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    ジュリー稲

    @oryza_spontanea
    kmtぎゆさね小説only
    全年齢、日常系です

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    ジュリー稲

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    【再録】
    余生ぎゆさね。ぎゆのほんのり片思い。
    迫りくる最期の時を前に冨岡が想うのは、遺していく不死川のことだった……。

    旅立つ前に 眠気が強くなってきたのは体が衰えてきた証だと神崎に言われて、やはりそうかと冨岡は納得した。
     近頃はいろんなことが億劫になってきた。食事の量も減ったし、家でも将棋盤を前にぼんやりしていることが増えた。
     いよいよその時が近づいてきた。痣者として覚悟は出来ていたから今更狼狽えることはなかったが、一つ気がかりなのは不死川のことだった。
     不死川には体の変化を話していない。今でも週に何度か好物のおはぎを片手に、不死川の家を訪ねる生活を続けている。言う必要はないと思っている。いずれわかることだ。
     不死川は今まで多くのものを喪ってきた。最後に残ったのが自分の命であることに、複雑な思いを感じているだろう。
     だからと言って限られた命を無駄遣いするような男ではないが、一人で耐えるには余生と呼んでもいい日々は時々辛かった。
     もっと助けられた命があったのではないだろうか。他に助かるべき命があったのではないか。
     生き残りは余計なことを考える。この世でこの思いを共有できるのは冨岡にとって不死川ただ一人で、不死川にとってもおそらくはそうだろう。
     もっとも、口に出して話したことはない。話すことではない。不死川の心の内に入り込むには冨岡はまだ力不足で、恐らく心の奥底に仕舞い込んであるものに触れるには残り時間が足りない。
     それでも、最初は怒鳴り声だった相槌が徐々に穏やかさを帯びていき、突き返されていたおはぎを受け取ってくれるようになりと、小さな変化は訪れた。冨岡はそれだけでも嬉しかった。
     やがて宇髄の力添えもあって、共に過ごし、様々な場所へと出かけ、酒を酌み交わすようになって、不死川はいろいろな姿を見せてくれるようになっていった。穏やかに笑う不死川の顔を見たとき、冨岡は初めて実感としてすべて終わったのだと、もう自分がなすべきことはないのだと悟った気がした。
     不死川があんな顔で笑えるなら、もうこの世に本当に鬼はいない。不死川はもう自らの身を削るようにして戦う必要はない。
     冨岡は自分のことより、不死川のような心根の優しい人間がもう何かを憎まなくても生きていけるのだということに安堵した。
     他に寄り添う相手のいない生き残りは、いつしか自然と距離を詰めていった。
     何十回目になるかわからないおはぎの土産を受け取りながら、不死川が冨岡の好物を聞いてきたときは、驚いたものだった。
    「鮭大根が好きだ」
     食い気味に答えると不死川は頭を掻きながら、ぼやくようにつぶやいた。
    「鰤じゃなくて鮭かァ。作ったことねェな」
    「作ってくれるのか、不死川」
    「俺ばっかり好物貰ってんのは公平じゃねェからな」
     不死川らしい考え方だと思った。
     何かしら理由をつけてどちらかの家で酒を飲むとき、肴に鮭大根が必ず並ぶようになった。不死川の鮭大根は姉の蔦子が作ってくれたものとは違う味付けだったが、それはそれでまた新鮮な味わいで舌が喜んだ。
     不死川の優しさは与える優しさだった。冨岡も多くを貰った。そんな時間にいよいよ終止符が打たれてしまう。
     不死川が冨岡のことをどう思っているかは、知らない。聞いたこともなければ聞く気もなかった。どう思われているかはどうでもよかった。ただ、前と違って笑顔を見せてくれるようになった不死川を一人置いていかなければならないのは、どうにも忍びなかった。
     また喪わせてしまう。それが厭だった。
     不死川は弱くはないから、冨岡の寿命が尽きたことを受け止め受け入れ、静かに送り出してくれるだろう。だが優しいから、冨岡が死を迎えることに心を痛めるに違いない。
     冨岡は、出来ることなら自分が不死川を送る方になりたかった。不死川を一人遺して逝きたくなかった。最期くらい、不死川の役に立ってから死にたかった。
     だが人のささやかな望みなど、運命の前には無力だ。それは鬼殺隊時代から厭と言うほど知っている。
     今日は月が綺麗だからと、酒を片手に突然訪れた冨岡を、文句を言いながらも不死川は家に上げてくれた。湯呑みを二人分持ってくると、ちょっと待ってろォ、と簡単な肴を用意してくれる。
    「来るならもっと早くに鴉寄越せや。今からじゃ作れねェだろ、鮭大根」
    「いいんだ。月を眺めていたら不死川の顔が見たくなっただけだから」
     不死川は柔らかな髪を掻いて、気まぐれめいた冨岡の言葉に呆れ顔で肩をすくませる。
     無言のまま、しばらくお互い手酌で飲んだ。月はゆるゆると夜空を横切り、その位置を変える。月の光がやけに明るい。夜目が効く二人には、灯りの必要もないほどだ。
     あと何度、こんな穏やかな時を共有できるだろう。不死川の隣で時間を過ごせるだろう。そう考える冨岡の意識に、睡魔が滑り込んでくる。
    「眠そうな顔しやがって。飲み過ぎか? 大丈夫か冨岡ァ」
    「大丈夫だ」
     言いながら冨岡は、畳にごろりと横になる。片方しか残らなかった手から、空の湯呑みが取り上げられた。冨岡は目を閉じる。いつもより体が重い気がするのは、きっと酒が効いているからだろう。
    「不死川」
    「何だ」
     俺はもうすぐ逝く。先に逝ってすまない。寂しいと思わないでくれ。宇髄に不死川のことをよく頼んでおく。声に出せない思いがぐるぐると頭を巡る。口を開く代わりに目を開き、冨岡は闇に映える不死川の姿を見つめた。
     最期の瞬間は、この姿を思い浮かべながら逝きたい。
     そう思いながら、脳裏に不死川の姿をしっかりと焼き付けた。 
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