた声はいかなる時にも荒ぶることなく、凪いだ水面のように透明である。その在り方は先主とは違えども、この主は確かに生まれながらにしての王者であった。
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