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    わたがし大動脈ラメラメ

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    POIPOI 43

    来世で出会うガミイルの続き

    そして想いは形を結ぶ ガミジンとイルセが再会してから半年が流れ、二人は友人としての付き合いを続けていた。
    彼らの関係は変わらず、以前のように他愛ない話をし、友人として過ごしていた。
    そんな何気ない日々にガミジンは充足感を感じると共に、名状しがたい焦燥感を覚えていた。
    原因は、イルセを取り巻く環境にあった。
    彼女は大型ショッピングモールの花屋で働いている。そこで送る日々にはなんら不満はないらしく、いつも生き生きときていて楽しげだ。だが、そんな彼女の周りにはいつも男がいた。
    花屋の店長曰く、イルセはモテるらしい。
    彼女が持つ素朴で儚げな雰囲気と笑顔のやわらかさが男を夢中にさせるらしく、ガミジンが花屋を通りがかる度に違う男が彼女と話しており、その大半の鼻の下が伸びていた。
    その光景を見る度、ガミジンは心がざわつき、苛立った。だが、同時に彼は自分の立場に気付いて愕然とした。
    今の自分は、イルセにとって何者でもない。
    以前も今も、彼とイルセは友人同士であって、公的に関係者だと言うには何も持たない間柄だ。そんな自分が、異性と楽しげに話しているだけのイルセを見て苛立つ資格があるのか、そう思ってしまった。
    (別に良いじゃねぇか、イルセが元気で楽しそうならそれで……アイツが笑えてるのに、何も苛立つことなんかねぇだろ)
    ガミジンは自分の中の負の感情を落ち着けるために幾度となく『イルセが幸せならばいい』と考えたが、その度に男たちの一方的さに苛立った。
    自分はどんな仕事をしているとか、何が好きだとか、知識をひけらかしては『優れている自分』を演出していて、そこに彼女への興味はない。イルセは彼らのそんな言葉を聞くたびに困ったように笑っていた。
    どんな形であれ、イルセを困らせるような相手をガミジンは認めたくはなかった。だからこそ、苛立った。しかし、そんなことに口出しする権利はどこにもない。
    イルセとガミジンを結ぶ絆は深く、他の誰にも立ち入ることの出来ないものだと、そう信じていたがそれを感じているのは自分だけなのかもしれない、そう思うとたまらない気持ちになった。
    ずっと彼女を探していた、それを生き甲斐に歩み続けて、ようやく巡り会えたことに途方もない幸福を覚えた。だが、ガミジンにはその先がなかった。
    たった一人の女の幸福を願って、彼女に会うことだけを考えていたのに、どうしたいとは考えられなかった。
    ただ、感謝を伝えたかった。幸せでよかったと言いたかった、彼女がいたから生きることを諦めずにいられた。会えない間も、再会できた以後も、彼女はガミジンの全てで、これからも彼女が幸せでいられることを願っている。それだけで、それ以上がなかった。
    自分たちに『これから』があることなど思いもよらず、それを嬉しく思いながらも、彼は不安に思った。
    自分はいつまでイルセの人生の中にいられるのか。
    彼女の心の中に、自分はどれほど強くいられるのだろうか。
    ただ、彼女の傍らに立てなくなることを考えるだけで、ガミジンは胸が悪くなるような気がした。
     イルセといつものように出掛け、彼女の楽しそうな顔を見つめながら、ガミジンは大きな充足感と寂しさを覚えた。
    いつか、彼女が生涯を共にしたいと思える誰かを得れば、ガミジンは彼女の隣に居られなくなる。この笑顔を、ここから見ることが出来なくなってしまう。それがひどく惜しい。
    「ガミジンさん、聞いてますか?」
    「ん、悪い……聞いてなかった。なんだって?」
    「行ってみたいお店があって、良かったら一緒にどうかなって」
    「どうせ暇だし、良いぜ」
    「嬉しいです。……お酒の飲み方、教えて貰おうっと」
    「酒が出る店なのか」
    「店長のご友人が営業してるバーです」
    「イルセは酒、飲めるのか?」
    「甘いやつなら結構好きですし、弱くはないですよ」
    「そうか……でも、無理はすんなよ」
    「過保護ですねぇ、私だって大人なのに」
    笑ってそういう彼女を見つめながら、ガミジンは脳裏に酒で頬を染めた彼女の姿を想い描いた。白い肌に赤みが差し、目をとろけさせている様を。それはなんだか目の毒だ。実際に酔った彼女がどんな風になるのかはわからないが、その姿を他の誰かに見せたくない、そう思った。
     イルセと過ごす時間が増えていく度に、彼女の持つ魅力を知った。
    笑った顔が幼くて愛らしいこと、どんな人間にも優しいこと、涙もろくて些細なことでも泣いてしまうこと、自分を呼ぶ声が甘いこと、握った手がやわらかくて温かいこと、いつも自分を見てすぐ嬉しそうに駆け寄ってくること、日々の喜びをわけてくれること。
    全て、自分に向けられたもので、それらがガミジンの心を引き付けて離さない。そして、それを誰かに向けて欲しくないと思った。ずっと自分にだけ見せて欲しい、もっと違う顔を見たい。そう思って初めて、ガミジンは自分の中に芽生えた、否、今の自分が生まれる以前から魂に根付いていたものの名を知った。
    (イルセのことが好きだ。ずっと前から、アイツの隣にいるのが当たり前になってて……この先もそうしてたかったんだ)
    彼女の喜びを共に分かち合いたい、彼女の悲しみを取り除くのは自分でありたい、何かがあったときに真っ先に駆け付ける権利が欲しい。今度こそイルセの為に生きたい、そう願うようになっていた。
    彼女のことを想いながら生きた遺愛の日々は、彼の全てだった。彼女に与えられた言葉に救われた心が誰かを救った。楽しいと感じた時、寂しさを覚えた時、いつも思い浮かべていたのはイルセだった。
    誰かとの人生を思えないほど、イルセが全てだった。
    こんなに想ってしまっていたと自覚して、ガミジンは自分をおぞましく思った。あまりにも一方的でな想いで彼女に執着していることが、彼女の人生を損ねる原因になりはしないか、いつの日か彼女を苦しめるのではないか、そう思うと恐ろしかった。
    イルセの人生はイルセだけのものだ。それを、他ならぬ自分が邪魔をすることは許せなかった。だがもし、もしも、こんなにおぞましい恋が幸福な結末を迎えることが出来るのならば、イルセの人生の傍らに寄り添うことを許されたかった。彼女の幸福を、一番近くで見守りたかった。
    それが、ガミジンの願いになっていた。
     駅でイルセと待ち合わせて、彼女が行きたがっていたバーに向かった。その日は幾分か普段よりも緊張していて、ガミジンはまっすぐにイルセを見詰められなかった。
    今日この日、ガミジンはイルセに想いを伝えることを決めていた。彼女に受け入れられても、拒まれても、この想いは変わらない。この先もずっと、彼女の幸福を願いながら生きる。それが、これからも隣でいられるのか、遠くで願う日々に変わるか、それが決まる。
    酒の種類が豊富で、個室席が設けられているので落ち着いて過ごすことが出来た。
    薄暗い証明の下、普段よりも少し着飾ったイルセは魅力的な大人の女性に見え、ガミジンはその姿につい何度も目線を送ってしまった。
    肩と鎖骨辺りが透けたブラウスが艶っぽく、ほんのりと香る香水が甘やかで脳をぐらつかせた。そのくせ、イルセはいつも通りの無邪気さでガミジンに微笑む。
    「色々あって悩みますね……ガミジンさんは何を頼みますか?」
    「……そうだな、カンパリオレンジでも頼むかな」
    「カンパリオレンジ……これですか。どんなお酒ですか?」
    「オレンジジュースのカクテルだな。度数はそれなりに低いし、飲んでみるか?」
    「はい、飲んでみたいです」
    「じゃあそれにするか、つまみはどうする?」
    「実はお腹減ってて……」
    二人は酒と料理を注文し、いつものように話した。ただ、穏やかに他愛ない話に花を咲かせ、笑い合うと心の底から温かい気持ちがわき上がった。ガミジンは、ずっとこうしていたいと願った。
    彼女に自分が抱いているおぞましい恋心を知られたくない。知られたが最後、この関係が変わってしまうことを思うと恐ろしかった。だが、それ以上に変わることのない現状にもどかしさを感じていた。イルセの中での自分という存在がどんなものなのか確かめたい、許されるなら彼女に対して自分が抱いているような感情を抱いていて欲しい、そう思った。
     注文したものが出揃い、二人は乾杯して酒に口をつけた。
    「……美味しい。少し苦くてさっぱりしてて、良いですね」
    「気に入ったか?」
    「はい!」
    酒を飲みながら楽しそうに笑い、自分にやわらかな目線を向ける彼女に、ガミジンはこの上ない幸福を感じた。今この瞬間、自分にだけ注がれるこの親しみはこれまでの日々を重ねてきたから得られたものだ。それを思えば、これまでの苦悩が報われる。
    ガミジンは彼女が語る言葉に耳を傾け、相槌を返しながら少しずつ頬を染める彼女を見詰めてじわじわと胸が熱くなるのを感じた。初めて見る表情、普段よりも浮かれた話口、そしてどこか甘い声。愛らしくてたまらない。こんな姿を自分に見せても平気だと思われていることには、少しだけ悔しさがあったが、油断してもいい相手で、それだけの信頼を寄せられていることに優越感を覚えた。彼女に言い寄ってきた男たちは、こんな彼女を知らないだろう。
    男の前で、赤く染まった頬を見せてとろけた笑顔をする彼女を見ることはないのだろう。これは自分の前にだけある彼女だ。彼女は、ガミジンにこの姿を見せることを許している。
    イルセの信頼を勝ち取っていることを嬉しく感じ、ガミジンは酒を飲むことを忘れて彼女との話に夢中になった。
     二時間ほど会話と酒を楽しんだあと、少し足元が覚束ないイルセの肩を抱いてガミジンは店を後にした。
    「久しぶりに飲んだから……フワフワしてます」
    「おいおい大丈夫かよ、吐き気は?」
    「ないです。でも、身体があったかくて、頭がぼやっとします」
    「意識はちゃんとあるか……ったく、自分の限界は把握しとけよ」
    「ごめんなさい、ガミジンさんと飲むんだって思ったら楽しくて……」
    「……他のやつとなら、こんなにならねぇのか」
    「友達と飲む時は大抵うちですし、男の人とはお酒飲みませんから……外飲みの経験がなくって……」
    再び大きく身体を傾がせるイルセの腕を掴み、ガミジンは彼女の前にしゃがみこむ。
    「家まで送るから、おぶされ」
    「……酔っ払いみたいですね」
    「酔っ払いなんだよ」
    「お言葉に甘えて、お邪魔します」
    「おう……じゃ、歩くぜ」
    イルセの体温と体重を背中に感じながら、ガミジンはひどく穏やかな気分になった。素直に甘えてくれて、こうして身体を預けてくれるイルセは可愛い。こんな無垢さが好きだったのだと思い出し、優しい気持ちで満たされる。
    「ガミジンさん、温かいですね」
    「酒飲んだからな……テメェのが熱い」
    「いっぱい飲んだので」
    眠気に包まれた人間特有の重たさを感じたが、それすら愛せる自分にガミジンは苦笑した。こんなにもイルセに惚れ込んでいて、もし、彼女に拒絶されたら生きていけるのだろうか。
    「ガミジンさん」
    「どうした?」
    「……重いって、言わないでくださいね」
    「……イルセ、眠いだろ」
    「眠いから重いってことですか!言わないでって言ったのに……」
    「言ってねぇよ、泣くなって」
    グスグスと泣き始めるイルセに、ガミジンは困ったように笑った。
    いつの間にか、こんなにも色々な表情をイルセは見せてくれるようになった。遠慮は減り、時折甘えてみせ、そして多くの話をした。
    家族よりも深く話し、友人よりも親しく過ごした。ガミジンが思うよりもずっと、イルセはガミジンを信頼し、そして心を許しているのだが、それをガミジンは知るよしもない。
     イルセが借りている部屋にたどり着き、ガミジンは彼女をソファに座らせた。
    まだ脱がせていないハイヒールを手に取り、その紐をほどくと、イルセは少しとろけた声で問い掛けた。
    「……今日、ガミジンさんと出掛けると思って普段よりお洒落したんです」
    「ああ、めかし込んでたな。似合ってたよ」
    照れもせずそう答えるガミジンにイルセは少し顔を赤らめ、更に言葉を重ねた。
    「今晩の私、可愛かったですか?」
    二人の間に沈黙が下り、ガミジンはもう片方のハイヒールにも手をかけて脱がせた。そして、その足に触れ、その爪先を見詰めたまま、彼は答える。
    「……綺麗だった。でも、いつもそうだよ。イルセはいつも可愛いし、着飾ってても着飾ってなくても、どんな風にしてても綺麗だ」
    そして、彼女のつま先を見ていた目を彼女の顔に向けて告げる。
    「爪になんか塗ってるのも珍しかった、自惚れじゃなかったらいいんだが、緑って俺に合わせてくれたのか」
    イルセはこくこくと頷いた。それを見てガミジンは笑う。そして足から手を離し、彼女の手を取った。
    「……テメェに飲みに行こうって誘われた日、想像できねぇと思うんだが、すごく浮かれた。男にあんまり興味がないって言うイルセが、俺だけは特別扱いしてくれてるんだなって、そう思うと嬉しかったよ」
    イルセは酒で赤くなった頬をいっそう赤く染め、ガミジンを見詰めていた。初めてこんなに素直に語る彼を見て驚いているらしかった。彼は続けた。
    「なぁイルセ……ずっと前からテメェのことが好きだった。前は、ありがとうって言いたくていっぱいで、そればかりだったんだが……またこうしてテメェに会って、前よりずっとテメェのことを知る度にさ、他の野郎と一緒にいる所を見るのが嫌になったんだよ。イルセに愛想笑いさせるような奴が、よくテメェを知りもしない奴がテメェの隣で、テメェに鼻の下伸ばしてるの見てるとムカついた。俺でさえ、イルセの隣に立つのに長い時間が掛かったのに……軽々しくテメェの隣に立ちやがってって……嫉妬した」
    イルセの目を見つめ、ガミジンは自嘲的に笑って本心を告げた。
    「……他のやつより、俺を選んで欲しい。イルセ、テメェの幸せも、テメェの人生もテメェのもんだ。でも、テメェの幸せを見守る権利は俺にくれ。俺だけが見てたい、イルセが笑うところも、俺を見て優しい目をするところも、全部。イルセに触れるのも俺だけがいい。手を繋ぐのも、抱き締めるのも、その先も全部……俺が、俺だけがイルセに全部を許されたい。好きだ、好きなんだ、イルセ……俺は、これからどうしたらいい?」
    許しを乞うように、ガミジンはイルセを見上げた。苦しみを押さえ込むように、無理をして笑う彼に、イルセは困ったような笑顔を見せて彼に答えた。
    「……ガミジンさんは、私のことを女の子として好きなんじゃないんだと思ってました。ずっと、優しい目を向けてくれるけど、人間愛って言うのかな……人として大切にしてくれてて、尊重してくれてるだけで……私だけがガミジンさんを好きだと思ってました」
    「そんな訳ねぇだろ……好きな女相手じゃなきゃ、こんなに一緒にいねぇよ……」
    「そうであって欲しいと思ってました。私のこと、ガミジンさんは特別大切にしてて欲しいって……私だけに、あんな優しい目を向けてくれてたならって、ずっとそう思ってました。ガミジンさんになら触って欲しかったし、どんな醜態を晒してもいいと思えました。私にはあなたしかいなかったから……ずっと前から、そして、これからも」
    イルセとガミジンは互いを見つめ、沈黙を貫いた。そして彼女は答える。
    「……ガミジンさん、この先もずっと私のとなりに居てください」
    「……離してって言われても、離さねぇぞ。良いのか」
    「同じ言葉を返します。もう二度と離れません」
    イルセはそう言って、ガミジンの唇に自分の唇を重ねた。彼は驚いて目を見開く。
    「……ずっとこうしたかったんです」
    「……俺も、そうだったが……そこは、俺にさせてくれよ」
    「じゃあ、してください」
    悪戯っぽく笑う彼女に、ガミジンは「勝てないな」と笑って唇を重ねた。
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