迷子 マルファスとガミジンはアミーから買い出しを頼まれ、王都へと赴いていた。賑やかで騒がしい町を歩きながら、二人は目的の店を探した。頼まれたリストを見るに、今日はホワイトシチューを作るらしい。
「全部一緒に回っても特に問題はないんだが……お互い手分けして回ろう。その方がオマエも気楽だろ?」
マルファスがそう言って、自分の後ろを歩くガミジンを見返すと、彼は少しばかり意外そうな顔を浮かべた。
「オマエは騒がしい方じゃないからそんなに苦手じゃないけど、今はちょっと一人になりたい気分でね。広場の大時計が12時になる頃にまた集合したい、どうだ?」
「異存はねぇ、重くなりそうなもんの方を買ってくりゃいいんだろ」
「僕じゃ手に余るからな、じゃあそっちは頼んだ」
そう言って二人は別れて行動し始めた。勝手知ったる馴染みの道を行くマルファスを見送り、ガミジンは分担された買い出しの品が買える店を求めて歩き始めた。
歩きながら、ガミジンは買い出しを一緒に頼まれた相手がマルファスで助かったと思った。他のメンツ、特に子どもや十代のメギドはガミジンがいるのが珍しいのかよく話しかけてきたりする事が多い。別に会話そのものには問題はないが、誰かから構われ続ける事や騒がしいことが苦手なため、放って貰える方が彼にとってはありがたかった。
(若い方の癖に、案外気が利くなアイツ)
アジトの在籍歴はガミジンもそれなりに長い方だが、他の古参に比べれば滞在する時間があまり多くはないため、アジトの軍団員同士の関係や彼らの人となりをよく理解しているわけではない。そのため、無口だと思い込んでいた相手が実はかなり喋る方で失敗したり、逆に騒がしい質だと思っていたら急に黙り込む奴だったと知る機会がそれなりに多い。
ちなみに、無口だと思い込んでいたのはフルーレティで、騒がしいと思っていたのはカイムだ。
(アジトもな、もっと個人主義なら良いんだが……)
当然ながら皆が皆、関り合いが好きなわけではない。ただ、追放メギドという身の上である者たちは、自分が抱え続けてきたマイノリティ故の孤独感から解放されたためか、何かにつけてメギドらしく振る舞えるあの場所を気に入っていて、軍議の他に個人での戦い方に思いを馳せていきいきとしている。
ガミジンも、メギドとしての力を行使できることは大歓迎だが、生憎と誰かと戦うことを前提とした戦場をあまり経験してこなかった為に、複数人での戦いに未だに違和感を覚えてしまう。組めと言われれば組めるし、息を合わせた攻撃も面白さはある。しかし、それでも手柄や獲物は自分が一人で獲得してこその楽しさがある、そう思ってしまう。
その性質が色濃く残っているためか、傭兵としての仕事もたまにはカイーヌを置いて一人でやることがある。複数人だから可能となる体制はあるが、効率的なことよりも、ガミジンには気安く戦いに挑めることをこだわっていたかった。
故にこそ、アジトに居れば誰かが構ってくることがあまり嬉しいものではなかった。
生来、孤独に慣れてしまっている彼には仲間内で騒ぐ楽しみが今一ピンと来ない。だが、賑やかな戦争だけは嫌いではない。戦争に限っては、騒がしくてもいいと思えた。
考え事をしながら歩いていると、気づけば路地に入り込んでしまっていた。彼は無意識に日向を避けて歩いていた自分に気付き、自嘲的に笑った。結局、自分の性質は変わらないのだ。
(馬鹿らしい、さっさと表に戻って……)
踵を返そうとしたその時、子どもの泣き声が聞こえた。その方向を見ると、育ちの良さそうな身なりの少年がわんわんと泣きじゃくっていた。どうやら、迷子らしい。知らない道に入り込んで迷う子どもはどこの街にでもいるものだが、そう言った子どもは何かと事件に巻き込まれやすく、危険だ。
あの子どもは親とはぐれたらしく、泣きながらしゃがみこんでしまっていた。誰かが引っ張ってやらなければきっとそこから動けないのだろう。
(俺には関係ねぇ、無縁のガキだ)
そう思って彼が踵を返すと、背後から子どもと若い男の声が聞こえてきた。
「きみ、大丈夫かい?お母さんが探していたよ、一緒に表に戻ろう」
「ほんと……?」
「うん、本当さ。さあ、お兄さんと一緒に行こう」
「でも、知らない人についてっちゃだめって……」
「お母さんが知ってる人だよ。お兄さん、お母さんのお友達なんだ、ほら、行こうね」
「……や、やっぱりやだ!!誰かぁ!!」
悲痛な悲鳴が路地に轟き、ガミジンは堪えきれずそちらを向いた。だが、彼が近付くより先に子どもと男の前に一人の青年が割って入っていた。いかにも学生然とした青年は、目の前の男を睨み付けて言い放つ。
「この子が嫌がってるだろ。無理やりに引っ張って行こうとするなんて最低だ!」
「……なんだい、きみ。偉そうに、邪魔しないでくれるかな!」
男は怒りに任せて青年を殴ろうと拳を振り上げた。青年は避けられないと悟り、目を瞑って顔を背けた。だが、拳は振り下ろされなかった。ガミジンが男の腕を掴んでいた。
「……な、なんだお前、傭兵か!?このガキどもの知り合いか!」
「別に、ただの通りすがりだ。そこのガキどもの処遇にも興味ねぇ。だが、自分より弱そうなヤツには強気に出るテメェの態度が気に入らなくてな……つい手が出た」
ガミジンはそう言いながら、男の手首を握る手に力を加えていく。
「うぐっ……!!」
「このまま手をへし折られたくなけりゃ、向こうに消えな。そしたら悪いようにはしねぇ」
「……離せっ!!クソッ、覚えてろ!!」
男はそう叫ぶとガミジンの手から離れ、路地裏から更に奥の裏通りへと姿を消した。その後ろ姿を睨み、ガミジンは吐き捨てる。
「ハッ、手本みてぇな捨て台詞だな」
ガミジンがその場から立ち去ろうとすると、青年がガミジンを呼び止めた。
「助けてくれてありがとうございます!」
「あの野郎が気に食わねぇからやっただけだ、礼なんぞいらねぇ。テメェも、ああいう輩に対して正論で対応しようとか考えんな。あの手のヤツは大概話なんぞ通じねぇ、すぐに暴力に訴えてくるからな」
「……そうですよね、だけど、どうしてもこの子を放っておけなくて、頭に血がのぼってしまって……」
青年はバツが悪そうに頭をかく。その側で震えている子どもは不安げにガミジンを見ていた。
「そのガキ、テメェの知り合いか?」
「いえ、たまたま見かけただけで……どこの子なのかさっぱり。きみ、おうちはどこだい?お父さんやお母さんは何をしているひと?」
「……お父さんとお母さんはお店やってる」
「どんな店かわかるか」
「……いい匂いのする塩、売ってる」
「塩?調味料を扱う商店か……」
ガミジンは少し首をひねった。いい匂いのする塩、というものに覚えがあったような気がしたのだが、それをどこで聞いたのかが思い出せなかった。
「取りあえず一緒に表に戻ろう……えっと、傭兵さんは……」
「一応ついてく。さっきの野郎からの報復がねぇとも限らねぇからな」
「ありがとうございます!」
青年が頭を下げると、ガミジンは妙にむず痒い気持ちになった。まっすぐに向けられる感謝には慣れないのだ。
青年と子どもが手を繋いでいるところを眺めながら、ガミジンは不意に大時計の方を見やる。大時計は11時半を指していた。集合時間まで余裕がない。買い出しの品もまだ買えていない。
(マルファスに嫌味言われるかも知れねぇな……)
どう説明したものか、と考え出すガミジンの後ろから声がかかった。
「あれ、ガミジン。集合時間にはまだ早いんじゃないか?」
「あ?マルファスか」
「……って、何も買えてないじゃないか。どうしたんだ、珍しくサボってたのか?」
「色々あったんだよ……」
「なんだそれ……」
マルファスとガミジンがそんなやり取りをしていると、ガミジンの先を歩いていた青年が声をあげた。
「マルファス!いつから王都に戻ってたんだ?」
「サム!どうしてここに?」
「ああ、この子が迷子になってたから、そこの傭兵さんと一緒に家を探してたんだ」
「……へぇ、そういう訳か」
マルファスは頷くと、ガミジンを振り返った。
(サムは僕の個人的な友人だ、僕とお前はコラフ・ラメルでの知り合いってことにしてくれ)
(行ったことねぇよ)
(良いから口裏を合わせろ!)
「マルファスとこの傭兵さんは知り合いなのか?」
「ああ、まあそうだよ。ところで、なんのあてもなく迷子を助けてるわけじゃないだろうな?」
「一応はお家が何をしているところなのか聞いたよ」
「一応じゃダメなんだよ。坊や、きみの家の近くに、何か像とか珍しいお店はないかい?」
「近くに……学園長先生のお家があるよ」
そう子どもが答えた瞬間、マルファスの表情が固まった。
「マルファス、そんな顔するなよ」
「……どこにあるのかよくわかったよ、ありがとう坊や。一先ずは、そうだなこの子を送り届けよう、それからサムも家に送るよ」
「良いのかい?何か用事があったんじゃ……」
「いや、もう用事は済んでるんだ。実家に顔を出しに行っただけだからな」
「ああ、そうだったのか」
「だから迷子を届けたらあとはもう自由さ。早いところ行こう」
マルファスがそう言うと、サムという青年と子どもは再び歩き出した。その少し後ろでマルファスはガミジンに事情を訊ねる。
「それで、何があったんだ?」
「あのガキが路地裏で不審者に拐われかかってたのをアイツが助けた。だが殴られそうになったんで俺が止めて今に至る」
「そんなことだとは思った……ちょっと向こう見ず過ぎるんだよ、サムは」
「アジトでも外でも気苦労が多そうだなテメェは」
「労いとして受け取っておくよ。そういうオマエも結構苦労性だと思うけどな、関係ないヤツに首突っ込むなんてよっぽどお人好しだ」
「……ここじゃなきゃ見捨ててる」
「……王宮のお膝元だからか、なるほど。ちょっと認識を改めたよ、案外打算的だな。見直した」
そう言いつつも、マルファスはどこか憮然としている。ガミジンは何かを言い募ることはなく、ただ自分より先を歩く二人の側に移動するマルファスの背中を見ていた。
迷子の家はほどなく見付かり、マルファスとサム、ガミジンは両親に手厚い礼を受けた。
彼らは商店を営んでおり、ガミジンとマルファスが買う予定だった商品のほとんどがそこで格安で手に入った。これは僥倖だった。
財政状況が常に火の車のアジトにおいて、相場よりも安く買い物ができるというのはありがたいことだった。何やら新商品だという香草塩もお試しに少し貰い、ガミジンは一足先にアジトに戻ることになった。
「悪いな、一人で荷物を大量に持たせて」
「別にこの程度なら問題ねぇよ……心配なんだろ、アイツが」
「……うん。見送ったらすぐに僕も戻るよ、じゃあ、またあとで」
そう言うと、マルファスは少し早足でサムの元へと戻っていく。その背中を見送って、ガミジンはアジトへと戻った。
門番をしていたロノウェがガミジンを迎えると、一人で抱える荷物の多さにぎょっとした。
「こんな量を一人で頼まれたのか?」
「いや、マルファスと一緒だったんだが、急用が出来てアイツは抜けた」
「そうだったのか……少し俺も運ぶのを手伝おう」
「頼んだ」
彼らが厨房に買った品を届けると、調理担当のフルフルが首をかしげた。
「……なんでこの間バフォメットが持ってきてくれたのと同じ塩があるんだろう?」
ガミジンはその言葉を聞いて、何を忘れていたのかを思い出した。