真実の愛を前にどうこうできると思うなよ神代一人は怒っていた。人生でこんなにも怒りを感じたことはないほどに。
「一人ォ、もうちょい抑えてやれって」
新人ちゃんが怯えてんじゃん、と付き合いの長い氷室は呆れたようにコーヒーを啜る。
「あの人に近付こうとするマスコミやお前達を執拗に追いかけるパパラッチが居なくなればすぐにでも」
言いながらコーヒーの缶がグシャリと握り潰され、それを見た哀れな新人がまた震えていた。
「まぁ、お前の怒りたい気持ちも分かるし、オレは別にいいけどよ」
氷室と一人の付き合いは子役時代まで遡る。休みがちな学校より現場で会う子役同士が仲良くなるのは必然だった。芸能一家に生まれ、赤子の頃から役者として生きてきた一人と幼いながらも自らの意思で飛び込んできた氷室は妙に馬が合い、今日まで友情を育んできた。もう親友と言っても差し支えないだろう。
今回の騒動の発端である一人の結婚も家族の次に報告され、氷室は祝福を持って返した。多少荒れるかな、とは思っていたがここまでとは。同時期に結婚を発表したTETSUと譲介が霞んでしまう程だ。
一人のパートナーは一般人である。氷室や他の共演者達も会ったこともあるし、ドラマの医療監修を請け負っていたが、本当にただの一般人であり、医者なのだ。未だ嗅ぎ付けられていないらしく、マスコミの攻撃は一人本人や事務所の人間、共演者達だけなのが唯一の幸運と言えるだろう。
だが、そのせいで一人は新婚なのに愛する人の居る家に帰れず、ずっと知り合いの家を転々としている。今は氷室のマンションで寝起きをしているし、カメラを持った人間も張り付いているので迂闊な行動を取れない。愛する人に迷惑だけはかけられないと、必死に我慢しているのだが、その我慢を嘲笑うようなマスコミの行動に長いはずの堪忍袋の尾が切れる寸前である。
「こんなことならあの時引退してしまえばよかった……!」
日に日に濃くなっていく隈と重々しく吐き出された呪詛に限界を感じた。
一人は不規則な芸能生活においてもきっちりとした生活を送る質だし、基本的に真面目だ。そんな男が怒りと疲労とストレスに荒れている。
「まあそう言うなって。……っと、噂をすれば」
ポコン、と一人とパートナーを除いたグループチャットに連絡が入る。譲介だ。
ーーKスタライブで焚き付けてやりました。これでダメだったら次の手お願いします。
早速各種SNSをチェックするとトレンドに一人と譲介の名前が上がっている。続けてタップしていくと手のひらを返し始めたファン(氷室は認めないが)のコメントが並んでいた。
譲介の公式アカウントにコメントを書き込む。火に油を注ぐ行為だが承知の上だ。気分的には「焼き払え!」なのだから。
SNSに疎く、事務所の広告担当スタッフに一任している一人が気付くのは明日の朝になるだろう。
氷室は一人の親友であり、そしてパートナーの友人でもある。
「(攻撃されたら反撃があるってこと分かってんのかね)」
それが身内なら尚更、と氷室は譲介によくやった、と猫が猫を撫でているスタンプを送った。