who are you　弾むような丸い声、いたいけな手のひら、星を集めたような瞳、軽い足音。
フォトンに縁取られたその形を知っているのに、私には君の顔が見えない。
ただ、記憶の奥底で君は楽しげに笑っていた。

＊

　オレイは自室で目を覚ました。身体を起こすと、原因不明の頭痛が脳を突き刺す。
『夢』を見ていたらしい。
記憶には残っていないが、何かの夢を見たあとには必ずこの頭痛がオレイの中に残っている。否、頭痛だけではない。身体のどこにもない傷が痛むのだ。その理由は不明だが、いつかユフィールにそのことを相談した折りには、こんなやり取りがあった。
『幻肢痛、と呼ばれるものではないでしょうか』
『幻肢痛？』
『はい。本来、身体の一部を失くしたヴィータに起こる現象で、ない筈の部位が痛むというものです。精神的なショックが大きいため、痛みが記憶として残り続けていることや、脳の中ではまだ身体が繋がっていると錯覚したりするんです。確か、オレイさんは昔大ケガをされたと聞きました。もしかしたら、それが原因かも知れません』
『ふむ、知らぬ間にトラウマになっていた、という事か……治療法はあるのかな？』
『難しいと思います。幻肢痛を患う理由の殆んどは、過去の記憶から苦しみを思い出している、忘れ難い記憶がある、或いは、過去に向き合えていない、というものです。なぜそんな幻肢痛が起こるのか、原因がわからない以上はなんとも……それに、無理に向き合って今よりも苦しむ可能性もあります。あまり無理に踏み込まないでくださいね』
『そうか、大変興味深い見解だったよ。ありがとう』
　それから、幻肢痛についてオレイ自身で何度か文献や専門家の言葉をあたった。鍵となるのは過去の出来事やトラウマで、それらは彼にとって悩ましいものだった。
何せ、痛みと繋がる過去がオレイには抜け落ちている。全てがまっさらで、過去現在未来に至ってオレイに残っているのは己の「個」そして、探し求めている「お宝」への欲求、それくらいのものだ。
それなのに、抜け落ちた過去の穴ぐらから何かが這い出てこようとしている。
夢に見るのは、その『何か』、否、『誰か』だ。
オレイの側にいた誰かの輪郭を夢に見ている。
かつてぼやけて形すらも曖昧だった誰かは、いつの間にか見知った『誰か』になろうとしている。
脳は、フォトンはこれを憶えているのか、それすらも曖昧なのに、夢を見た後は頭が、身体が割れるように痛む。
けれども一番に痛むのは、この胸だった。
なぜこんなにも苦しいのに、夢から覚めた後に訳もなく、寂しさが込み上げるのだろう。いつの頃からか自分の中に残る痛みが、あの夢の中に取り残した『誰か』を手繰る糸になっていた。
夢を見たことすら忘れかけている、それがオレイには苦しい。
オレイをオレイ足らしめているものは何一つ欠けていない、そう思っていたはずなのに、完璧な真円だと思っていたそれには穴があった。大きくはない、けれども大切な何かがそこにあったように思う。だが、それがどんな形をしていたか、それはどんな温もりだったのか、わからない。
（なぜ、こんなにも苦しいのだろうね）
手を伸ばし、空を掻く指先を見詰め、それが歪むのをオレイは見た。やがて頬を伝う温かな感触が、心の虚に落ちていく。
忘れた何かを、取り戻したい。ただ、それだけなのに、叶え方のわからぬ願いはなんと空しいのだろう。
（君は誰なんだ？）
脳の奥底に、微かに見える記憶を手繰り寄せ、オレイは問う。答えはなかった。

＊

　逆光に遮られるように、輪郭だけを残す君を、いつ忘れてしまったのか、それとも、思い出していないのか、まだわからない。
それでも影は次第に薄れていく、君はいつの日か私の記憶に還ってくる、そんな確信がある。