ワンドロ お題:コーヒー「焔、何か飲むか?」
バーの1階、隅のカウンターに腰掛ける焔に声を掛ける。
「ん、あぁ、じゃあコーヒーで」
だろうなと思った。以前きみが飲んでいるのを見たから。
「お前がそういうこと言うなんて珍しいな」
「いいだろう、たまには。」
そういう気分のときだってある。以前寶に教わったように、ドリッパーにフィルターを広げて、挽いてあった豆を入れる。熱湯を少しずつ注ぐ。香りがふわっと2人きりの空間に広がった。
「砂糖は?」
「いらねえ」
「ミルクは?」
「うーん、いらねえ」
2人分のブラックコーヒーが入り、焔のすぐ隣ではなく、ひとつ席を開けた隣に座った。
澄んだ黒色のコーヒーは、覗き込む僕の顔さえ映す。特に会話もなく、ただコーヒーの匂いと2人がいるだけ。人間界に来てからというもの、紅茶を気に入っているため、コーヒーの香りはまだ慣れない。焔はよくコーヒーを飲んでいるが、この香りが好きなのだろうか。
焔がカップに口をつけ、一口飲んだところを見た。よかった。口に合わなかったわけではなさそうだ。
僕もカップに口をつける。苦い!舌の上に苦味が走り、少しピリリと痺れたような感覚。どうしてこんな苦いもの、平然と飲めるんだ焔は。
「おい、大丈夫か?うるう」
無意識に苦味に眉を顰めてしまっていたのか。焔に顔を覗き込まれる。なんだか悔しい。
「お前もブラックか……ったく飲めないなら無理にブラックで飲むことないのに」
「……ふん、こんな苦味ばかりで繊細さのかけらもない飲み物が好みだとは、火焔族は馬鹿舌か?」
「ああもう勝手に言ってろ」
突き放したような言い方をして、焔は冷蔵庫から徐に牛乳パックを取り出し、僕のカップへ注いだ。
「これなら繊細な水潤族様も飲めるだろうが」
澄んだ黒色が白と混ざって濁っていく。やっぱり悔しい。
きりりと鋭くて、けれど芳醇なブラックコーヒーの色と香りはどこか焔に似ていて、焔がそれを好むのは似合っている気がした。だから僕も飲んでみようかと興味が湧いた。目の前のカップの色は、黒色よりも白色が優勢だ。
「……悔しいな」
「あ?何がだよ」
「別に」
口を開けばつい嫌味を言ってしまうのは甘えなんだ、焔。きみがそれを見透かして、僕をゆるしてくれるのがたまらなく気持ち良い。
きっと僕はいつまでもブラックコーヒーを飲めるようにはならないだろうと思いながら、ミルク強めのコーヒーを飲み干した。