玲人の園① 気だるい夏休みが終わり、校舎に人が戻ってくる頃だ。残暑は残りつつも、時々涼風が陽射しをすり抜ける。赤く染まった蜻蛉が、つ、と小芭内の顔に掛けた英字新聞に止まった。
伊黒小芭内。藤ヶ枝高等学校の三年生だ。怜悧な知性と白く優婉な美貌、そしてクッソ面倒臭い毒舌の冷笑家で鳴らす彼は、校内一の人気者である煉獄杏寿郎と組んで、ミステリー研究会の頭脳を務めている。
「はは、赤蜻蛉なぞ乗せて、すっかり秋の風情だな!」
部室の椅子に収まって本を読んでいた杏寿郎が、面白そうに笑って、向かいの長椅子に寝そべる小芭内に声をかける。
煉獄杏寿郎。藤ヶ枝高等学校三年生。小芭内が書生として身を寄せる煉獄子爵家の嫡男にして親友でもある。剣術に秀で人望を集める彼は、あちこちの部に熱烈に誘われながらも弱小ミステリー研究会の部長を譲らずにいる。曰く小芭内との“愛の巣”を手放す気は毛頭ないという。
小芭内がバサリと新聞を振って赤蜻蛉を追い払った。
「どいつもこいつも、蜻蛉まで発情しおって鬱陶しい」
校内では、秋の一大行事である文化祭の話題でもちきりだ。今年の文化祭は、なんとなんと近隣の清蘭女学院と一部合同で行うということで、野郎どもの鼻息は凄まじく、小芭内はすっかり辟易しているのだ。
「どだい、女学校と合同で行うのは英語朗読劇と弁論大会だけだろう。なんで演劇部でも論説部でもない連中まで騒いでいるんだ」
「そりゃ、お前ェ。朗読劇や弁論大会を観にきた女学生が校内を練り歩くんだぜ。可愛い笑顔に華やかな声で質問されて展示の説明をしたり、あわよくば喫茶部で一緒にお茶したり…なんてナ」
珈琲を啜った宇髄がニヤッと笑みを浮かべる。宇髄天元。藤ヶ枝高等学校の伝説四留中の三年生だ。上品から下品まで世情に通じる粋人である彼は、ミステリ研の部員でもなんでもない。居心地が良い部室に押しかけてきて、勝手に昼寝したりダベったりしていく“寝候”だ。
「くだらん。怪事件の報でも読んでいる方がはるかにマシだ」
小芭内が、長椅子に座り直して新聞を広げる。
「何か面白い事件が載っているのか、小芭内!」
杏寿郎が緋色の瞳を輝かす。
「ん…何でも、ロンドンで呪いの骨董品が競売に掛けられたそうだ」
外国語の得意な小芭内の訳によると、この古い仮面は、仮面劇に使われたものと見られる。記録によると、18世紀に中国から英国に持ち込まれたものらしい。
「この仮面の最初の犠牲者はマーコット伯爵家の子供で…ふざけて猿の真似をしながら仮面をかぶったところ、皮膚が爛れて死亡した」
ヘェと宇髄が口の端を上げた。
「仮面はすぐに売りに出され、長年ロンドンの骨董商の倉庫に眠っていたが、19世紀末に東洋趣味の好事家の手に渡り、この度、好事家が皮膚癌で死去したので競売に掛けられたと」
「よもやよもや!2人も犠牲者を出した呪いの仮面か!」
杏寿郎が顎を撫でて満足げに頷いた。華族様にしては少々お品に欠けるが、怪奇な事件が大好きなのだ。
「どうだかね…皮膚の爛れた子供の場合は、古い面ならダニが棲んでいたのかもしれないし、塗料に処理の甘い漆や水銀なんかが含まれていたのかもしれないよ。好事家の皮膚癌だって、東洋趣味でアジアに出かけて日常的に日焼けしていれば蓋然性は高くなる。欧米人の肌は日に弱いからね」
小芭内が冷静な声で怪異を打ち破ってしまった。毎度毎度、コイツはミステリの何が楽しいのかねェと宇髄が苦笑する。
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