俺の名前は冨岡義勇1 俺の名前は冨岡義勇。キメツ学園高等部で体育教師をしている。
恋人は同僚の数学教師・不死川実弥だ。俺の地道な努力によって先日ようやく気持ちを受け入れてもらえて、晴れて恋人同士となれた。
幸せ絶頂のはずの俺だが、実は誰にも言えない悩みを抱えている。不死川に知られたらどうしようかと日々悶々としているのだが、解決策は未だ見出せない。
その悩みというのは、冬のジャージ問題だ。
体育教師という職業柄、俺は一年中同じ青色のジャージを着用している。しかしこのジャージというやつ、案外と快適度の低い衣服なのだ。
夏は夏で通気性が悪く蒸す。しかし冬は冬で、妙に風を通すので冷える。これまでは冬はズボンの下にいわゆるあったかインナーを着込んで耐えていたのだが、これは男としてどうだろう。
不死川は、夏でも冬でも白いシャツの襟元を鎖骨も見えんばかりに開いている。シャツの上の、そのまたベストの上からでもわかる鍛えられた胸板は、夏の暑さも冬の寒さもなんのそのという感じだ。
そんな男らしい不死川に、あったかインナーを着ていることがバレたら嫌われるのではないだろうか。男らしくないと幻滅されてしまうのではないだろうか。
不死川は格好いい男だ。その上根が優しく、顔は可愛らしい。一部の生徒たちはスパルタな不死川を恐れているようだが、それさえも生徒への愛情の現れだと認識している。
俺とて男だ。不死川に格好いいと思われたい。しかしジャージの下にあったかインナー愛用の男は、格好良くはないだろう。
俺も努力しようとはした。あったかインナーとの決別を決意したが、早朝からの校門での生徒指導の最中寒風にさらされ続ける苦痛を考えると、どうしても毎朝あったかインナーに手が伸びてしまう。
情けない。錆兎なら真冬の素足ジャージにも耐えられるだろうに、俺は未熟だ……。
もしあったかインナーを着た状態で不死川といいムードになったら。俺が恐れているのはそれだった。
不死川と着衣を脱がし合ったり、一緒に風呂に入ろうとしたときに、ジャージの下から現れるあったかインナー。それはムードをぶち壊すに十分だろう。不死川は優しいから笑ったりはしないだろうが、憐れみのまなざしで微笑まれたりした日には俺は立ち直る自信がない。
考えはぐるぐると回り、俺は結局今日もあったかインナーを着込んで校門に立っている。風紀委員の我妻は、まだ髪が金色のままだ。しかし我妻は若いから、あったかインナーなどとは無縁だろう。そう思うと、いつもの指導の一発に余計な力が入ってしまった。それでも元気にわめいている。寒いと言いながら元気一杯だ。憎らしいのでもう一発殴った。
笛をくわえて竹刀片手に登校してくる生徒を眺める。この寒いのに嘴平は半裸だし、炭治郎は今日もピアスをぶらさげている。炭治郎と我妻と嘴平は、どれだけ指導しても態度を改めようとしない。教師としては頭の痛いところだが、その筋の通った態度には人として感嘆を覚えざるを得ない。
もし俺にあれほどの強固な意志があれば。あったかインナーとの決別も、容易に果たせるものを……。
予鈴が鳴り、生徒たちは急いで教室へと駆けて行く。その背中を見送っている俺の視界に、思いもかけない人物が現れた。
不死川。
今頃は一限目の授業の準備で忙しいはずだ。俺は急いで校門を閉めると、ゆっくり近づいてくる不死川に駆け寄って行った。
「朝っぱらからご苦労さん」
不死川はそう言うと、柔らかく微笑んだ。ほんの数ヶ月前までからは想像できない対応だ。これが恋人の特権かと、俺は目眩を覚える。
「仕事だからな」
「相変わらず素っ気ねェ奴だな」
以前は怒鳴り声で言われた台詞を、優しい声色で聞く喜び。俺は不死川を見つめる。言葉足らずな俺だが、今や恋人同士の俺たちにはまなざしという別の伝達手段がある。
「それにしてもやっぱ寒ィな、外は」
不死川が肩をすくませた。シャツ一枚では寒いだろう。ジャージを貸してやるか……下はTシャツ一枚なのだが。
「おい不死川、これを……」
「毎朝こんなとこいて、風邪引くんじゃねェぞ」
言いながら不死川は、片手に下げていた袋を胸元に押しつけてきた。何だ。思わず受け取ると、不死川はくるりと踵を返して立ち去ってしまった。俺は遠ざかる背中を見ながら、少々呆気にとられた思いで渡された袋を抱きしめる。
これは一体。もしや、プレゼントだと思っていいもの……なのだろうか?
俺は袋の隙間から中を覗いてみた。そして、驚きに動きを止めた。そこに入っていたのは、見慣れたパッケージ。愛用のあったかインナーだったからだ。
「不死川……」
もしや俺があったかインナー愛用者だと知っていた?いや、不死川のことだ、毎朝寒い中立ち番をする俺を気づかって用意してくれたのかもしれない。
不死川には幼い弟妹が多い。この時期は風邪を引かないように、腹巻きだ毛糸の靴下だのを履かせていると聞いたことがある。
それを俺のためにも。
俺は袋を抱きしめ直して空を仰いだ。そうだ、不死川はあったかインナーくらいで人を嫌いになるような小さな男ではない。むしろあったかインナーを送ってくれるくらい、心が広く優しい男なのだ。
俺は何をくよくよ悩んでいたのだろう。不死川に対する理解がまだ足りない。恋人として、もっと不死川を理解できるようにならなければ。恋人として恥ずかしくないように。
あったかインナー卒業はなしだ。不死川の思いに応えるためにも。
そう決意を固める俺の上には、冬特有の澄んだ青空が広がっていた。