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    わたがし大動脈ラメラメ

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    POIPOI 43

    2022年版ガミイル観で書いた短文

    糸が切れるその日まで。 夏の気配がすぐそこに感じられる暑い昼下がり、ガミジンはいつものようにイルセの元を訪れた。
    「また来てくれたんですね」
    そう言って笑う彼女を、もう何度見ただろう。前は彼女が嬉しそうに笑う理由がわからず、無愛想に応えていた。今でも理由はわからないが、頑なさを忘れ、すっかり顔馴染みとして対応している。
    絆されたとでも言えばよいのか、軟化したと表現すれば良いのかはわからないが、彼女が纏う空気が嫌ではないと思い始めてからは、遠慮なく笑うようになった。
    「今日は晴れてますね。お洗濯ものがよく乾きそう」
    「そりゃよかったな」
    「ガミジンさんは、お天気は嫌ですか」
    「晴れは良いが、日差しがな。暑いのがダメなんだよ」
    「あんまり暑いと辛いですよね。私も、暑いのは苦手です」
    「……へえ、そうか」
    何でもない会話は、すぐに途切れ、ふとした折りにまた繋がりを繰り返す。交わす言葉も沈黙も苦ではない。
    口が上手い方ではないガミジンは、時折意図しない切っ掛けで争いに巻き込まれることがあった。だが、イルセは気のない返事にも、心のこもっていない言葉にも折れず、ガミジンが話したくないと思った時に口を閉ざして針仕事を始める。それが心地好かった。
     ガミジンが外を見詰めていると、不意に背中からイルセの声がかかる。
    「……よく、ここに遊びに来てくれますけど、退屈じゃないですか?」
    「なんだよ、藪から棒に」
    「いえ、ただ、純粋に気になっちゃって。ほら、私ってお金もあんまり持ってないからおもてなしといってもお茶くらいしか出せないし、お話も上手くないでしょう。それなのに、よく足を運んでくれるのは何でなのかなって思って」
    そう問われて、ガミジンは回答に窮する。いく場所もないから、という答えは正直すぎるしろくでもない輩のように思われる。では、それ以外でここに入り浸っている理由を問われると、言葉にするのは少し、難しい。
    初めてここを訪れた理由は憶えている。礼をさせて欲しいから、ここに来てくれと言われ、その翌日にここへ来た。イルセは招いた側だというのに、喜んでガミジンに茶を出して、そして礼の言葉と共に「また来てください」と言って、ずっとガミジンの背中に向かって手を振っていた。帰る道すがら、何度か肩越しに振り返って、扉の前に立って手を振る彼女を見たことを憶えている。「また来て」なんて、リップサービスに決まっているのに、ガミジンはそれを真に受けて三日後にまた彼女の元へとやって来た。それから、何度も日々を重ねて、今日に至る。
    何度来ても、イルセは嫌な顔一つせず、ガミジンをもてなして、そして別れ際にはいつも「またここへ来てください」と言ってくれる。ただ、それだけのことがガミジンには心地好かった。居ても良いと言われた事が、嬉しそうな笑顔に迎えられることが、長い間なかった。
    けれども、その本心を語る言葉を彼は持たない。言えるはずもなかった。まるで、彼女に甘えて寄り掛かるようで、気恥ずかしかった。だから、こう答えた。
    「……茶が旨いからな」
    「そうですか……良かった」
    小さな咳が聞こえ、再び沈黙が降りる。
    狭い窓枠の中を雲が一つ渡り切る頃、マフラーを引かれる感触を覚え、後ろを向いた。イルセが彼のマフラーを手に取り、それをしげしげと見つめていた。
    「おい、何してんだ」
    「あ、ごめんなさい、つい。ここ、穴が空いちゃってたのが気になって」
    そう言ってイルセが指す箇所には確かに穴があった。それだけではない、マフラーには端々に大小様々な穴が空き、見るからにボロボロになっていた。
    「もう何年も使ってるからな、擦りきれてやがる。換え時か?」
    「……良ければ、繕いましょうか?」
    「……良いのか?」
    「はい。大事に使っていたものに見えたので、直せばまた使えるかと思って」
    イルセは微笑んでそう言う。
    「じゃあ、頼む」
    「はい」
    日暮れまでの僅かな時間、イルセはマフラーを繕い、ガミジンはそれを眺めて過ごした。淡々とした穏やかな空気だけが流れ、白く強い日差しがゆっくりと橙色に染まっていく、その間の会話は殆んどなかったが、二人の表情は柔らかかった。
     日が落ち、ガミジンが彼女の家から出る頃、イルセは少し不満げに眉根を寄せてマフラーを渡した。
    「ごめんなさい、全部は繕えませんでした」
    「別にいい、むしろ短い時間でよくここまで直したもんだ」
    「……あの、また今度うちに来てくれたら、またマフラーを繕わせてくれませんか」
    「それはいいけどよ、テメェに得がねえじゃねえか」
    「一度手をつけた仕事はちゃんと終わらせたくて……それに、これから寒くなりますから、その前に繕いたいと思って」
    「そういうもんか」
    ガミジンはマフラーを巻く。先程よりも暖かい気がした。
    「じゃあ、また」
    そう言って出ていこうとするガミジンの袖を、イルセが引いた。
    「また、来てくださいね。待ってますから」
    「……ああ、またな」
    家の扉を隔てて内側と外側、距離が遠くなる一方で、いつものようにイルセはガミジンに向かって手を振り続けた。ふと、ガミジンは気紛れにイルセを振り返り手を振り返す。表情は見えないが、イルセはもう一方の手も上げて手を振る。
    「……何が楽しいんだよ」
    憎まれ口とは裏腹に、ガミジンは知らずに笑みを溢していた。



     道の向こうへと消えていく背中を見送り、イルセは一人で咳をした。まだ暑い季節だというのに、空咳が出る。彼の前では少しは楽になるのに、一人になるとこれが何度も出てくる。心細さが身体までも弱くさせているようで、イルセにはそれが煩わしかった。
    もう見えないガミジンの背中が消えた方角を見つめ、イルセは今日の問答を思い返した。
    「……茶が旨いなんて、ね」
    ありふれた安い茶を理由に来るはずなどない。ましてや、金も娯楽もないこんな場所へと年頃の男が足しげく通うなど、土台おかしな話なのだ。彼がここへ来る理由は聞けなかったが、それでも、イルセは嬉しかった。
    何もない自分と言葉を交わし、そして変わらずに会い続けてくれる相手がいる、それだけで嬉しかった。いや、違う。誰でもいいわけではない。もうずいぶん前から気付いていた。
    自分が、彼に惹かれ始めていることに。
     ここに彼が何度も来るようになった頃、金を無心するでもなく、何かを要求するでもなく、ただそこにいて時間を過ごす彼を、イルセは不思議に思った。暴漢に襲われそうになったイルセをたまたま救った時とはまるで違う、凪ぎのような空気を纏うこの男は、まるで別人のようだった。
    茶をすすり、外を眺め、皮肉っぽい言葉を返し、時折風の音に耳を澄ませる姿は穏和そのもので、荒々しさとは遠い、どこか寂しさすら感じる気配があった。それが何故なのかは未だにわからないでいるが、彼と過ごすうち、彼のそんな気配をイルセは好ましく思っていた。
    最初の頃の頑なな態度が失せると、彼の性根の真っ直ぐさが見えた。言葉の裏腹に見え隠れする本音には、誰かに寄りかかることをよしとしない真面目さや、他人を気遣う優しさがあった。だが、それを彼は指摘されたくはないようだった。
    なんて天邪鬼なのだろう。彼のそんなところを可愛らしいと思う頃には、彼に恋をしていた。
    毎日でも会いたいと思って、いっそ一緒に暮らしてもいいとも考えて、いつも、別れ際には「いつでも来て欲しい」と口に出しては、会えない寂しさとその日の会話を頭に巡らせて眠る。
    ガミジンは知らないのだろう。「また来る」という言葉にどれだけ彼女が浮かれているのか、時折に見せる笑顔にどれほど胸を締め付けられているのか、そして、彼と来なかった日をどれだけ切なく思っているのか。それを言うことはないし、言えるはずもない。
    代わりに毎日が幸せだと言う、ガミジンと会う時間が楽しいと言う、次に会える日が待ち遠しいと言う。それだけを伝えて、それでも何も変わらない。ただ、その言葉に目を細めたり笑ったりするその姿を見て、イルセは以前よりもずっと彼への想いを募らせていく、それを繰り返す日々が続いていた。
    そんな日々の中、不意に顔を見せたのは小さな願いだった。
    もし、自分が彼に向けているような目を彼も自分に向けてくれたなら、どんなに幸せだろう。そんなことを思った。
    きっと、今以上を望むのは贅沢なのだろう、それでも、願わずにはいられない。この人も私を好きでいてくれますようにと。
    あなたが好き、そう言えたら、きっと。
    でも、それは言えない。言ってしまったら、何かが変わる。そして、終わってしまう。今の幸せが、消えてしまう。それは、とても怖い。
    ぷっつりと糸が切れてしまうように、唐突に終わってしまうかもしれないこの時間の中、今ある幸福を手放すのは、彼女には恐ろしいことだった。
    彼と二度と会えなくなるかもしれないなら、彼が振り向いてくれなくたっていい、永遠に、自分だけが彼を見つめ続ける運命だっていい、だから、せめて最期まで彼とこうして過ごしていたい。イルセはそう願った。
    せめて、マフラーを繕い終える日までは、こうして。
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