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    わたがし大動脈ラメラメ

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    ガミさんとヴェルドレさんが踊る話

    誰が為のタンゴ 「……なんの祭りだこれ」
    夕刻、アジトのホールへ足を踏み入れた直後、ガミジンは顔をしかめた。そこには女メギドばかりが何人も集っており、その中心ではヴェルドレとマスティマが腕を組み、ぐるぐると円を描くように回っていた。
    「ヴェルドレ、少し……ペースが早くなっている気がするのだが、私の気のせいかな」
    「いいえ、あなたの気のせいじゃないわ、早くしてるのよ」
    「何故だ!?」
    「そういうものだからよ! ほら、もっと早く早く!!」
    「くっ……」
    困惑するマスティマとガミジンを置き去りに、ヴェルドレと周囲のメギドたちは歓声をあげた。
    「おい、なんの騒ぎだこれ」
    すぐ側でぼんやりと女メギドたちの騒ぎを見ていたハルファスに声をかける。
    「えっと……ヴェルドレさんが躍りを教えてくれてる、らしいよ」
    「躍り?」
    ガミジンは輪の中の二人をじっと見つめた。先ほどよりもペースが上がりかなり早く回っていることしかわからないが、よくよく観察していると何やら規則性のある動きをしている事がわかった。奇妙な騒ぎの理由はわかったが、もう一つ不思議な点がある。
    「なんで女子どもばっかりで野郎が居ねえんだ?」
    「……なんでだろう」
    「それは私が説明しよう」
    ガミジンの後ろから現れたウァレフォルが彼の問いを引き継いだ。
    「少し前に王都から要請があってソロモンと数名のメギドがそちらへ向かった。それとは別にベリトが自分の屋敷の整理を手伝えと呼び掛け、報酬目当てでいつもそこで飲んでいる連中が同行し、残った者をハックが『鍛練だ』と連れ出した。その結果、今アジトにいる男は倉庫番に残ったアロケルとポータルの番をしているロノウェとそこで演奏をしているバルバトス、そして貴様だけだ」
    「妙なタイミングに来ちまったな」
    「相変わらず騒がしいのは苦手か、変わらんな貴様は」
    「急に人が良くなるわけがねぇだろ、騒がしいのも馴れ合うのも俺は苦手だ」
    「まあ、ほどほどに皆と関わっているなら何も言わんさ」
    ガミジンは自分のボトルを手に取ると一言、「用があるなら部屋まで」と言ってホールを後にした。
    その背中をヴェルドレが眺めていたのを彼は知らない。



     部屋で武器の手入れをしつつ酒を傾けていたガミジンは、ふとホールが静かになったことに気付き、ボトルを手に部屋から出た。
    ホールは相変わらず騒がしいが、幼いメギドたちはおらず、皆それぞれの馴染みの面子で話に花を咲かせていた。どうやら、ヴェルドレの躍り教室は終わったらしい。暑そうに自分の顔を扇ぐバルバトスがそう教えてくれた。何があってそのような経緯になったのかも彼は語った。
    『珍しくヴェルドレがここに来たと思ったら「誰でもいいから私と踊って!ここにいる皆でも良いわ!」って言い出してさ、彼女と顔を合わせる機会が少ない女の子達が面白がってあんな騒ぎに発展したんだ』との事だ。
    (戦争好きならぬ躍り好きか。なんにせよ、騒がしいのがやんだのは助かる)
    いつもの騒がしさに戻ったのは良いが、女ばかりの空間にガミジンは落ち着かず、酒を片手に中庭へ移動した。ずっと室内にいると気が滅入るのだ。
    中庭に出ると満月が空に浮かんでいて、明かりを持たずとも充分に明るかった。ホールの喧騒を背に、ガミジンは一人そこに腰を下ろして酒を楽しみ始めた。草木が風に揺れる音だけが彼の耳に届いた。
    (……静かだ)
     ほどよく酒精が回り、身体がうっすらと熱くなってきた頃、ガミジンは背後から誰かが近寄ってくる気配に気付いた。
    「……誰だ」
    「あら、気付いちゃった」
    振り返ると、そこにはヴェルドレが立っていて、何やら楽しげに笑っていた。
    「こんばんは、ガミジン。一人?」
    「見ての通りだ」
    「酒盛り中なのね、良いわね、私もお酒は好きよ」
    「一人で飲むのが好きなんでな」
    「安心して、一緒に飲もうって誘いに来たんじゃないわ」
    そう言いつつ、彼女はガミジンから少し離れた場所に座った。近くなく、遠くもない距離にいるせいで追い返しにくい。
    「あなたは躍りに来なかったわね」
    「興味がなかったからな」
    「ふふ、最初は皆そうよ。ベリトに連れていかれるまではメフィストとインキュバスとも踊ってたのよ」
    「あいつらは騒がしいのが好きだからな、俺と違って」
    「今ここにいる皆とはたくさん踊ったわ、そのせいか皆疲れちゃったみたい。私はまだまだ躍り足らないのに」
    そう言ってヴェルドレはふくれる。夕方から夜まで踊っていたと言うのに、まだ飽きないのかとガミジンは呆れつつ言葉を返した。
    「それで俺になんの用だ」
    その言葉を待っていましたと言わんばかりにヴェルドレは詰め寄る。
    「あなたはまだ踊ってないわよね? 暇ならお相手してくれない?」
    「……そんなに踊りてえなら一人で踊れよ」
    すげなく返すも、ヴェルドレは折れない。妙にイキイキしている。
    「今日は誰かと踊りたい気分なの。ダンスは嫌い?」
    「音楽も躍りも知らねえ」
    「じゃあ覚えたらいいわ、いつか躍りに誘いたい人が現れた時にでも使えるんだから。それに、覚えれば楽しいのよ!」
    ほら立って、とヴェルドレに手を取られ、ガミジンは立ち上がらされた。
    「おい、話聞けよ」
    「ごめんなさい、でもどうしても男の人と躍り足らないの。お願い、ちょっとだけ付き合って」
    彼女の熱意に押し負け、ガミジンは大きな溜め息をついて「少しだからな」と応えた。
    ヴェルドレは楽しそうにガミジンの手を取って所定の位置につけ、簡単に説明をした。
    「簡単よ、こうして手をとって……あ、もう片方の手は背中、ほらもっと近くに寄せて」
    「……えらく近付くんだな」
    「あら、美女に対してそんなに嫌そうな顔をするの?」
    「生憎俺の好みじゃねえんでな」
    「あはは、正直な人ね!良いわ、面白かったし聞かなかったことにしてあげる」
    躍るポーズが完成し、ヴェルドレはガミジンに微笑んで告げる。
    「この躍りは基本全部即興よ、だから私が好きに踊るのにあなたがついてきて。私が離れて行こうとしたら引き戻して、これができれば大丈夫だから。本当は男の人がリードするんだけれど……今日は特別ね」
    「……足踏んでも文句言うなよ」
    「踏み返すから大丈夫よ」
    「いや踏むなよ」
    そんな軽口を叩き、ヴェルドレは踊り出す。右へ左へ、軽やかに足を動かし、時折身体を仰け反らせてくるくると回る。激しく情熱的な躍りだ。
    ガミジンはその突拍子もない動きに困惑しつつもなんとかついていき、彼女が離れていく度に引き寄せてを繰り返した。
    「初めてにしては上出来よ、どこかで覚えた?」
    「……酒場の連中がよくこんな躍りをしてたのを思い出した」
    「……そう」
    ヴェルドレは、どこか懐かしいものを見たような表情を浮かべながらステップを踏む。
    ガミジンはヴェルドレと躍りながら、不意にイルセの事を思った。
    (躍りに誘いたい人……バカ言え、そんなのアイツが喜ぶわけねぇだろ。俺が躍りなんか誘っても……)
    「……ジン……ガミジン!」
    ヴェルドレに呼ばれ、ガミジンは意識を取り戻した。
    「……悪い、なんだって?」
    聞き返す彼に対してヴェルドレは微笑み、そして問う。
    「今、誰かの事を考えて踊ってたわね」
    驚いて止まりそうになったガミジンをリードし、ヴェルドレは躍りを続け、彼に語った。
    「この躍りはね、戦地や出稼ぎで家族や恋人を置いてきた男たちが酒場で男同士や踊り子を相手に踊ったものなの。……大切な相手のことを思い出しながらね」
    「……大切な相手」
    「ええ、遠く離れて触れられない人、あるいは二度と会えない大切な人を想い、目の前の相手ではない大切な誰かと魂で踊るための躍り……あなたにも、一緒に踊りたい人がいるんじゃない?」
    「……さあな。テメェはどうなんだ、『男』と踊りたいって理由はこれか」
    「そうよ、私も二度と会えない人と踊るためにこうして踊ってるの。だから、あなたを付き合わせちゃった」
    「別に、今さら謝ることはねぇだろ」
    「……ありがと、優しいのね」
    そう言ってヴェルドレは躍りを止め、ガミジンからすぐに離れた。
    「楽しかったわ、付き合ってくれて本当にありがとう」
    ヴェルドレはガミジンに背を向け、立ち去ろうとして足を止めて彼を振り返って告げる。
    「……本当に踊りたい人がいるなら、目の前にいなくても踊れば良いわ。その人に相応しい躍りを。……おやすみなさい」
    彼女はウインクをして立ち去り、ガミジンは中庭に一人になった。少し遅れて彼も中庭を出て部屋に戻ると、彼は横になる前にベッドの前に立ち月明かりの下で一人の女性を思い浮かべた。
    (……確か、頭はこの辺りで、腰はこの辺だった……手は、ここか)
    いつだったか、若い男女が笑い合いながら手を取り合い、男が女の腰に手を回して踊った形を真似る。まるでそこに誰かがいるように。
    ガミジンはステップを踏むことなく、そこに作り出した想像上の彼女を思いながら、ただそこに佇み、そして手を離した。
    「……躍り方なんて、知らねえよ」
    彼は空想した。デタラメで、まるで形もなっていない躍りを踊る自分と彼女を。きっと、何もかもがぐだぐたになっていて、そして、それはきっと、とても──楽しいのだろう。
    ガミジンは、小さく笑って目を伏せた。
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