夏のおとしもの 今日のべジータはいつもよりずっと機嫌が悪い。
眉間の皺が増えていちだんとと目つきが鋭く、組手の最中も落ち着かずどこかイライラしている様子だった。まだ地球からビルスさまの星に来たばかりで本来ならお互いいちばんイキイキしている時期だというのに、だ。
左手を気にしていたから怪我でもしたのかと問えばうるさい、ちがう、かまうな、の三段構えで拒否されたのでこれ以上機嫌を損ねては面倒だと引き下がったが、やっぱり様子がおかしかったよなと悟空はう〜んと首をかしげた。
地球から遠く離れた神様の星。今日も激しい家事手伝いから始まり、厳しい特訓のノルマを終えた悟空とべジータにも休息の時間が訪れていた。
悟空が一日の汗を流し浴場から戻ると、そそくさと先に部屋へと戻った筈のべジータはまだ寝ておらず、ベッドにあぐらをかき何やらむつかしい顔で自身の手のひらを凝視していた。やっぱり何かあったんだ。悟空はまだ濡れたままの髪をタオルでかき混ぜながらべジータに声をかけた。
「なあ、どうかしたんか。左手」
「……っ」
「今日おめえずっとそれ気にして変だっただろ? ウイスさんも気づいてたぞ」
「だろうな……」
「ケガ……じゃねえんだよな」
何か異常があったのではないかと、悟空は不安げな顔でべジータの表情をうかがう。べジータはムズムズと言いづらそうに唇を歪め視線を彷徨わせた後、大きく溜息をついた。
「虫に刺されたんだ」
「え、なんて?」
「蚊に! 刺されたんだ!!」
「おわっ、びっくりした〜〜」
それこそ蚊の鳴くような声に聞き返すといつもの大声が返ってきて悟空はひっくり返りそうになる。何故べジータが恥ずかしげなのか全く分からないが、そりゃあ痒くて気になるよなと自分が蚊に刺された時を思い出し苦笑すると、キッと鋭い視線が飛んできた。虫程度に翻弄されて悔しかったのだろうか。
「わりいわりい。バカにしたとかじゃねえんだけどさ、ケガじゃなくてよかったと思って」
悟空はべジータのベッドへ近づくと、手袋を外したべジータの白い手を取り、それをまじまじと見つめた。お互い湯上がりでいつもより少しだけ柔らかい肌の質感が気持ちいい。
突然手を握られ驚くべジータに振り解かれないうちにと悟空は不調の元凶を探す。手の甲……手の平……違う。薬指の付け根、小指との間にぽつんとできた赤いしるしに思わず眉をひそめた。
「あちゃーーやっかいなトコ食われてんなあ。こりゃかゆいだろ」
「っ、バカ……さわるな」
痒みの元凶に触れるとべジータのカラダがびくりと震えた。これはつらそうだ。痒くて掻きむしったのだろうか、この腫れ具合だと組手の最中も手袋と擦れて相当つらかっただろう。かわいそうに。
そう思うのに、悟空には白い肌にぽつりとできた赤い痕がどうしてかとてもうまそうに見えてきて、口の中に溢れた唾液をゴクリと飲み込んだ。ムズムズといたずら心なのか好奇心なのかよく分からない感情が湧いてきて、思わず手に力が入った。
「な、なんだ……」
手を握ったまま目が据わっていく悟空に嫌な予感がし、べジータは握られた手を振り解こうとするがくやしいかなガッチリと掴まれた腕はびくともしない。
「くそっ、なんなんだ!」
「べジータぁ……」
「うっ……」
明らかな欲を持った瞳がジッとべジータの赤い傷痕を舐めるように見つめる。しまったと思う間もなく、悟空はパクリとべジータの薬指を口に含んでいた。
「……っ、おいバカッやめろ!はなせ!!」
「ひぃやら」
掴んだ手首を引っ張り口元に寄せる。いたずらな悟空の舌先は患部をゆるくなぞり、ぷくりと腫れたソレをぞろりと舐め上げた。
「ぁ、うっ……」
まるで情事のときのような声がべジータの口から漏れ、悟空はグルグルと己の喉が鳴るのを感じた。
痒みを堪えていたところを刺激され、ムクムクとまた強い痒みがべジータを襲う。舌先で患部を柔く掻かれる中途半端な気持ち良さがつらかった。
ヂュ……ヂュッ…………
悟空は無心でべジータの指を吸い、付け根に甘く歯を立てる。ガジガジと突起をひっかくように噛み付くとべジータの肩がびくりと震えた。
「あっ……ふ、ぅ……バカ、やめろ……」
きもちいい。柔らかい舌で中途半端に引き出された痒みを悟空の歯がザリザリとひっかき治めてくれる。同時に患部は熱を持ち、ぴりぴりとした痛みとまた新たな痒みを伴いべジータを苦しめた。
「ぁ、う、……ン、あ、……ッ」
痒い。気持ち良い。痛い。気持ち良い。痒い。ぐるぐると繰り返される刺激に堪えきれない喘ぎが口から漏れる。もう限界だった。
「この……っ、バカ野郎!! はなせと言っただろうが!!!!」
「っ、いって〜〜〜! なにすんだよべジータ」
「こっちのセリフだバカ! 人の指を好き勝手しゃぶりやがって! ガキじゃないんだぞ!!」
「だってよお……なんかうまそうで」
「オレは! 食いモンじゃねえ!!」
ボコッ。べジータの重いゲンコツが悟空の顔面にめり込み口に含んでいた指がやっと吐き出される。
悟空は殴られた顔をさすりツンと尖らせた口で言い訳を口にするが、それはぷりぷりと怒りを露わにしたべジータを余計に怒らせるだけだった。
べジータは舐めしゃぶられ唾液でべとべとの指を嫌そうな顔で悟空の服で拭い、サッとベッドの端へと距離を取る。
「べジータぁ……」
「ダメだ」
「ケチー」
悟空は甘えた声でおかわりを要求するがべジータは近づいたら殺す! と取り付く島もない。
じんじんとひりついた痛みを発する患部を隠すよう手を身体の後ろに回し、べジータは悟空を睨みつけた。これはもう説得の余地なしだ。指しゃぶりは諦めるしかないかと悟空は落胆に肩を落とした。
「じゃあもういいや」
「なっ……」
体勢のせいで一瞬べジータの反応が遅れた。
ベッドへ飛び乗った悟空はべジータの小さな顔を両手で包み、驚きに開いた口へと舌を差し込む。わななく唇を舐め、抵抗を始めたかわいらしい舌をぢゅうと吸えば、んっとべジータから甘えた声が漏れた。
こうなってしまえばこっちのものだと、勝手知ったる悟空はべジータに抵抗の隙を与えぬよう深く口付けた。逃げる小さな舌を追って、さきほど指へと行った愛撫と同じように舌を絡め甘く噛み付く。
「んっ、ん〜〜………っ、」
次第に瞼がトロンと落ちてきたべジータの背中に手を回して優しくさする。ビクリとカラダを震わせたが抵抗はなかった。名残惜しげに小さな唇を食んで離れると涙目のべジータと目が合った。
「……きさまはそうやって何でもかんでもうやむやにしようとしやがって」
「へへっ、好きだぜべジータ」
べジータの呆れたような声色に怒気は含まれておらず、もう怒ってはいないようだった。なんとかやり過ごした、さてさてと伸ばした手はべジータによって払われた。
「くれったれめ…………今日はやらんぞ」
「え〜〜〜!!」
すっかり"そういう"雰囲気だと思っていた悟空は肩透かしを喰らいガクリと肩を落とす。先程のキスで淡く紅潮した頬も潤んだ瞳も誘っているようにしか見えないのにノーはないだろうと悟空は食ってかかるが、べジータの返事が変わることはなかった。
「きさまのせいで痒みが増した」
「明日に響くと気もそぞろでまた修行が疎かになりかねん」
「今日はもう寝る」
無情にもガバリと布団をかぶり背を向け寝る体勢に入ってしまったべジータに悟空は兆し始めた息子共々置いてきぼりにされてしまった。
あまりの事態にポカンと口を開け固まっていた悟空はハッと意識を取り戻し、そりゃねーよべジータ〜〜〜と同じ布団へ潜り込んだ。そこからは全身でムシを決め込むべジータに脚を絡め服をまくりそっけなく晒された首を吸って全身で交渉した結果────
大きな赤子がしつこく吸ったせいでふやけた指は集中力をおおいに削ぎ、翌日もべジータの機嫌は直るどころか眉間の皺はより深く刻まれる事となった。