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    わたがし大動脈ラメラメ

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    POIPOI 43

    Bガミジンメギスト連作短編最終話
    金曜日・ビフロンス

    墓守たちのエレジー よく晴れた夏の日、ガミジンは鎌を手に草刈りをしていた。
    「精が出るな、少し休むといい」
    そう言って彼に声をかけたのはビフロンスだた。
    ここは彼女の屋敷の庭だ。何故ガミジンがここで草刈りをしているのか、そのきっかけは遡ること一時間前のこと、ガミジンがビフロンスの屋敷へ訪れていた。彼の用事は墓についていくつか指導を受けたこと礼をすることだった。アジトにあまり寄り付かない者同士なかなか顔を合わせられないこともあり、ガミジンの方から彼女の元へと出向いた。ビフロンスはその事を意外に思ったが、彼の来訪を歓迎した。そして、ガミジンが何か礼をしたいと申し出たところ、草刈りの手伝いを所望した。
    人手が足らないために手入れが滞っていたため、どうにかこれを片付けようと考えていたところにガミジンが現れたので遠慮なく手を借りることに決めたらしい。
    彼女の望みを聞き、ガミジンは少々首を捻ったが、特に文句を言うことはなく彼女の指示にしたがった。そして、今に至る。
     ビフロンスが用意した茶を受け取り、ガミジンは未だ庭中に生い茂る草を眺めて溜め息をついた。
    「今日中に終わんのか、これ……」
    「案外なんとかなるものだ。以前、私とアザゼルとアクィエルの三人で取り掛かった時には半日で片付いたよ」
    「そりゃ男手が二人なら早いさ。今は俺とテメェだけだろ」
    「日没までに出来る分でいい、どれだけ残っても構わない」
    「んな適当で良いのかよ」
    「適当でも良い」
    軽口を交わしながら、ビフロンスは彼に問い掛けた。
    「お前が作った墓は、お前にとって満足のいくものになったか?」
    「……さぁな、見よう見まねで作ったもんだ、それこそ適当だし、よくわからねぇよ」
    「聞き方を変えよう。……お前は納得できたか?」
    ガミジンは黙り込み、茶を一口啜ってから言葉を返した。
    「……それなりに」
    「そうか、ならば良かった」
    ビフロンスは満足げに頷く。
    今度はガミジンがビフロンスに問い掛けた。
    「ここには死体がない墓もあるのか」
    「ある。少なくはないぞ」
    「妙な文化だな、弔うって感覚はわかるが、モノがなくても葬送が成立するってのは」
    「そうだな……ヴィータにとっての墓が持つ意味は死者のためのものではなく、生者のためにあるという側面が強いからこそ成立しているのだろう」
    彼女はそう答え、墓石が立ち並ぶ方に目をやった。ガミジンもそれにならってそちらを見て、ビフロンスに問う。
    「生者のためにってのはどういう意味だ」
    「弔うという行為は、慰霊のために大地へと還った者の死を悼むというものだが、それは別に墓である必要はない。共同体の中で同じ土の下に埋める方が手間がかからないし、一般的だ」
    「そうだな」
    「では、墓とは何なのか、という話になる」
    ガミジンは墓を見詰めたまま、ビフロンスの話を聴いた。
    「墓は、生者が死者を忘れないために作られる目印のようなものだ。そこに眠っている者がどのように生きたのか、そして、どう死んだのかを遺すためにある」
    「……ヴィータはすぐに忘れるからな」
    「そうだ。どれほどに愛したものであっても、どれほどに憎んだものであっても、死んでしまえばそこで終わり、時間が経てばどのような姿をしていたかさえ思い出せなくなる。それは必然だ」
    ビフロンスはそう話しながら、一つの墓に近寄り、その墓石に触れて語る。
    「この墓は二年前に作ったものだ。ここに眠っているのはまだ16になったばかりの娘、依頼したのは彼女の両親だった。私は彼女の亡骸をここに埋めたよ、そのことを覚えている。しかし、髪の色も長さも思い出せない。だが、彼女が愛されていたこと、彼女が歌を歌うのが好きだったことは覚えている」
    「……目で見てたことは簡単に忘れちまうんだな」
    「ああ、けれども、代わりに彼女の在り方を覚えている。ここに彼女の両親が刻んだ文字を見る度に、私は何度でも彼女を思い出す」
    ビフロンスは、隣の墓石に触れた。
    「これはまだ新しい、フォトンバーストで命を落とした男の墓だ。依頼主は男の弟だ。最期まで消して俯かず、前を見ていたと語っていた。ここに彼の亡骸はないが、彼がいた証はここに残された」
    優しい眼差しで墓を撫で、ビフロンスはガミジンを振り返った。
    「ここに墓を持つ者は全て、彼らの死に完璧には納得していない。大地へと還ることは必然だが受け入れがたいのだ。かつて側にいた者が消え失せ、二度と触れられないモノになってしまうことが悲しいのだ」
    ビフロンスの言葉に、ガミジンは自分のこれまでを回顧した。
    あまりに唐突で、呆気ない死を前にして茫然として心の行き場を失った。ようやくそこから立ち返り、歩み出してから初めて何も遺されなかった死を憐れに思った。そして、自己満足で構わないと決意し、彼女のために祈りを捧げたいと願った。そして、形になったそれを前にして、驚くほどに自分の心が救われたのを感じた。そこに『彼女があった』証があることに安堵した。決して消えないものが一つ残せたことが彼を支えた。
    「お前にも、覚えがあるだろう。そこに姿形がなくとも『シルシ』があることに救われただろう。墓は、死の先へ進めない者たちのために必要な救いだ。死を形にすることなどおぞましい、そう思う者は少なくない。けれど、死を形にしてようやく受け入れられることもある、それを寄る辺にする者もいるのだ」
    ビフロンスはそう語って、ガミジンの側へと戻った。
    ガミジンは彼女の言葉を反芻し、問い掛けた。
    「……死ねば、そこで終わりだ。だが、そう思いたくないのは俺のわがままか」
    ビフロンスは首を横に振る。
    「死は終わりではない、というのはこの大知に巡るフォトンとしての循環が続くという意味ではそうだ。だが、お前が求めている答えはそうではないだろう」
    ガミジンは頷く。
    「死は終わりではない、次へ繋ぐのための静止だ。先に還っていく者たちの遺志を継ぎ、そして私たちも誰かに遺志を託す、それの繰り返しだ。私たちが遺志を継いだ者もまた、私たちが生きている限りは終わることはない」
    「……生きる限りか」
    「死に惚れ込んでしまうと、中々難しく思えるだろうな」
    そう言われ、ガミジンは目を剥く。ビフロンスは余裕を崩すことなく、言葉を続けた。
    「おいて逝かれた者は皆、先立った者のあとを追いたくなる。それが別れてすぐなのか、それとも何年越しかなど問題ではない。共に居たかった、同じように在りたかったと思えば思うほど、死によって生まれた隔たりは大きく疎ましい」
    「……俺はそんなつもりはねぇ」
    「そうだろうとも。だから、墓を作ったのだろう」
    ガミジンは更に眉根を寄せた。
    「お前は、弔ってやった相手にだけは誠実であろうとしているようだからな。作った墓を朽ちさせたくないのだろう」
    「……ああ、その通りだ。一度、アイツのために俺が勝手に作ったもんだ、出来たら放って満足なんてするかよ。この先に何があろうと……例え、戦争で死ぬような事があっても……絶対に死なねぇと、そう誓うための場所だ」
    「死を遠ざけるための死か……矛盾しているようで、道理がある」
    墓が朽ちるということは即ち、そこに刻まれた生の証が消え去るということだ。一度この大地から消え果てたものを再び形に残したというのに、それをまた失うというのはあまりにもむごい。だからこそ、墓を作るものは出来る限り生き延びようとする。そこを守るために自分自身の人生の楔とするのだ。
    「もう後戻りは出来ない選択をしてしまったな、ガミジン。この先は苦しいぞ」
    「テメェで決めたことだ。死ぬまで戦ってやる」
    「……我々の人生は、先が長いな。長過ぎる」
    「それでも守らなけりゃならねぇなら、生きるしかねぇだろ」
    「……墓守の人生とは、険しいな」
    ビフロンスとガミジンはそれぞれの守るべき場所を想った。
    いつの日か身体が朽ちて大地に還るまで、その日まではあの場所を守らなければならない、そこに還ってくる者たちのために。
    それは、遠い日の再会のための選択だ。
    吸い込まれそうな青空の下、一際強い風が二人の間を吹き抜けて飛び去っていった。
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