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    司と類のバレンタイン(2/2)
    ふたりが恋人同士になるまでの話です。

    5838文字(所要時間約11分)

    ##司類

    ◇◇◇

     その後、二人の関係はどうなったのかと言うと『本当に何も進まなかった』のだった。

     お互いに年若い高校生でありながら、少しばかり役に入り込める舞台役者の端くれだった。
     そして、お互いに強情なところあって、今までの関係を壊さないように丁寧に、細心の注意を払って今まで通りを貫いてしまったのだ。

    『類、昨日言っていたアイディアだが……』
    『わかってるよ、司くん。そのためのカラクリも、明日にはできると思うよ』

     それくらいの『いつも通り』は変わらずこなし続けてきた。
     それはえむにも、寧々にも気づかる事はなく、次第にあの思い出は夢の中の出来事だったのではないか、などと思ってしまう程度にはいつもどおりだったのである。

     あれから二ヶ月程経っている。

     類は少しばかりのさびしさのような感情を抱えてはいるものの、司や、仲間たちとの関係がまだ壊れていないことをとても幸福に思っていた。
     安寧と、穏やかに紡げる関係性だけが残されている。
     類にとって自分自身の居場所という存在が、手のひらの中からこぼれ落ちないでいてくれることにただ感謝しているのだった。

     ◇◇◇

    「あ、」

     遠く、類の頭上よりも少し低い場所から終礼の鐘が鳴る。
     今日は五時限しかない日だ。これで長かった一日が終わってくれたことになる。

     少しホッとする。
     何故か、今日はひどく疲れたような気がしていたのだった。
     沸き立つ学生、特別なイベント日。それだけ特殊な一日とあらば、何かしらのパフォーマンスでも企画していれば良かったものの、ことバレンタイン。今日の事柄に対しては、類のセンシティヴな思い出がその思いつきを阻んでしまっていたのだった。

     けれど、それももう終わりなのである。幸いにも今日は舞台公演や稽古もない一日である。
     あとは粛々とこの場で時間でも潰しつつ、初夏の長期期休暇へ向けたイベント案を練るため部屋に引きこもってしまえばいい。

     類は今の所成績にも恵まれ、かつ『変人』としての良くも悪くも特殊な地位を得てきていた。
     何度か舞台アイディアにのめり込み、帰りの会なる終業の行事から抜け出した事もある。
     その時も、担任からは対して何かしらのアクションを起こされることはなかったのだ。
     だったらいいだろう。
     今日は、このまま平穏に何も起こらなかった事に感謝して、学校という特殊な環境から抜け出してしまおうかと思った。

     くるりとフェンスに背を向けて、ざわざわと色めいているグラウンドを思考から外してしまう。
     ちょうど、西側を見ていたらしく降りてきた西日がチカチカと目に飛び込んでくる。
     本日は晴天だった。まだ風の冷たさはあるけれど、この日の光だけはしっかりと、冬を忘れさせるようにキラキラと輝いている。

    「おや?」

     その時、逆光になり見にくいけれど、屋上の入口に何やら動く人影のようなものが見えた気がした。
     こんな時間、こんな場所にくるのは類のような異邦人か、もしくは類達がこの場所を居場所としていることを知っている教育熱心な教師くらいのものだ。
     折角、今日一日を生き延びたというのに、予想外の人間に捉えられてしまったら少し面倒だ。
     一瞬そう思ったが、どうやらその人影はもう少し小柄な人間のようである。

    「類!」

     そう思うやいなや、類の耳には聞き慣れた大声が飛び込んできた。
     類より少し低い位置から放たれた言葉であるというのに、彼の鍛えられた声はよく通る。
     その声を、聞きたかった気がする。
     今日一日、ずっと遠くからしか聞けていなかったのだ。できるならばもっともっとすぐ近くから、楽しげに、歌うように、たまにはささやくように、その声を聞かせてほしい。そう、思ってしまう。

     司くん、そんなに叫んだら誰かが見に来てしまうよ? 
     そんな、ふわふわとした言葉が脳裏をやんわりとかすめていく。

    「司くん」

     逆光になった彼が、どんな表情をしているのかはわからない。けれど、何やらどことなく大きく肩を揺らしているその様子から、彼の息がかなり上がっていることだけは理解できるのだった。

    「……そんなに急いでどうしたんだい?」

     やんわりと言ったつもりだが、少し声が上ずった。これまでの一時間ばかり、ずっと一人でいたからなのだろうか。
     実際、随分喉が乾いていた。
     カラカラと言ってしまってもいいほどに乾いている。
     一人でグラウンドを見つめていた時には、こんなに乾いていなかったはずなのに。

     類は、カサついた舌でぺろりと唇の端を舐めてみる。
     無意識にした好意である故に、彼はそれがどんな意味を持つ行動なのかに気づいてはいなかった。

    「…………るい、」

     ツカツカと大股で、堂々と歩いてくる割には彼の声は弱かった。
     少し間を開けてから、絞り出すように落とされた自分の名。彼は、一体なんのためにこの場所へ来たのだ? いつもなら、類がこの場所にいる事を知っていたとしても、敢えてここまで追ってくることはなかったというのに。

    「類。今日一日、随分探したんだぞ」
    「探していた?」

     すぐ近くまで近づいて来た彼から目線を外さぬように、けれど無意識に腕組みをした状態で彼を見返した。背は、類のほうが幾分高い。
     なので少し視線を下げるような形にはなったが、こちらを見上げている彼からは、少しばかり、高い場所から見られているような気分になった。

    「そうだ。お前、一日中オレから逃げ回っていただろうが!」
    「……そうかなぁ。偶然だと思うよ」

    「いや、偶然だとは思わんな。類……まだ怒っているのか?」
    「なんのことだい?」
    「わかってるだろう」
    「……よく、わからないな」

     司の意図はとても良くわかる。けれど、類の強情さもなかなかのものである。
     司を取るか、今の自分たちを取るのか。
     その不安定な天秤の中、がんじがらめになっているのだ。

    「……類。メッセージは読んでくれたんだろう」
    「うん、読んだよ?」
    「だったら、いや……」

     司から視線が外される。彼の逡巡が手にとるようにしてわかる。
     類は、あれだけ暇だった時間に何かしらの舞台装置でも作っておけば良かったなと思う。
     そうすれば、この場所をすべて包み隠してしまうような、文字通りの雲隠れでもすることができたのに、と思うのだ。

    「司くんのメッセージは、とても嬉しかったよ」
    「……そうか」
    「ただ……」
    「ただ?」

     類が言葉を濁してやると、彼の顔が切羽詰まったようにこちらを向いてくる。
     思わず目を逸らした。
     何となく、右方向の薄橙色の空を見る。季節は秋。
     まだまだ、日の落ちる時刻も早い。

     司から伝えられたメッセージ。
     それは『今日、少し会えないだろうか』という単純な言葉だった。
     意外にも律儀で、正しい行動をする彼だ。
     それは長男だからなのか彼の性格なのか、自由奔放な類とは違い、しっかりと一から予定を立てて、それを皆にきちんと伝えてくるだけの管理能力がある。

     けれど、今の類にとってそれは少し窮屈なのだった。
     まだ悩んでいる。
     それを、どう伝えたらいいのかがわからなくてつい、いつものように『僕も学校にいるから、いつでも会えるじゃないか』とふんわりとした言葉で返したのだった。

     彼からは、実はその後にもう一度連絡があるのだが、類はそれを見ないようにしていた。
     だから今、類は彼に嘘をついている。
     彼のメッセージは半分読んでない。
     けれど、既読もつかなければ返事もしていない類の行動に、彼だって気づいていない訳もなかったのだった。

     『怒っているのか?』と彼は言うけれど、多分、本当に怒っているのは彼自身なのかもしれない。
     それもそうだろう。
     類だって、こんなやり取りをいつまで続ければいいのかと少しばかり焦れてきたのだから。

    「……司くん、あの時の事に関しては、僕も悪かったと思っているよ」

     切り出したのは、類の方からだ。
     できればそうしたくはなかったけれど、あまりにも優しるぎる司は、もうこれ以上詰めては来ないだろうと踏んでの事だった。
     『あの時』というのはもちろんクリスマスのすぐ後に、彼と初めてキスをした時の話だ。

     あの時は、本当に何も考えてはいなかった。
     それに、向こう見ずでそれをしてしまったら、どれだけ世界が変わってしまうのかと考えてもいなかった。今の関係性が変わってしまったら、世界は、そして彼のセカイはどうなってしまうのか。
     ワンダーランズ×ショウタイム。自分たちの作り上げた場所はまだ、それに耐えられるだけの強度を持っていないような気がしていたのだった。

     けれど。

     類は、眼下に広がる遠い空を見つめながら思う。
     あの時、司にキスをされた瞬間は、本当に幸せだった。
     やんわりと湧き上がってくる暖かな感情は、言葉にしてしまうとあまりにも陳腐で、くだらない。
     けれど自身が本来持っていた大切な何かを思い出させてくれるような、強烈で大切な感情だった。

     そう、それは類にとっての司のようなものであり、その世界の中で、かけがえのない物となってしまっているのだった。

    「類! これだけは渡させてくれ!」
    「……え?」

     薄暗闇の空から目を離して正面を見やると、目の前には目の冴えるほどの赤い世界が用意されていた。
     その鮮やかさに目がくらむ。
     よくよく観察してみると、なんとかその輪郭だけがぼんやりと浮かんでくる。
     目の前に示された物、それは、きれいにラッピングを施された、バラの花束だった。


       ◇◇◇


    「…………ああ、確かに。バレンタインは元々、バラの花を贈る日だったね」

     急に示された鮮やかな色合いに、思考の世界に入り込んでいた類の頭がリフレッシュする。
     バレンタイン。この場所でのそれはチョコレートを贈り合う日ではあるけれど、その発端は元々、他の国の別の風習から取られたものだった。
     男性から女性に。
     まぁ、元々のそれは恋人や結婚相手への贈り物であるはずだったのではあるが、こと司の勢いを考えてもみるに、そこまでは考えてはいなそうである。

    「類、受け取ってくれるか?」
    「ふふ、随分たくさん買ってきたねぇ。ここまで持ってくるのに、目立ってしまわなかったかい?」
    「オレはスターだからな! いつも目立っているから大丈夫だ!」
    「確かにそうだねぇ」

     目の前の赤々と目立つバラ達の塊は、一本や二本のそれではなかった。一体、これだけのためにいくら費やしたのだろう。ざっと見積もって五十近くはあるだろうか。
     包んでいるラッピング袋からも、うっかり溢れんばかりの量である。
     片手では支えきれない程の大きさ。
     まるで、舞台道具のような大げさな花束に、うっかり気が抜けそうな気持ちになる。

    「司くんらしいね」
    「……そうか? 類なら、このくらいがいいかと思ったんだが」

     大げさな花束の横から、ひょっこりと見慣れた顔が覗いてくる。
     その表情は変わらず緊張していたけれど、なぜかこちらを覗き込んですぐ、ふわりとやわらかな顔に変化した。

    「類、」
    「なんだい?」

     今度は柔らかな声で呼ばれる。司は、一体今日一日に、類の名前を何度呼ぶのだろう。
     叫んで、静かに、そして今度は柔らかに。
     性格は意外にも丁寧なクセに、人を呼ぶときはなぜだかぶっきらぼうな彼の呼びかけだ。

    「……少し、急ぎすぎたな」
    「うん。……僕も、少し急ぎすぎていたみたいだね」

     二人の関係だけじゃない。彼らが属しているショーユニットについてもそうなのかもしれない。
     これまで生きてきて、類の中では初めてと言っていいほどに理想の世界に触れられている。
     だから、今まで以上に心地よく、その世界を守りたいと強く思っていたのだった。

     けれど、だからこそ生まれてきたほころびや、犠牲に対しても鈍感になっていた。
     触れられる世界、これまでの間に生まれた世界。
     いつの間にかそれを、育てていくということに全てを注ぎ込みすぎていた。

     柔らかく告げられた彼の声色に、類は組んでいた腕を少しずつほどいていた。
     手持ち無沙汰になった腕は、自然と目の前にある花束へと向かっていく。

    「「あ、」」

     二人の声が交わった。
     花束を受け取ろうとした類の手のひらが、それを持っていた司の手に触れた。
     一瞬、感じる彼の暖かさ。
     あの時の、幸福な気持ちがゆっくりと蘇ってくる。

    「……司くん、ふふ、『急ぎすぎ』じゃ、なかったのかい?」
    「いや、すまん。……だが、これは、嫌か?」
    「嫌……じゃ、ないよ。少し驚いたけどね」

     類は司から花束を受け取った。
     彼が促すのに合わせ、ゆっくりと自らにその贈り物を抱え込む。
     その花束を支えるのは左腕だけだった。大きすぎて、気をつけないとバランスを崩してしまいそうである。

     けれど、もう片方の右腕は使えない。
     なぜならば、一瞬、うっかり触れてしまった瞬間に、司に握られてしまったからなのだった。
     類はよくよく『向こう見ず』だと言われる事が多いのではあるが、彼が愛した青年もその性質は同じなのかもしれなかった。
     感情の揺れ動く場所、こと恋愛の中においては類よりも、彼の方がブレーキの効かない所があるのかもしれない。

     けれど、何だかそれでいいような気がしていた。
     そういうものなのかもしれない。類の考えている世界以上のものを、彼は持っている。
     それを、より知りたいと思ったのは、初めて彼を知ったときの類の感情なのだ。

    「司くん。はじめから、そんなふうにするつもりだったのかい?」
    「……い、いや、済まない。お前と二人でいると、暴走してしまうな」
    「ふふふ、それは怖いねぇ。『次』はどんな事があるのか、対策しておかないとね」

     左手に花束を、右手は司に繋がれている。
     どうやら彼は、このまま類を離すつもりはないようだ。
     いつも大げさで、どことなくぶっきらぼう。けれどどこまでも邁進し続ける彼には敵わない。
     これからは、彼と共に歩みながらも、自分たちの世界を生かし続けてゆかねばと考えはじめるのだ。

    「類、言ってもいいか?」
    「うん? 司くん。好きにしてくれていいよ」

    「……好きに!? あ、いや、その前に。……類。お前が好きだ。付き合ってくれないか?」
    「もちろんだよ。僕も司くんの事が好きだよ」

     サラサラと出てきた言葉はどこか、あらかじめ準備されていたセリフのようだった。
     けれど、類の感情はそのままにむき出しで、本当の気持ちであることには変わらない。

     そうか、ずっとそう伝えたかったのか。
     類は少しずつ暖かくなる自身の頬の温度を感じながらも、そんな事を思った。
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    フォ……

    TRAINING司の作るカリカリベーコン

    お題「嘘の夜風」
    15分トレーニング 20

    1372文字(所要時間約3分)
    妙に気だるい朝だった。目を開き、辺りを見渡すが照準が合わない。もぞもぞと動いてみるが、肩と腰が妙にぎくしゃくと軋んでいる。
     類は、元より低血圧である。だから起きがけの気分は大抵最悪なのではあるが、今日のそれはいつもの最悪ともまた違う、変な運動をした後のような気だるさがあるのだった。

    「類、起きたのか?」

     まだ起ききっていない頭の片隅を、くぐもった通る声が聞こえてくる。司の声。どこから声をかけてきているのか。それに、妙な雑音が彼の言葉に混じって聞こえ、よくよくその場所を判別できなくなった。

    「……起きてるよ、たぶんね」

     重い体を何とか起こしてみる。体に巻き付いているシーツがいつもと違う。自室にあるソファに投げ捨てられているシーツでも、家の中にあるベッドとも違う、少し手触りの良い物だ。それに、類は今、何も身につけていなかった。
     布団を通り抜け、ひやりとした風が入り込んでくる。少し回復してき思考が回り始めてからようやく、昨日、司の家に泊まったのだと思い出すのだった。

     司は、大学に入ってから一人暮らしを始めた。類はそんな彼の現状を甘んじて受け止めて、よくよく彼の家に泊まるよ 1422