愛を込めて 天におられる我らが父よ
貴方の御名を心から褒めたたえます
貴方はこの幼子をかけがえのない宝としてこの世界に送り出してくださいました
この幼子の生涯を貴方の御手の内においてください
いついかなる時も貴方の護りがありますように
まろやかに膨らんだ頬を真っ赤に染めた愛らしい希望へ、神と牧師の祝福を。
この惑星に生を受けたこの子には厳しい生涯が待っているだろう。厳しく苦しい世界の中でも、母に抱かれ父に寄り添われた愛情を受けて、ささやかな幸福を愛しいと感じられる日々を送れますように。
灼熱の砂海を越えて辿り着いたのは、いくつかのプラントを有する中規模の町だった。比較的治安は安定しているが、憲兵の詰め所が忙しなく、保安官が着任して日が浅い程度にはトラブルに見舞われている。
だから、牧師もいなかった。
巡回牧師が滞在しているとどこで聞き付けたのか。この子に祝福を授けてくださいと、身形をきちんと整えた夫婦がウルフウッドを訪ねてきた。母親の腕には、生後1月に満たない赤ん坊が抱かれていた。
「ありがとうございます。どうか、この子が健やかに成長できますように」
「是非ともお礼を。ささやかですが、今日の夕飯をご馳走させてください」
「ほんなら、夕方にでも伺いますわ」
ウルフウッドの腕に抱かれた赤ん坊を母親の胸へそっと帰すと、小さな身体に見合わない大きなあくびをした。これは、結構な大物になるかもしれない。
家族を見送った後は、使用させてもらった教会の後片付けに入る。牧師がいなくなった教会は、住民の手で掃除はされていたが、やはり主がいないためにどこか寒々としていた。
「思いがけず飯代が浮いたわ。トンガリ抜きでご馳走になってくるか~」
あの人間台風がいたとなっては、絶対にトラブルを引き寄せるだろう。そうに決まっている。
赤ん坊がいる家庭に台風を放り込むなどできないので、ヴァッシュを放置して自分だけ夕飯に招かれよう。そう心に決めたウルフウッドが教会を出れば……世界は、様変わりしていたのだ。
「何やコレ?」
空に紙吹雪が舞い踊る。否、これは紙ではない。
かと言って、小型の砂蟲が大量繁殖している訳でもない。
雲一つない空を泳ぐかの如く、ひらひらと可憐に舞う。牧師服の肩に落ちて来たそれを一枚摘まむと、薄桃色の小さな花びらであると分かった。
大量の花弁が町中を覆い尽くさんばかりに吹雪いている。一体どうしてこんなことが起きているのかは、教会にやって来たトンガリが教えてくれた。いつもの赤いコートは着ておらず、腕には白い花を何本か抱えている。
「献児式は終わったかい」
「おう。トンガリ、何があったんや?」
「君を訪ねてきたあの夫婦、この町のプラント技師だったんだ。君を訪ねる前に、彼女たちに赤ちゃんを見せに行ったみたいで」
技師夫婦は、プラントたちにとても信頼されていた人物だったのだろう。愛する人間たちの、愛らしい赤ん坊を目にした天使たちが与えたお祝いの花吹雪だったのだ。
「彼女たち、赤ちゃんを目にしてテンションが上がったみたい。この花吹雪もそうだけど、あっちはもっとすげーぜ。たくさんの花がどんどん生産されて取り合いになってる。この花も貰って来ちゃった」
「こりゃ贅沢なお祝いやな。おんどれはこの花、知ってるか?」
「サクラっていう花だよ。極東に島国に咲くおめでたい花だって。実際に見るのは僕も初めてだ……はい、ウルフウッド」
ヴァッシュが抱えていた白い花束をウルフウッドに差し出した。
この花は知っている。孤児院の姉妹たちが読んでいた絵本にも書かれていた白い花は、確かマーガレットという名前だ。これも、テンションが上がったプラントたちが生産したのだろう。
5本のマーガレットを束ねた簡素な花束は、男に贈るにしては可愛すぎやしないだろうか。
「折角だから、おすそ分け」
「……男同士で花はきしょいで」
「そんなこと言うなよ! プラントたちがお祝いしてくれたんだぞ! 素直に受け取ってくれてもいいじゃないか」
祝福の桜吹雪は、人間を愛したプラントたちの歓喜の声だ。
ヴァッシュの姉たちが授けてくれたマーガレットの花束を、ウルフウッドは壊れ物に触れるかのように恐る恐る受け取った。ああ、やっぱり……普段は荷物の奥底で眠っている牧師服に、白い花はよく映える。
レムが教えてくれた。紅い花だけではなく、白い花も愛情に例えられる物がたくさんあると。
「……その花の花言葉は」
真実の友情/愛
貴方に会えたことが心からの喜びです―――