商人と負け犬のエピローグ バフォメットからの依頼を受け、ガミジンはメルコムの護衛としてリョーカ村に向かっていた。彼がダラに「仕事」を頼んでから実に1ヶ月ぶりのことだ。
ガミジンはメルコムが操る馬車に乗り込み、彼女と仕事の内容について打ち合わせをしていた。基本的にやることは万が一馬車が襲われた際の護衛、幻獣が現れた時の囮役などだ。だが、ガミジンには腑に落ちないことがあった。
「……護衛は良いけどな、よく考えりゃテメェは純正じゃねぇか。俺の護衛なんぞいらねぇだろ」
「せやね、ウチかてソロモンの支援がのうなってもそれなりにはやれる。せやけど、ウチの見た目はどうや?ヴィータの女としては相当非力に見えるやろ。そんなナリで暴漢吹っ飛ばしてるとこヴィータに見られてみぃ、商人から傭兵に転職になりまっせ」
「……そりゃそうなるか」
「せやさかいガミジンはんがヴィータの前ではウチの代わりに戦ってくれたらええねん。バフォメットはんもそれを考慮しての人選やろうね、リョーカ村とウチらはええ関係築かせてもろてるけど、まだまだ怖がられとるから、物騒なんはあんたにお任せっちゅうわけや。ええね?」
「報酬も貰ってるし、文句はねぇよ」
「せやったらスピード上げてくでー!リョーカ村まであと一息や!」
馬車の荷台で風に吹かれながら、ガミジンはリョーカ村のダラとフランのことを考えた。
(あいつら、上手くやってるかな……)
正直にフランに向き合ったダラなら、きっと大丈夫だと思っているが、あの手の天の邪鬼は中々治らない。ゆっくりと時間をかけて素直になるしかないのだ。
ほどなくしてガミジンとメルコムはリョーカ村に辿り着いた。二人は村長の家へ挨拶に向かった。
「どうもー、村長はん。仕事ぶりはどないです?」
「おお、来たか。待ってたよ、そこに座ってくれ。今から新作を持ってくるからな。前に預けた分はどうだった?」
「いや~もう、大人気ですわ!あっちゅう間に売り切れてしもて、お客さん皆『この細工ものもっとないか?』ってウチの肩揺さぶりよるんです、もうまだ揺れてる気ぃするで」
「そりゃありがたいことだ。これもあんた方からの支援があったからだよ」
「イヒヒ、その分ウチも儲けさせてもろてますわ……ちょぉ、ガミジンはん」
不意にメルコムに呼ばれ、ガミジンはそちらを向く。
「商談中やから、村の中見物してきてや」
「ああ、そうさせてもらう」
ガミジンはメルコムと村長と別れ、村の中を歩き回ることにした。
リョーカ村には以前の淀んだ空気はなく、活気に溢れて、皆が前を向こうとしている熱が感じられる村になっていた。あの、胸が悪くなるような虚ろな目はどこにもない。ガミジンはそれを満足げに見詰めながら、ふと見慣れた子どもの姿を探した。家の中で作業をしているのかもしれない。
あてもなく村を歩き回っているガミジンの後ろから、軽い足音が一人分だけ聞こえてきた。彼はそちらを振り返り、足音の主であるフランが追い付くのを待った。
「こんにちは、ガミジンさん」
「よお、フラン。ひとつきぶりだな」
フランの右手の薬指には、ダラが彼女に贈った指環がはまっていた。
「似合ってるじゃねぇか、それ」
「えへへ……ありがとう。ほんとは左手に着けてたんだけど、お母さんがまだ早いわって言うから、右にしたの」
「まあ、早いといやそうか……それで、俺に用か?」
「うん、ダラがね……」
*
ダラは自分の作業台な上で、新たな作品を作っていた。周囲の大人たちが作るような、繊細で丁寧な仕事にはまだ及ばないが、ダラが作るものは彫刻が細やかで華があり、美しいと彼の師匠である村長から褒められたのだ。その個性を伸ばせば大成する、そう言われてから彼は目下銀細工のベースから細かな意匠作りの修行中だった。だが、まだ彼には自分の個性というものがよくわからず、技を研こうにも腕が覚えていかない。
「これじゃまだまだだ……、村長が褒めてくれたのは……確かこんなだった……」
うんうんと唸るダラは、ふとノックの音を聞いた。大人たちは仕事中だし、恐らくはフランだろうと思っていると、ノックの主が声をかけてくる。
「ダラ、今そっちに入っていい?」
「フラン、いいぜ。休憩中だから」
ダラがそう答えると、ドアが開いた。そこに立っていたのはフランとガミジンだった。
「よぉ、張り切ってるな」
「ガミジンさん!なんでここに?」
「メルコム……あの眼鏡の女の護衛で来たんだ」
「ふーん……フラン、なんで連れてきたんだ」
「ごめんね、ダラが悩んでるみたいだったから……」
「確かにちょっと行き詰まってるけど……でも金細工の素人を連れてきたって意味ないじゃんか」
「でも、ダラの最初のお客さんなんだから良いでしょ?」
「まあ……いいか。そっちに座んなよ二人とも」
「邪魔するぜ」
「お茶淹れてくるね」
フランがぱたぱたと台所へ向かうのを見送ったあと、ガミジンとダラは顔を見合わせて話し始めた。
「聞いたぜ、村長に褒められたんだろ。良かったじゃねぇか」
「……うん」
「浮かねぇツラだな、どうした」
「褒められて、認めてもらえてすごく嬉しかったのに……なんか、ずっとそれみたいに上手くできないんだ。試作品だったけど、本当に良くできて、それより後に作った奴が全部ダメに見えるんだ」
「……それ、ここにあるか?見せてくれ」
ガミジンに言われ、ダラは棚にしまい込んだ幾つかの試作品を取り出した。取り分け大切に保管されている指輪は、例の傑作らしい。それ以外にもいくつか指輪や首飾り、耳飾りなど様々な作品がある。どれも細やかに銀を織り込まれていて、宝石を嵌め込んだアクセサリとは別種の美しさと繊細さがあった。
「全部テメェが作ったのか、すげぇじゃねぇか」
「すごくない……皆、俺よりずっと上手くて綺麗なものを作ってるんだ。俺なんて……全然だ」
ダラは悔しさを抑えきれないというように噛み締め、首を横に振る。ガミジンはその姿を見詰め、何かを言おうとして一度押し黙り、考え込んだ。
*
メルコムは目の前に並べられた新作のアクセサリを一つ一つあらため、感嘆の声を漏らす。
「はぁ~こら凄いわ!また腕が上がったんと違います?やっぱしウチらの目に間違えはなかった!!これからここの細工ものは王都で流行するで」
「ははは、そう言って頂けるとこちらとしても鼻が高い」
「おだてて言うてるわけやないで、村長はん。ウチらはあんたらの腕を買って言うてるんや。もう買わはったお客さんも、これから欲しいて言うてるお客さんも、皆あんたらの作品に惚れ込んどるんや。せやからああいう値がつく」
「いやしかし……宝石ならいざ知らず、金属を加工したものではいざというときにあまり値が付かないものだし、こんなに需要があるとは思わなかったよ」
「そやね、宝石やったら本当に困ったときそれを金に変えられる。決して揺らぐことのない希少価値を持つ数少ないもんや。けど、この細工ものに付いとる値は、そういう絶対的な価値から来るものとちゃう。これは民芸品言うもんの技術に対して払われる敬意の価値や、せやからこれをええもんやと思う人やないと買うてくれん。せやけど、実際問題あんたらのアクセサリは絶大な支持を得てる。これが現実や」
「そ、そうなのか……?あまりピンと来ないのだが」
「せやったらこれ見てや!ほら、このリスト!ぜ~んぶここの細工ものが欲しい言うてるお客さんの注文や!ウチの店に足を運んでくれるお客さんの中には、クラフターズスタンプによお行かはる目利きもおんねんけど、こんなに素晴らしい技術が埋もれてたなんて言うてはったで、それだけのもんなんよ、あんた方が作ったんわ」
幾重にも折り重なった紙の束を受け取り、村長は目を熱くする。紙をめくる手が震え、次第に声が潤む。
「……俺たちの技は、こんなに評価されていたのか」
「せやで、でも、まだまだこんなもんやない。ウチらとあんたらでもっともっとええもんを世に出して、大きな大きな流行を生むんや。これから先、あんたらの子どもたちが受け継いでいけるようなもんをな」
泣き出してしまった村長を前に、メルコムは困惑しつつ笑って告げる。
「泣くにはまだ早いって~まだまだこっからやで!さあ、ここからはウチの提案や……よぉく耳の穴かっぽじって聞いてや!」
*
フランが茶を淹れ、二人の元へと戻ると、なにやら空気が重たくなっていた。彼女はその場で立ち止まり、彼らの会話に耳を澄ませた。
「……なぁダラ、周りがすげぇからってテメェはつまらないヤツになるのか?テメェの個性は無価値になるか?」
「……だって、皆が出来てるのと違うことが出来てたって、意味ないじゃないか」
「テメェはそう思うかも知れねぇが、俺は違う。テメェに頼んで首飾りを買った俺だから言うぜ、ダラ。今ここに並べられてるものは、このひとつきの間にテメェが努力して腕を研いて作ったもんなんだろ、俺には何が優れてて何が劣ってるのはわからねぇが、テメェが作ったアクセサリは良いもんだと思ったよ」
「なんにもわからねぇのに?」
「なんにもわからねぇからさ。素直に、あいつに似合う物を作って貰えたって思えた。そして、あの時以上に腕を研いて作ったもんを見て今気付いた。テメェは、少し前の傑作に囚われてる。それが自分の最高傑作だと思ってるんじゃねぇのか」
ガミジンの言葉に、ダラは揺れた。そして、堰を切ったように話し始める。
「だって……どう頑張ってもこれよりも綺麗でよく出来たものが作れないんだ!俺の個性が活きてる、お前はこの技を研けって言われたのに、全然出来てない、今のままじゃダメなんだ……もっともっと頑張らなきゃ、もっと良いものにしなきゃ……認めてもらえない」
「……ダラ、テメェはまだガキだ。この先長い時間をかけて自分の力に、『個性』に向き合っていくんだろう。その途中で、テメェが大きな壁だと思ったそいつを、ずっと追い続けて真似るだけじゃダメだ。努力して身に付けたもんを、みすみす過去の栄光に囚われて捨てちまうのはあんまりだろ」
ガミジンはうつ向くダラの側に立ち、彼の肩を叩いて、言うべき言葉を告げる。
「なぁ、ダラ。テメェの目標はあの傑作じゃなくて、死んだテメェの爺さんみてぇに良いもんを作れるようになることだろ……それで、何度もフランに指輪を作ってやるって約束したんだろ……こんなところで立ち止まるな」
「……ガミジンさん、俺、上手くできるかな……」
「さぁな、テメェ次第だ。でもな、俺はテメェの仕事を買ってるぜ。頑張ってくれよ、テメェの作品を持つフランや……イルセが誇れるくらいに」
ダラは涙を堪え、目元をぐしぐしと擦って椅子から降り、ガミジンの背中をグイグイと押す。
「今、凄くやる気になったから二人とも出てけ。これから一人で頑張りたいから」
「急だな……まあ、頑張れよ」
「ダラ、お茶置いていくね」
「ありがとな、フラン。じゃあ、暫く入ってくるなよ!」
そう言ってダラに締め出され、フランとガミジンは顔を見合わせる。
「……お茶、どうぞ」
「おう、悪ぃな……ダラは、あれで良かったのか」
「うん、ガミジンさんは最初のお客さんだし、ダラのことを信じてくれてるから、きっと励まされたよ。ガミジンさん、ありがとう」
「……ああ」
*
メルコムの商談と注文が続く間、ガミジンとフランはダラに放り出され、暫く待ち続けた。
やがて日没が近くなり、メルコムの商談がまとまる頃、ダラが部屋から出てきた。前回は三日こもりっきりだったのが、今度は半日になった。
「ガミジンさん!」
「ダラ、どうした」
「あのさ……」
ダラは、何かを後ろ手に隠し、もごもごと言葉を濁している。フランはその理由を知っているのか、何やら嬉しそうに笑って「がんばれ」と彼に耳打ちをしている。そして、決心を決めたのからダラはガミジンの手に何かをのせた。
「……ダラ、これ」
「前に、ガミジンさんに仕事を頼まれた時に作った試作品……その肩当てを見て思い付いてさ。あの首飾りと一緒に渡せばよかったのかもしれないけど、結構雑になっちゃったから、渡せなかった。さっき、手直しして少しはマシになったから、やるよ」
ガミジンの手に乗せられたのは、馬の意匠が施された銀細工の首飾りだ。全体的な装飾がイルセに贈ったものとよく似ていて、先ほど見た試作品よりも少しだけ不恰好だが、丁寧に彫り込まれた模様が鮮やかだ。手にすっぽりと収まるほど小さなものだが、良くできている。
「初心に帰るために、もう一回最初の仕事を思い出して彫ったんだ。それは、俺からの礼」
「ダラはね、ずっとガミジンさんにちゃんとお礼がしたくて、いろいろ考えてたんだよ。本当に助けてもらったから」
「いらないこというなよフラン!」
「……こんな良いもんを、俺が貰っていいのか?」
「うん。受け取ってくれなきゃ困る」
「そうか……今、着けてっていいか?」
ガミジンはそう言うと、マフラーを外しダラに預け、首飾りをその場で身に付けた。マフラーを返してもらい、改めてきつく巻き付けると、首飾りは見えなくなってしまったがガミジンは首飾りのある辺りを優しく撫でた。
「隠れちゃったけど、いいのかよ」
「ああ、大事なもんだからな。見せびらかさねぇで、こうして守っておくに限る」
「そういうもん?」
「そういうもんだ、ありがとな」
ガミジンが笑うと、ダラは照れ臭そうに頭をかき、それをフランが嬉しそうに見詰めていた。
少しして、メルコムが合流し、二人はリョーカ村から引き上げることになった。名残惜しそうに手を振る村人たちを背に、馬車はゆっくりと進み始める。
「やー、いい商談させてもろて大満足や!ガミジンはんもお賃金弾んだるからな」
「そりゃどうも、またリョーカ村に行くなら、今度はロノウェでも連れてきてやれ。アイツも村のことを気にかけてたからな」
「そやね。次はロノウェはんも連れてったろ、バフォメットはんも仕事ぶりが見たいっていうてたし、また大所帯になるなぁ」
「……商談って何してたんだ」
「え~?それ聞いてまうん?機密情報とかあんねんけど」
「ならいい」
「ってなんでやねん!訊いたんやったら粘ってや~あんなぁ」
「話すのかよ」
「……ウチが提案したんは、夫婦や恋人向けのペアアクセサリや。あの二つとない逸品を、二人で分けて身に付けて、末永いご縁を~とか言うて売り出したらどうやろと思てな。ヴァイガルドには同じ花を植えて二人の相性を占う文化があるやんか、それを参考にしてん。ガミジンはんはどう思う?」
「目の付け所が商人だな……そんなの思い付けねぇよ」
「イヒヒ、そないに褒めてくれんでもええねんで?」
「褒めてねぇよ」
「あの村は、これからもっと盛り上がるで。もう、負け犬とは言わせへんよ」
「……そうか、そうだといいな」
メルコムはこの先に待っている販路の構築に想いを馳せ、ガミジンは首に下げた首飾りの職人の未来を想った。二人のそれぞれの想いを乗せ、馬車はゆっくりと轍を辿っていった。