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    わたがし大動脈ラメラメ

    @mgd_htrgt

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    POIPOI 43

    連作短編になる予定の一話をガミさん転生日記念として書き上げました!!
    祖メギドとバラムの話全員分書きたいな~!

    4:鎖はついに放たれた ヴィータは皆等しく何かに縛られることを選ぶ、家庭や法、社会にコミューン、金、そして女。
    その気になればそこから出ていけるはずなのに出ていった先で新たな環境を得て、また自分を繋ぎ止める鎖に自ら首をはめる。
    その鎖は自由を奪い去る忌むべきものだというのに、生殺与奪や略奪の自由だけではない、自らの生死さえも他人を考慮せねばならないものになる。煩わしいことこの上ない。
    そして、そんなものに縛られている自分自身も煩わしい。ガミジンは背負った荷物の重さにため息を漏らして薄暗い裏通りへと姿を消した。
     湿っぽくてカビ臭い空気が満ちたこの通りはヴィータ社会の底辺を表しているように感じられて、一歩踏み込むだけで吐き気が込み上げてきた。雨が降らない夜でもこの通りは誰かの体液や酒で濡れている。顔を背けたくなるような悪臭に包まれながら、ガミジンはすがり付いてきた年寄りを振りほどいて進む。
    マントのフードを目深に被り顔を隠しながら歩いていると足元から視線を感じたが、彼はそれを無視して歩き続けた。立ち止まれば酷い目に遭うことはわかっていた。
     鬱屈として淀んだ空気を纏っていると、自分もまたヴァイガルドの底辺だと思い知らされて屈辱だった。だが、腑抜けた表通りにいるよりも遥かにましだと言い聞かせた。そんな風に思っていなければ尊厳を守れない自分はもっと惨めで、『負け犬』らしいと理解していた。
    生きているだけで、彼は自分が自分である誇りを損なっていた。
    いっそメギドであった頃を忘れられたならどれ程幸せだっただろう。こう考えるのも何度目か、気が弱くなっている自分を自覚して彼は舌打ちをした。
    苛つく。ヴァイガルドも、のんきなヴィータも、ままならないこの体も、考えても仕方がないことを考える頭も、下らないことでまた暴れたくなる自分自身の闘争本能も、全てが彼を苛立たせた。
    (早く依頼の報告に行かねぇと……また寝床がなくなる)
     余計な感傷にふける余裕は彼にない。懐が寒い者にとって時間は貴重な財産なのだ。
     薄暗いランプが吊り下げられたドアを押し開け、彼はその中に足を踏み入れた。
    そこは酒場だった。表通りにあるものとは違い、客同士の殴り合いや賭けがそこかしこで催されていて姦しい。床には真新しい吐瀉物や血液がへばりついているせいで二歩進めば爪先が汚れる。
    負け犬の掃き溜めと呼ぶには相応しい堕落ぶりだ。
    ガミジンはなるべく息を殺してカウンターへと向かい、店主の目の前に陣取るように席に座った。店主は彼を見付けると無愛想に「おかえり」と声をかけた。
    「首尾はどうだったね?」
    店主の質問に対して彼は二つの腕輪を差し出した。
    「例のゴロツキから預かった。もう暴れねぇってシルシだとさ、それとこいつも寄越してきた」
    もののついでのようにカウンターに乗せたのは彼らが盗んだのであろう首飾りだ。高価なものだと一目でわかる豪奢なものだった。
    「おや、案外手際がいいじゃないか。お前さんここらじゃ見掛けない顔だが、中々いい腕だね」
    「そりゃどうも、報酬は?」
    「それなんだがね、依頼主が直接あんたに会って渡したいとか言い出して……そっちの部屋で待ってるよ」
    ガミジンは顔をしかめた。
    「おい、んなことは聞いてねぇぞ。依頼達成の成果を渡したら即座に金が貰えるって話だったろうが。そういう条件だからこの仕事を受けたんだぜ」
    店主は彼の言葉に対して申し訳なさそうに眉をひそめた。
    「お前さんに依頼を勧めた身として申し訳ないんだが、向こうがそう言うんじゃ断れないのさ。悪いがそっちで話をつけてきておくれ。依頼主……ウルグス様がお待ちだ」
    「……わかったよ」
    悪態をつき、彼はカウンターの上に置いた成果物を手に店主が示した部屋へ向かった。そこは滅多に使われない個室で、身分を隠してここへ来る訳ありの要人などが通されると噂されている部屋だった。
    (簡単で割りのいい仕事だとは思ったが、妙な奴が絡んでやがったか……)
     苛立ちを抑え込みガミジンは扉をノックした。するとほどなく中から若い男の声が聞こえてきた。荒っぽい依頼内容とは縁遠い、妙に爽やかな声音だった。不信感を抱きつつ彼は扉を開けて部屋の中に入った。
    部屋には酒瓶が並んだ戸棚と古びたひとりがけのソファが二つ、その間に背の低いテーブルが一つ置かれていた。テーブルの上には火が灯されたロウソクが一つきりで、部屋全体は薄暗い洞窟のようだった。
    手狭だが扉も壁も作りがしっかりとしていて、ちょっとやそっとでは外に音が漏れそうもない。しかし、もうじき夏だというのに部屋を満たす空気は肌寒かった。そのためか、依頼主はマントを脱がずに座っている。
    「よぉ、オマエが依頼を受けてくれた傭兵か?ガミジンだっけ」
    弾むような声音で気安く話し掛けてきた依頼主はガミジンと同じように目深にフードを被っていて、その下から覗く容貌はまだ青年のようだった。
    「……アンタが依頼主のウルグスか」
    「ああ……ところで、フード外してくれるとありがたいんだが」
    「汚れ仕事を請ける傭兵のツラなんか見て面白いか」
    「そんな卑屈なこと言うなって。個人的な興味だよ、どんな奴がこの依頼を受けてくれたのか知りたかったんだ。なんなら先にフードを取るよ」
     そう言うとウルグスはフードを取り払う。改めて晒された彼の素顔はやはり血生臭い気配とは程遠い若々しい青年の顔だった。しかし、ウルグスがまとうマントに染み付いている他人の物であろう血の痕は彼が暗い世界の住人であることをはっきりと証明していた。
    「ほら、俺は顔を見せたぜ。そっちもフードを取ってくれ」
     ガミジンは少しの間ためらって、諦めたようにフードを取り払った。ウルグスは彼の顔を驚いたように見詰めた。
    この反応がわかっていたからこそガミジンは顔を隠していたのだ。
    フードの下から現れたガミジンの顔は、誰の目にも明らかな少年の面立ちをしていた。薄く日に焼けた肌は煤汚れと擦り傷が浮いていて、マントからのびる手足は大人の男のそれと比べればまだ未発達で細い。特筆すべきはその目だ。切れ長の薄紅の瞳はこの世のすべてに絶望しているように暗く光がない、その年頃の少年のそれとは思えないような深い憎悪を宿していた。
    「……驚いたな。オマエ、いくつだ?」
    「たぶん今年で14だ」
    「若いとは聞いてたが……まだそんな歳か。立ちっぱなしにして悪いな、まあ座ってくれよ」
    ソファを勧められたがガミジンは動かない。
    「どうした?」
    「……若いって聞いて俺に会おうとしたのか」
    「そうだけど」
    「……『ソッチ』の仕事は請けねぇって決めてる」
    「なんかおぞましい勘違いしてんだろ」
    「違うのか」
    「違う!……話が進まねえからまず座れよ……『ソッチ』の趣味とか悪い冗談だろ。
    ……いや、そうか。オマエの歳ならあり得ない話じゃねぇのか」
    「そういうことだ。悪いが警戒させて貰う」
    ガミジンはソファに腰掛けながら獲物を手にしてウルグスに向き直った。ウルグスはさして気に留める様子もなく「その方が安心するならそれでいい」と言って話を始めた。
    「まずは報酬を……って考えてたんだが、渡したらすぐ逃げそうだな、オマエ」
    「そりゃテメェの対応次第だ」
    「あっそ。じゃ先に渡すけど逃げんなよ」
    ウルグスはそう言うとテーブルに袋を置く。ガミジンはテーブルに近付き袋を掴み上げるとまたすぐに距離を置いて中身を改める。中にはエルプシャフト金貨がみっちりと詰まっていた。
    「……おい、事前に聞いてた額より随分多いぜ」
    「上乗せしたからな」
    悪気なくそう言い放つウルグスを睨み、ガミジンは怒りを露にした。
    「ウルグスさんよ、俺はテメェが望んだ仕事に相応な金を出せって言ってるんだぜ。同情の施しはいらねぇんだよ」
    「はあ?何が不満なんだよ。オマエ、自分の仕事に誇りとか持っちゃうタイプ?」
    「違う!!」
    怒りと嫌悪、そして激しい羞恥を顔に浮かべてガミジンは叫ぶように告げる。
    「……こんな仕事も、こんな生き方も、俺は望んでなんかいない、誇りなんかも持ってねぇ。ただ、負け犬だと思われて同情されるのだけは我慢ならない!ただ、それだけだ」
    「……まだ年若いってのに、随分と自分を安く見積もってるんだな。そんなに卑下することないだろ」
    「……テメェに何がわかる」
    ガミジンはそう言い放ったのち、自分の立場を思い知らされて俯いた。
    依頼主に食って掛かる傭兵などいていいわけがない、ましてや相手は素性不明で出所不明の大金を持っている人物だ。怒らせてどうなるかなど想像もつかない。
    (勢いに任せて……俺はバカか)
    最悪、ここで全てが終わるかもしれない。そんな考えが頭を過ったが、それはそれで最善かもしれないと思った。どうせ終わりを見誤って生き延びてしまった身の上だ。ここで終わらせた方が楽かもしれない。だが、ウルグスはその場から動くことなく黙ってガミジンを見ていた。先ほどまで浮かべていた笑みを引っ込め、何かを見定めるように目の前にいる少年傭兵を見ていた。
     ロウソクが親指一本ほど溶けるほどの長い沈黙が降り、ウルグスが動く気配がした。
    ガミジンが反射的に武器に手を伸ばすと、ウルグスはテーブルの向こうから彼を見据え、静かに口を開いた。
    「……今の状況から変わりたいか?」
    「……何だって」
    「オマエが望むなら、俺が助けてやる」
    ロウソクの明かりの下、ガミジンは初めて『自分』を見詰めている相手に出合ったように錯覚した。ウルグスは他のヴィータたちとは違った。
    「テメェ、何者だ」
    「メギドだ」
    「……何をしようとしてる?」
    「追放メギドを集める。そしてヴィータから離れた社会を作るつもりだ」
    ウルグスは爽やかに笑って、手を伸ばした。
    「俺と来い、ガミジン。調停者はオマエを歓迎するぜ」



     それから月日が流れた。
    結局あの日、ガミジンはウルグスの手を取らなかった。
    彼なりにプライドがあったから断ったと言うことにしたが、理由はもっと単純に誰かに頼りきってまで生きていたくなかったということに尽きた。
    死に場所を探すならば一人で良い。
    そう考えながら流されていくように生き延びて、その人生の途中で何物にも代えがたい出会いを果たした。
    そのせいでもう少し生きてみようともがいたら、今度は仲間ができた。
    まるで思い通りにならない人生はガミジンに窮屈でとても豊かだった。
    生き延びたことに絶望した日から遠ざかる度に、捨て去るには惜しいと思えるものが少しずつ増えていく。死ねない理由ばかりが、死にたい想いを追い越していた。
     いつかウルグスが救おうとした自分は、ここまで生き延びたと言ってやりたかったが、あの頃青年だったウルグスはきっととうに年寄りになっているだろう。
    もう会うことはない同胞を思い出し、ガミジンは少し懐かしい気分に浸った。
     ガミジンの先を歩くゼパルがホールへと飛び込んだ。
    「たっだいまー!あれ?知らない人いるじゃん!誰それ?」
    「オマエ失礼だなー!誰それってことはないだろ。ほら、この顔に覚えはねぇの?」
    「え~、誰だっけ……」
    「嘘だろ……どいつもこいつもこんな感じかよ」
    そのどこか懐かしい軽薄な声にガミジンは目を見開き、不意にその名を呼んだ。
    「……ウルグス?」
    調停者はその声に振り返ると、あの日と変わらぬ笑顔を見せた。
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