身繕い 薄明かるい陽光の中、イルセは何度か瞬きをした。今が夢か、起きているのかがとても曖昧で、何かしら確かめなくては不安だった。
瞬きをしたあとは、首をのばし、そして身体を反対側へ転がして背後から自分を抱きすくめる男の顔を眺めた。意思の強さが現れた眉、長いまつげ、薄い唇、どこかあどけない寝顔、そして首にかかるお揃いのネックレス。一つ一つを確かめるように眺め、イルセは幸せそうに笑う。
愛しい人の腕から抜け出し、布団から這い出すと、朝の冷えた空気が生まれたままの身体を包み込む。ぞわりと鳥肌が立ち、温もりへの誘惑が彼女を男の腕へ誘おうとするが、そうしてはいられない。
彼女はベッドから降り、引き出しから下着と衣服を取り出した。
いつも緑色の衣服を身に付けている彼に合わせ、内緒で下着や普段着にも緑色を取り入れるようになった。それを語るのは恥ずかしいが、いつも彼の色を見に纏っていたくて知らぬ間に数が増えていた。
イルセはベッドの脇に腰掛け、乱れてしまった髪を手櫛で軽く整えた。そして、ショーツを手に取り、片足ずつ穴に通して身体に引き寄せた。腹回りに布があるといくらか感じる温かさが変わり、少し安心できた。次にブラジャーを手にする。
彼はほとんど気にしていないが、イルセは細身であまりボリュームがない自分の胸を気にしていた。だから、ひっそりと補強効果のあるものを手にするようになったのだが、まだその効果は見られない。好きな相手に揉まれれば育つ、とも聞くがあいにくと、恋人はあまり胸に触れない方だ。乱暴に掴んだり、持ち上げたりはせずただ撫ぜるように触れ、優しく掌で包むだけだ。思い出すと彼女は恥ずかしさで頬が熱くなるが、そうした瞬間もまたいとおしく思える。
胸にブラジャーをあてがい、肩に紐をかけて背中で金具を合わせると、少し背筋が伸びたような気がした。下着の中に収まった自分の胸を眺め、イルセはそれを慈しむように撫でた。
これまであまり気にしてこなかった自分の身体だが、愛しい人が愛し慈しんでくれるものだと思うと、以前よりもっと労って優しくしたくなった。自分の身体は好きでも嫌いでもなかったけれど、今は少しだけ好きだ。
次にシャツを手に取り、袖を通す。春用の薄くて柔らかな肌触りが心地いい。外気に触れた少しひんやりとした感触が、彼女を奮い立たせる。
気も引き締まった所で、次はスカートを手に取る。スカートはシンプルなものが好きだ。デザインも色も、華美すぎない方が落ち着いたし、彼女の恋人もそれが似合うと行ってくれたことが嬉しかった。腰で金具を留め、姿見の前に立って一周回る。普段通りの彼女だ。だが、普段の彼女にはまだ、あとひとつ足りない。
彼女がベッドの方を振り返り、大切なそのひとつを手に取ろうとすると、ベッドの上の恋人が彼女を見ていた。イルセは驚き、そして恥ずかしくなって声をあげる。
「いつから見てたんですか!」
「あー……下着つけてる辺りからかな」
「ほとんど全部じゃないですか!」
身支度をしている所なんて見られたくなかった、寝癖もまだ直っていないのに。彼女は恥ずかしくて顔を手で覆う。恋人は苦笑し、そして起き上がって彼女に言う。
「ああやって毎日俺より先に起きてるんだなって思って、嬉しかったぜ。いつも綺麗にしてるから、起きたばっかりのイルセが見られて良かった」
「……でも、身支度の途中なんて」
「全部見せるって言ったろ。ああいうところも、俺は見たい」
「ヘンじゃなかったですか」
「ヘンじゃねぇよ、いつも通りのイルセだ」
彼がそういうと、彼女は照れくささと嬉しさで顔を更に赤らめた。そして、ベッドサイドからネックレスを取り出してガミジンに言う。
「ネックレスをつけて身支度が完成なんです、ガミジンさんが着けてくれますか?」
「わかった」
彼はそう答え、イルセの首の前にネックレスをかけ、首の後ろで金具を留めた。イルセは着けてもらったネックレスをいとおしげに撫で、彼を振り返る。そしてキスをした。
「おはようございます、ガミジンさん」
「おはよう、イルセ」
二人の新しい一日が始まる。