ふわふわ、もちもち『なんて邪魔くさいんだ』
それがこの衣装を着た感想だった。
そう言えばエマは可愛いのに!と怒ったし、イライにはそんなこと言わない、と釘を刺された。同じくかわいらしい衣装を見に纏ったメリーは生物にとって『模様』は大事だと言ってきて、最後にはこう付け足した。
『特に貴方は少しおっかないところがあるんですから』
とはいえ。
この服は救助に邪魔でしかない。走りにくいわ暑いわ指は動かしにくいわで最悪なのだ。それ故普段この衣装を着ることはない。しかしエマに2分の1の確率でクマさん!と強請られると仕方がなかった。因みに片方はワンちゃん!だ。イヌの方がマシである。
だがしかし。ある時傭兵は気付いてしまった。
それは試合後半。3人目が宙を舞う音を背中に、ハッチを探して走っていた。
「ああ、クソッ」
そう乱暴に言葉を吐いて汚れた頬を擦った時。
「!?」
触れた途端にバッと手を頬から離す。そしてまたおずおずと頬に触れた。手袋が両頬を挟む。
「ふわ、ふわ……」
戦場に身を置いてきた傭兵には初めての感覚だった。ゲーム後はこの暑苦しい服を脱ぎ捨てるようにしてきたためこんな感触を味わったことはない。
まるで雲に包まれたような。優しい生地のそれは内側に綿を含んでいて、やわらかくて力を入れればへこみ緩めれば戻ってくる。ふわふわ、もちもち。
平和だ。きっとこれを平和というのだ。
傭兵は、ふわふわにハマってしまった。
傭兵はふわふわにハマった。初めてのペットに一等丸っこいミニリッパーを迎えその頭に顔を埋めるくらいには。
しかしそれが誰かに知られる訳にはいかなかった。自分は傭兵だ。仲間が頼り敵が恐れる存在でなければならない。自室で自分の頬を両手のひらで挟んでしばらくじっとしているなんて知られてはならない。断じて。
部屋には人(主に皆で酒を飲みたいウィリアム、彼にパシらされたノートン、それをバックレたいイソップ、昼からはどうかと思うと意見しながら苦笑いするイライ、エトセトラエトセトラ)が頻繁とは言わないがそれなりの頻度で来るため、迂闊に部屋では着れないのだ。ゲームの後で脱ぎ忘れた、などと嘘を吐きそれを徹す器用さは持ち合わせていない。そのためミニリッパーを吸っているが、クマのふわふわは別格だった。
もふりたいときにもふれないのは罪である。
出来るだけあの衣装を着れるように工夫する。そうしているとクマが意外と好評だと言うことに気がついた。少女は顔を輝かせ、トレイシーは喜んで彼女のクマの衣装に変えて揃えた。
ゲームにエマがいる時は彼女がイヌを強請る前にクマの衣装に着替え、ゲーム後は部屋で思い切りふわふわを堪能してから脱いぐ。そんな日々を繰り返している。
「はぁ……」
今日は珍しく朝から連戦。幾ら傭兵とは言え流石に疲れる。それなのにクマを着たのは最後の試合だけ。
足りない。足りない。もふもふが足りない。
ぽてぽてと歩きにくいクマの足で静かな夜の屋敷の廊下を行く。部屋まではまだある。我慢できない。
ちょっとだけ。
誘惑に抗えずに奥まった影の多い場所で頬に手をやった。ふわふわもちもちの感覚に包まれる。
「ふぁ……」
「おやおや、これは可愛らしい」
「!?」
突然の背後からの声に手を離して振り返った。此方に落ちる影は長くて随分と首を上げてやっと顔を捉える。
そこにいたのは先ほどの試合でハンターをしていた良い子衣装のリッパーだった。
見られて、ないよな?
「な、なんだ」
「肩のくまうさぎ、落としてましたよ」
「あ…ありがとう…」
思えば肩に何もいない。素直に差し出されたぬいぐるみを受け取った。これを届けに来てくれたようだ。
その為に、気配を消してすぐ背後を追ってきたのか?
怪しい。怪しすぎる。
傭兵は自分がこんな薄暗い場所で頬を押さえていた、という怪しさを棚に上げて彼を疑った。何か他の目的があるのでは。
「……何か、用か」
「いえ?ただ、最近それをよく着ていると思いまして」
ぎくり。
「走りにくいでしょうに。ふわふわした感触が好きなんてすか?」
「べ、別にそんなことない」
嘘が下手だと自覚しているためボロが出る前に言葉を紡ぐ。
「断じて気に入っているからではない。皆が喜ぶからであって」
「そうなんですか?」
「そうだ」
皆から望まれているのは嘘じゃない。
良い子が首を傾げる。疑っている。髪の隙間から見透かされているようで念を押した。
「違うからな」
「そうですか…」
そう返答した彼は少し落胆したように見えた。それでも納得したようなのでホッとする。
「ではおやすみなさい。残念です、私も好きなので」
最後の言葉に脳内に衝撃が走る。リッパーは夜の挨拶を交わすと踵を返して背を見せた。段々と遠ざかっていく。
まさか仲間…なのか……?
あんな男がふわふわ好き仲間かもしれない、という衝撃で、彼が『も』と、即ち自分のもふもふ好きがバレていることなど気が付きもしなかった。