ぬいぐるみと木手甲斐「よし、出来た……」
ミシン糸の後始末をして、仕上がった洋服をしみじみと眺めた。オレンジ色をベースに色とりどりのハイビスカスが散りばめられた、小さな小さなアロハシャツ。
「えいちろ、できたかや~?みせて わんに みせて」
ミシン台の上で俺の作業を見守っていた小さないのちが、両手をぱたぱた、と動かしてはしゃぐ。彼の脚はお座りの姿勢で固定されているから歩くことは出来ない。片手でそっと柔らかなボディを持ち上げて、シャツをあてがってみた。
「夏らしくてイイ感じじゃないですか?」
「あぃ~ でーじかっこいい!きせて!きせて!」
着脱しやすいように、前のボタンは飾りにして裏地にスナップボタンを縫い付けた。柔らかいお手々に袖を通して、ぷち、ぷち、とスナップボタンを嵌める。うん、袖丈も着丈もピッタリだ。手鏡をかざして見せてやると、彼は「ワァ……!」と嬉しそうに笑った。
俺とこの子の出会いは数週間前。「人に寄り添うぬいぐるみ」というキャッチコピーに心惹かれて、気づけば店頭で購入し、家に連れて帰っていた。鼻が省略された愛らしい表情に、タオル地みたいなフワフワの手触り。片手にすっぽり収まってしまうサイズ感がとにかく可愛くて、俺はすぐ彼に夢中になった。
ぬいぐるみの甲斐クン、では呼び名が長いので、ぬいクンという名前で呼ぶことにした。枕元に置いて、寝る前は「にんじみそーれー」と話しかける。朝起きたら「うきみそーちー」と笑いかける。そのうちお洋服を作ってあげる様になった。元々服のデザインを考えるのが好きだし手先は器用な方だ。ワラバァの頃は妹の付き合いでお人形やぬいぐるみで遊んでいたものだから、俺にとってぬいぐるみの居る日常というのは特に違和感のあるものではなかった。そうして過ごしているうちに、ぬいクンにいのちが宿ったのだ。
「しかしキミが喋って動くようになるとは、さすがの俺も驚きましたねぇ……」
「であるよ わんもおどろいたさぁ」
「ぬいぐるみって、生きてるんですねぇ」
「よくわからんしが えいちろが たくさんはなしかけて かわいがってくれたから わんに いのちがやどった わんは そうかいしゃくしてるさぁ」
「解釈してるの?そう……。キミ、人間の甲斐クンよりお利口みたいだね」
「そりほどでも へへっ」
出来上がったばかりのアロハシャツが本当に良く似あっている。帽子が取れればもっとコーディネートの幅も広がるだろうが、頭と一体化してる帽子もまた可愛いものだ。一生取れない帽子、歩けないお座りの脚、こういう不自由さが不思議と人間の庇護欲を刺激するのだな――。
「……えいちろ?」
何だかちょっとムラッと来るものがあり、俺はおもむろにぬいクンを片手で持ち上げて、まぁるい帽子の頭をハムッ……と口に含んだ。
「わ~~~~っ!」
驚いたぬいクンが短い手足をバタバタさせてもがく。この非力さも愛しくて俺はさらにハム、ハム、と柔らかい生地を味わった。かわいいからこそ苛めたくなってしまう、キュートアグレッションというヤツである。
「えいちろ!たべないで!たべないで!」
人間の甲斐クンより数段甲高い声で、懸命にたべないで、と繰り返す。俺は頭を口に含んだまま「たべないたべない」とくぐもった声で応えた。
「えいしろ~~~~!!……何しとるんばぁ……?」
バァン!!と自室のドアを開けて甲斐クンが入って来た。この男、「俺の部屋に入る際はノックをするように」と十年近く言い聞かせて来たというのに学習能力が無い。俺はゆっくりとぬいクンを口から解放し、何事もなかったかのように甲斐クンに向き合った。
「……何か?」
「えっ何かってやこっちのセリフだば……。永四郎、そり、わんのぬいぐるみ……」
「たまたまね。たまたまこの子が俺の家に来たいと言うのでね」
「ゆくしよー! えいちろが わんのこと かわいいねぇって つれてきたのさぁ」
「はぁやぁ!喋った!」
人間の甲斐クンがぬいぐるみのぬいクンを見て目を丸くしている。仕方ない、この子が可愛くて連れ帰ったのは事実。俺はこれまでの経緯を甲斐クンにもわかるように丁寧に説明してやった。
「愛情かけてたら、喋って動くようになったのかや。ふ~ん」
「……あまり驚きませんねぇ」
「やんどー。わんも一緒だからや。な~!ぬい四郎♡」
「えっっ」
甲斐クンのTシャツの襟ぐりからヒョコッと顔を出すのは小さな俺。なんと、甲斐クンも俺と同じように、俺のぬいぐるみをお迎えして可愛がっていたという事ですか……ふ~ん……そうですか……。
「えいちろ~♡」
「かいくん♡」
「えっ」
ぬいクンは止める間もなく、ぬいぐるみの俺に向かってぴょーんと跳ねてギュッ!と抱きついた。二匹は抱き合ったままポトリ、と床に降りて、えいちろ♡かいくん♡と嬉しそうにじゃれ合い出した。
「ぬいクン……。俺が、えいちろなのに……」
少ししょんぼりした俺の表情を察したのか、ぬいぐるみの俺が横目でこちらを見てフフン、と笑う。この俺がぬいぐるみにマウントを取られる日が来ようとは……。
「すみませんねぇ ぬいは ぬいどうし なかよくするものですよ」
「くッ……」
「おれが にんげんのかいクンに たのんだのです このいえに ぬいぐるみのかいクンが いるはずですから つれていくように とね」
「甲斐クン、ぬいぐるみに命令されてここに来たんですか」
「だーるよ~。ぬいぐるみとはいえ永四郎だからよ、わん、逆らえないってワケ」
「そうですか……」
床で団子になって楽しそうに戯れる二匹をぼんやり眺める。なるほど、ぬいぐるみはぬいぐるみ同士仲良くするもの――そう言われるとそれが自然な事のように思える。とすれば、人間の俺と人間の甲斐クンは人間同士、この子たちの様に仲良くするべきなのか――。
「……甲斐クン」
「ん~?ぬーがよ永四郎」
「頭、口に含んでいいですか」
「えっ……フツーに、イヤやしが……」
「……だと思いました」