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    わたがし大動脈ラメラメ

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    POIPOI 43

    風邪を引いたガミさんの話

    病めるとき 原因不明の目眩がガミジンを襲った。ぐらり、と力が抜けた身体が床に向かって落ち、右半身を強かに打ち付けて呻き声を上げる。
    「ガミジンさん!?大丈夫っすか!!」
    同僚のカイーヌが意識を確認し、人を呼ばわる。ガミジンはぼんやりとした頭で今後のことを考えた。イルセは、この事を知るのだろうか、と。いつもならばこんな情けない姿を見せたくないと思うはずなのに、この日は妙に彼女に会いたいと思いながら、ゆっくりと意識を失っていた。
    次にガミジンが目を覚ました時には、社内の休憩室のベッドの上だった。手足は動くが、ひどく身体が重く感じられて、思考がまとまらない。
    「ガミジンさん、気分はどうすか?」
    「カイーヌ……俺、倒れたのか」
    「はい。朝からなんか反応が鈍かったんで、もしかしてとは思ったんですけど……熱出てますね」
    ガミジンは今朝方、自宅から出る時にやや身体がふらつくような気がしたが、特に大きな問題はないと判断して出社し、その後仕事をしながら徐々に身体が重くなっていくのを自覚していた。今にして思えば、朝に異常を感じていた時点で休んでいればこんなことにはならなかったのだろう。自己管理の杜撰さを思い返し、ガミジンは溜め息をついた。
    「幸いもう退勤時間ですし、俺が送っていきますよ」
    「……悪いな。ちょっと歩くのはしんどいから補助は頼んだ」
    「任してください!あ、そういえば彼女さんには連絡しておきましたけど……まだ返事はないですね」
    「まだ仕事なんだろ」
    「それもそうっすね、んじゃ戻りますか」
    カイーヌはそう言ってガミジンに肩を貸し、会社の前で待たせていたタクシーに乗り込んでガミジンの自宅の住所を知らせ、やがてタクシーは走り出した。
    ガミジンはまだハッキリとしない頭で外を眺め、いつぶりかわからない寒気に身体を震わせた。
    自宅に到着し、カイーヌに運ばれガミジンはリビングのソファに寝そべった。カイーヌはすぐ側にあった毛布を持ち出し、ガミジンの身体に掛ける。
    「ベッドじゃなくていいんすか?」
    「……二人で使ってる部屋だから、テメェを入れたくねぇ」
    「あー……そりゃ嫌ですよね。んじゃ、飲み物とか、レトルトの食い物は冷蔵庫に突っ込んでおくんで、あとはお大事に」
    「……今度、なんか埋め合わせする」
    「楽しみにしてるんで、今は休んでてくださいよ。彼女さんによろしくお願いしますねー」
    そう言ってカイーヌは家を出て、ガミジンは完全に一人きりになる。
    ひどく静かな部屋の中、身体の震えと共に異常な孤独感に襲われた。静かすぎて落ち着かない、誰もいない不安感で妙に心細くなってしまう。
    今、この場に空き巣や強盗が押し入ってきたら、きっと勝てずに打ち倒されてしまうだろう。などと考え、ガミジンは馬鹿らしいと鼻で笑った。
    高熱のせいでままならない思考は、普段は飛び出さないような悪いことを考え出してしまい、心を弱らせてしまう。こんなことではダメだと自覚しながらも、頭は負の方向へと想像力を膨らませ続けた。
    (……イルセ。イルセにうつらなければ良いな……、アイツは俺より繊細だし……すぐ風邪引くから……。いつも丈夫さだけが取り柄って言ってる俺が風邪なんかでぶっ倒れて、呆れるかもな、いや、心配して怒るだろうな)
    少しの怪我や傷を大したことないと言うガミジンに、イルセはいつも人一倍に怒り、そして心配して泣いた。もっと大事にして欲しい、あなたの身体はあなただけのものではないと繰り返して、彼女はガミジンのためを思ってよく叱った。彼女が心配してくれることは嬉しかったし、叱られるのは新鮮で少し面白かったが、彼女に泣かれることだけは嫌だった。
    彼女の泣き顔は、どうしても胸が痛くなる。そんな顔をして欲しくないと思ってしまう。
    なるべく、笑っていて欲しい。ガミジンが馬鹿なことをしたらそれを笑い飛ばして欲しい。
    いつもそう思っているのに、彼女を泣かせてしまう。そんな自分が嫌だった。
    (アイツ、泣くかな……泣いて欲しくねぇのにな……)
    些細なことでも傷付くことがないよう、彼女のことを想って生活してきた。そのはずが、いつも何かを間違えてしまう。
    心のどこかでまだ、ガミジンは自分自身を蔑ろにしている。イルセよりも優先するものではないと、そう思いながら生きている。身体も心も繊細な女の彼女と、病気知らずの自分自身では同じ扱いが出来るはずもなかった。
    結局のところ、イルセを含めた守りたい相手以外はどうでもいい、そんな想いは変わっていないのだ。
    自分の無意識の差別を飼えない限り、イルセは何度も傷付く。それを思えば憂鬱だったが、今さら自分をどう扱えばいいのかわからない。
    ガミジンはひどく憂鬱な気持ちで眠りへと落ちていった。
     誰かが頭を撫でる感触でガミジンは目を覚ました。重い瞼を持ち上げると、そこにはイルセがいた。
    「……おかえり」
    「ただいま。カイーヌさんから電話をいただきました、ガミジンさんが職場で倒れたって。気分はどうですか」
    「……頭がぼうっとしてる」
    「熱が出てますから、冷たいもの買ってきましたよ。食べられそうなら出しますね」
    「悪いな、こんな面倒かけて」
    「いいえ、面倒なんて思ってませんよ。体調が悪くなることなんで誰だってあるんですから」
    イルセはそう言って優しく笑う。ガミジンは彼女に支えられながら身体を起こし、彼女が買ってきたスポーツ飲料を口に運んだ。冷たくて少し甘い味が、渇いてかさついた喉を癒す。イルセはガミジンの背中をさすりながら、ガミジンに質問する。
    「ここよりお部屋で寝た方が身体は楽だと思います、歩けますか?」
    「歩けるが……ここでいい」
    「でも、ソファじゃ身体がつらいですよ」
    ガミジンはイルセの肩に頭を預け、いつもよりも弱々しい声で答える。
    「一人になりたくねぇ……」
    「……そっか、一人は心細いですよね。もうちょっとだけここで寝たら、ベッドに行きましょうか」
    イルセは子どもを慰めるようにガミジンの頭を撫で、ソファに身体を横たえるのを手伝った。彼女が台所で何かをしている音を聞きながら、ガミジンは目を閉じた。人の気配があることに驚くほどに安堵し、イルセの声を聞いて心から嬉しく思えた。
    身体が弱ると、心もまた弱るらしい。ガミジンは自分を情けないと呆れたが、自分のそういった側面を見て不思議と安心感を覚えた。
    誰もがそう言った弱さを持つように、自分も同じ弱さを持っていた。それを、嬉しく思ったのだ。イルセと同じ部分を持つ自分を少しだけ愛せる。けれど、こうして甘えてばかりでは彼女に負担になるのではと考えてしまい、気が重い。
    イルセがいなきゃ何にも出来ねぇな、俺。
    ガミジンは再び意識を手放し、眠りについた。
     再び彼が目を覚ますと、彼はイルセの膝枕の上で眠っていた。イルセと目が合って、ガミジンは少しホッとした顔をする。
    「寝ちゃってましたね、具合はどうですか」
    「……さっきよりいい」
    「良かった。食欲は?」
    「まだない」
    「そうですか」
    イルセはガミジンの頭を撫でながら、ただそこに座っていた。触れる手の優しさで安心しながら、彼はイルセに告げた。
    「……あんま近くにいたらうつるぞ」
    「良いですよ、うつっても。ガミジンさんが早く良くなるなら」
    「俺が困る」
    「……私も、こんなに弱ってると困ってしまうんです」
    情けないからか。そう言おうとして開いた口からは空咳が漏れた。
    「ずっとこうしてガミジンさんを甘やかしたくなっちゃう。いつも頼もしいあなたが、私の膝の上でこうしていてくれるのが嬉しくて……つい、いつも通りじゃいられない」
    でもね、とイルセは困り顔で付け足す。
    「元気なときも、風邪で辛いときも一緒にいます。元気なあなたが一番好きだから、早く良くなって欲しいんです」
    その言葉に、ガミジンは胸が熱くなった。こんなにも彼女が想っていてくれていることが嬉しい、そして同じくらい不安にさせたことを申し訳なく思った。
    「……ベッドで寝る、今日だけ別けて寝よう」
    「一人で大丈夫ですか?」
    さきほどのガミジンの言葉を覚えていたらしい、イルセの問いにガミジンは少し照れ臭くなりながら頷く。
    「……元気な方が嬉しいんだろ。俺もテメェにうつしたくねぇしな」
    そう言って気丈に笑う彼に、イルセも笑い返した。
    イルセに手伝って貰い、ベッドに身体を横たえ二人は互いに目を見合せて一瞬無言になり、すぐにその場で別れた。
    ガミジンはドアの向こうへと去った彼女の背中を思い返し、ふと思った。
    風邪だとキスがしたい時にできないのは不便だ。
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