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    pixivにアップしてたの引っ込めたのでこちらに

    #DMC5

    過去ログ12ガツっと硬い小石を杖が突き、バランスを崩して痩躯の男が大きく体制を崩した。男が通ってきたレッドグレイブの市街には散り散りになったクリフォトの根が落ちている。体勢を立て直そうと地面を踏み鳴らしたが足場の悪い地面ではそれも叶わずに、膝から崩れ落ちるように転倒した。
    立ち上がろうにもタトゥーが刻まれた腕は砂が詰められたように重く、地面に擦り付けた額を持ち上げることにすら難儀した。無力感と倦怠感から苦しげな呻き声が溢れる。

    「おいおいVちゃん。そんなんでユリゼンをシバこうたって無理があんじゃねえのぉー?」

    軽薄そうな口を開いたのはVと呼ばれた男の頭上を羽ばたく一羽の鳥だ。
    猛禽類に似たその鳥は大きく、黒い羽は光に透けると青く輝いた。それだけであれば珍しい猛禽類の類だろう。だが、普通の鳥とは異なり三つの嘴を持っていた。そして人語を解して人間であるVと会話を成り立たせている。
    その鳥は誰が見ようとも悪魔だった。

    「グリフォン、少し黙っていろ……」

    顔近くを羽ばたいた、グリフォンと呼ばれた鳥型の悪魔を煩わしそうに杖で払う。だがその動きは緩慢でとても悪魔を倒すどころの話では無い。
    それはVもよく分かっていた。自分に残された時間も力ももう残されていないことも。痩せ細った肩が荒れた息と共に上下する。

    「なあ、Vちゃんそのチョーシじゃ無理だって。少し休もうぜ? あんまいい気はしねえだろうがネロの小僧やダンテちゃんが時間を稼いでくれる……だろ?」

    時間を稼いだところでそれも微々たる程度だ。ほんの少し、世界が滅ぶまでの猶予をカサ増ししたところでVが滅ぶまでの時間が稼げるわけでは決して無い。それはグリフォン自身も重々に理解しているはずだった。だが、それを理解した上で休むべきだと訴えかける。グリフォンはグリフォンなりにVを労っているのだ。
    それがVに通じたか否かまでは無表情なその横顔からは伺えない。やれやれと大げさにため息を吐けば、唐突にVの右手から杖を咥えて抜き去った。抜き去ると同時にVの懐へと潜り込み両足が勢い任せにVの胸を突き飛ばした。
    薄っぺらな胸を突き上げられた衝撃に濁った悲鳴が漏れる。
    それこそ骨折をしない程度に手加減をされてはいたようだが、ただでさえ弱り始めているVにその衝撃はそうとうなものだったに違いない。
    うつ伏せの姿勢から仰向けに倒されるともんどり打って咳き込んだ。乾いた咳を繰り返すVの胸へと足を下ろすと、器用に杖を咥えたまま嘲ってみせる。

    「従者を従えるだけの力もねえのにイキってんじゃねえよ」

    「どういう……つもりだ……」

    控えめというよりも感情が希薄なVの目に怒りが宿る。だが、その怒りを訴えることができるのは表情と声だけだ。怒りと屈辱に震える声を耳にしても全くたじろがないグリフォンを殴りつけることさえもできない。
    グリフォンの言う通りだった。今のVには従者を従えるだけの力ももう残っていない。だが、Vにはまだ残された従者はいる。少なくとも、グリフォンより忠実であろう二体が。

    「……来い」

    身体中に刻まれたタトゥーが綻び、宙へと浮かび上がる。浮かび上がったタトゥーは水に溶かしたインクのように蕩けて大型の獣の形を作り出した。
    鋭い牙が立ち並んだ口が大きく開き、地を震わせる咆哮を上げる。シャドウと呼ばれる大型の猫科に似た獣がVの顔を覗き込んだ。Vの指示を仰いでいるのだ。
    それを見て人知れずにVは安堵していた。まだシャドウはVを主人だという認識があることに。シャドウに見守られながらヨロヨロと立ち上がる。シャドウの従属の意志を確認すれば、Vの右手が静かに上げられた。バチンっと音を立てて指を鳴らすと黒い髪の毛の色が毛先から白く染まっていく。
    霜が生えたように白くなっていく髪と肌とは対照的にVの伏せた地面は黒い影に満ちていった。その影は脈を打ち、意志を持って蠢いていた。

    「マジかよ。もしかして楯突く奴には容赦しないタイプ?」

    Vを中心に広がっていった影の中から紫色の光彩が放たれた。光彩を放つコアを中心に歪な球体が現れた。手が生え足が生えたそれはグリフォンとシャドウと同じく悪魔だった。その二体と異なるのは無機物らしいということだろう。
    積み上げた岩に手足が生えたような悪魔の名前はナイトメアといった。その名に相応しい容姿と力を変え備えたそれはVに忠実に、グリフォンへと手を伸ばした。
    それに続いてシャドウがグリフォンへと牙を剝く。
    流石に分が悪いと感じたのか二体の不得意とする宙へと羽を広げて飛び上がった。

    「やれ……」

    掠れた声で指示を出せば、シャドウが振り向いてVの表情を見た。心なしかその表情は不安げだ。悪魔であっても仲間同士で争うことに抵抗があるのか。そんなことを考えながらも、Vはさらに指示を続けた。

    「構うな。貫け」

    シャドウより先に動いたのはナイトメアだった。振りかぶった腕の動きは巨体に見合って遅い。だがその一撃は重い。グリフォンのような小柄な悪魔であれば一撃でも致命傷になるだろう。だが、その腕はグリフォンを打ち付けなかった。外したのではない。その腕はグリフォンの前に突き出された。
    ナイトメアの胴に爪を立ててシャドウが駆け上る。肩まで登れば次はグリフォンへと突き出された腕をシャドウが駆け、助走を十分につけてしなやかに飛んだ。

    「シャドウ……?お前まで何を」

    Vが困惑したのも当然だ。シャドウはグリフォンを貫くどころか、柔らかな肉に噛みつくこともしなかった。それどころかバトンを受け取るように杖を咥え、Vから離れた場所に降り立ちこちらを伺う。
    グリフォンと違い、Vに牙を剥くことはなかったが紛うことない反抗だった。ナイトメアもVの意向に沿うことはなくただぼうっと佇んでいる。反抗もなければ従う意志もないようだ。

    「シャドウ」

    名を呼ばれれば困ったようにあたりをキョロキョロと首を振った。杖を返すべきかどうするべきなのか分からないようだ。
    もう一度名前を呼び、杖を返すように指示を出そうとしたVの声にグリフォンが声を重ねた。

    「まー、そうカリカリすんなよ。急いだところで俺たちがいなけりゃ何もできやしねえ。せいぜい痩せっぽっちで無力な体を休ませるんだな。詩人ちゃん」

    「くそっ……」

    忌々しげにグリフォンを睨め付ける。だが睨まれる程度、悪魔からすれば熱が入った視線で見つめられることにでも等しいのかも知れない。涼しげな態度でシャドウの頭に足をついた。
    確かにVは無力だ。グリフォンとシャドウ、それにナイトメアがいなければ何もできない。歯向かわれればそれこそVにできることなど何もなかった。
    ふらつく足の望むまま、その場にしゃがみこんだ。幸いにも座るにちょうどいい高さの瓦礫がある。そこに腰を下ろすと苛立ちに任せて髪をかきむしった。
    白く染まっていた髪が黒色に戻っていく。それに合わせてナイトメアの肉体も溶け、地面へと吸い込まれていった。
    乱れた呼吸も、辟易した肉体も何もかもにうんざりしていた。こうして弱りゆくことしかできない無力感にも。
    枯れ葉のように弱々しい腕にシャドウが頭をすり寄せた。グルル……と鳴る喉の音は甘えているのだろう。あるいはVへ反抗したことを謝っているのか。力なく振り払おうとも何度も何度も、シャドウは頭をVの腕へと擦り付けてきた。
    それさえも無視して本を開いたVの腕と脇腹の間に頭をねじ込んだ。
    見ればVの足元には杖が置かれている。

    「……なんだ」

    「猫ちゃんがごめんなさいだってよ。健気だねー」

    気だるそうにため息を吐いて本を閉じる。もういいと言いながらシャドウのマットな質感である肌を荒っぽく撫でた。頭を撫で、耳の付け根を撫で、頬を撫でて最後に顎の下を撫でる。
    Vが怒っていないことが分かればやっとほっとしたのだろう。目を細めてゴロゴロと喉を鳴らしてしきりにVの脇腹へと頭を擦りつけ始めた。到底、普段の凶悪さを知る者からは信じられない光景だろう。
    結局のところシャドウは裏切ったわけではないのだ。Vの身を案じただけなのだろう。グリフォンも口は悪いものの、Vを痛めつける目的で裏切ったのではない。それくらいは察することはできたが、無力さへの苛立ちばかりは癒えることはなかった。この無力感を恐れ憎悪していた記憶が心を逆なでする。

    「ほらよ」

    突如、真上から紙袋が落とされた。その紙袋は足を組んで座ったVの膝の上に乗った。薄茶色の紙袋の中には軽い何かが入っているようだが得体が知れない。薄気味悪そうに紙袋を落としたグリフォンへと視線を向けると、嘴を紙袋へと向けた。開けてみろとのことだ。
    渋々といった態度を隠そうともせずに紙袋を開けてみれば中に入っているのは、一枚のフィルムに包まれた5枚のビスケットと紙パックのカフェオレだ。軽食らしい軽食が入った紙袋を手にVはまたも困惑した。
    一体これをどうしろとと眉根を寄せながらグリフォンへと訴えた。

    「あーん?まさかビスケットとカフェオレも知らねえのか?世間知らずのお嬢さんよお」

    「誰が」

    「本ばっか読んでねえでちったあ物食って体力つけろってんだ。モヤシ」

    詩人ちゃん、お嬢さん、モヤシ。Vを罵倒するだけでここまでボキャブラリーを増やすグリフォンだったが、もはやVにはグリフォンをたしなめるだけの気力はなかった。いちいち訂正をするだけ無駄だということはよく分かっている。
    だが、物を口にしたところで失われつつある魔力を補完することはできない。肉体を保持する時間を延ばすことだってできないのだ。それだけに何かを口にするということは無意味に思え、紙袋をグリフォンへと突き返した。

    「返してこい」

    「やだね。まあ、食わねえってんなら構やしねえが……。 それはそうと、あっちで楽しそーに踊ってるパーティーガールにダンスホールはここだって教えてやったっていいんだぜ?」

    パーティーガールなんて可愛らしい名前が示すのは、耳障りな笑い声をひっきりなしに上げている悪魔のことだろう。ノーバディという名前すらまともに与えられなかった醜悪な悪魔。
    知能が低い悪魔の耐久力も攻撃力も読めない動きも侮れない。まともに従者を使役できない状態で現れたのであれば嬲られ、殺されるのは間違いない。
    一発触発という緊張感のある空気が乾いた風の中で張り詰める。結局折れたのはVだった。

    「最初っからそーすりゃあ……俺だって手荒な真似しなくて済んだのによお」

    Vの耳に届くか届かないかの小さな声で呟いた言葉にシャドウが首を傾けた
    全くその通りだと言わんばかりのシャドウの態度を横目で見れば、ため息混じりにビスケットのフィルムを剥がした。どこからグリフォンが仕入れてきたのか疑問はあるが、おおよそ人間の消えたレッドグレイブの街で構えたコーヒーショップか何処かから盗み出してきたのだろう。
    保存状態はいいらしくフィルムを剥がした先から、バターの香りが立ち上った。それにかすかにシナモンと林檎の香りも。
    指先で摘んでは裏返し、傷んではいないことを確認すると四角形のビスケットの端をかじる。硬い歯ごたえに眉根を寄せた。
    もしもこんな状況でさえなければ、風味豊かなバターの味と歯ごたえも美味しいと感じることができたのかも知れない。だが、追い込まれた状況では全く美味しいとは思えなかった。第一にシナモンの風味が強すぎて鼻の奥が痺れるようだった。
    駄目押しに倒壊した街中で、空っ風が吹く中で食べるせいでパサつく食感は一層口の中の水分を奪う。うまいともまずいとも口にはせず、無造作に噛み締め嚥下する。食事をとるというだけでうんざりした心地になってきた。ただでさえ辟易した肉体に怠さが募る。

    「Vちゃん、超不味そうに食うじゃん……」

    眉根を寄せ、ゆっくりと咀嚼するVの様子を見たグリフォンが呆れたように呟いた。時間をかけてようやく一枚のビスケットを食べ終えたVの肩にグリフォンが止まった。そんなにまずいのかよと2枚目のビスケットを取り出したVの指からビスケットを奪った。それを制する理由はVにはなかった。
    三つの嘴が外側に開き、中に潜んだ三つの舌がビスケットを捉えて口の中へと戻る。まるでイソギンチャクの捕食活動に似た動きを何の感情もない瞳で見ていれば、ごふっとグリフォンが噎せた。

    「ゲフっ……!ぉえッ!何これクソマズっ……!!」

    なんだ、とVの表情が和らいだ。本当にまずかったのかと微かに驚きも含まれる表情を浮かべて見せた。
    慌ただしく羽をバサつかせるグリフォンにすっともう一枚のビスケットを差し出した。食えと。

    「いらねえよ!ふざけんなクソっ!なーにがオススメの一品だってんだ!あんな店潰れっちまえ!」

    Vより余程グリフォンの方が舌に合わなかったのだろう。差し出したビスケットから逃げるようにVの反対側の肩へと飛び移った。

    「街のこの有様じゃ経営はもう難しいだろう」

    「あー、そうだな!いい気味だ!」

    盗んできたのは街角にあるコーヒーショップで、レジカウンター脇にオススメの一品だと手書きのPOPがかけられていたこと。荒れ果てたレッドグレイブの中で見つけられた数少ない食料であったこと。それを探すのにそこそこ骨を折ったなどグリフォンの口から饒舌に語られた。
    その一方的な会話に控えめにも黒い丸い手がVの腕を撫でた。爪ではなく肉球で腕を叩くような動きからして、そのビスケットに興味があるようだった。
    あるいはそんなに不味いというビスケットの消費を手伝いたいとでもいうのか。

    「やめとけ。不味いぞ」

    それでも、と健気にVの腕をポンポンと肉球が叩く。
    ここまでせがまれては拒むことはできなかった。半分にビスケットを割るとシャドウの口元にビスケットを差し出した。ザラついた分厚い舌がVの指ごと舐め上げてビスケットを舌に乗せた。舐め取るようにビスケットを口に含むと耳が後ろを向き、小さく唸り声を漏らした。やはりシャドウの口にも合わなかったようだ。長い尻尾が不機嫌そうに地面を叩く。

    「やはり駄目か」

    猫ちゃんかわいそー!とどこか嬉しそうにはしゃぐグリフォンの口に徐にVが残った半分のビスケットをねじ込んだ。
    ちょうど何か喋ろうとしていたのだろう。グリフォンは吐き出すこともままならず、咀嚼もなしにビスケットを嚥下する羽目になった。
    面白いほどに大きくむせ返り、羽を大きくはためかせた。口の中に残ったパサつくビスケットの味を振り払うかのように。

    「てめ……!V、ふざけんなよ……!」

    「さっきのお返しだ。これで水に流してやる」

    しれっとそう返せば、残った2枚のビスケットの始末に悩んだ。食べれないこともない。だが口にはしたくない。フィルムに包まれている状態ならまだしも封を切ってしまったものをニコに渡すのも憚れる。それはネロに対しても同じだ。
    紙袋に残ったままの紙パックのカフェオレを手に取った。ストローを指すと口に残ったパサつきは潤う。だが、カフェオレは想像以上に甘ったるく、パサつきの代わりにチープな甘さを口の中に残した。だがパサつくよりかは幾分マシだった。
    潤った分、ビスケットを不味そうに齧る姿を見てカフェオレもハズレってとことかと目星をつけたグリフォンが吐き捨てた。
    砂糖の入った汚泥のようなカフェオレに、パサパサのシナモンが効きすぎたビスケット。最悪の組み合わせだったがVにしてみれば自分に相応しい食事だとさえも思えた。
    罪なき人間の命を何の躊躇いもなしに刈り取った傲慢さと罪を悔いる中で、まともな食事にありつこうとは決して望まない。
    そんなVの心境を見越したのだろう。結果的に不味い食事にありつく惨事になったが、少しでもまともなものを口にして貰えればというグリフォンの行為はVの胸の痛みを多少なりと和らげた。
    それに僅かながら体力は回復したように思えた。青白い顔色も多少は血色が良くなったように伺える。
    残された最後の一枚をVが半分に割った。半分はVが、もう半分は何の迷いも見せずにグリフォンへと向けられる。

    「いらねーっつってんだろ!自分で食えよ!V!」

    「持ってきたお前に一番の責がある。食え。じゃないと一枚丸ごと食わせるぞ」

    ビスケットを近づけるだけで嫌がって後ろに下がるグリフォンに追い打ちをかける。どうやって食わせるつもりだと嘲ければ、シャドウがVの意図を汲んで身を低く構えていた。猛獣によく似た咆哮を上げたシャドウの背中から鋭いトゲが伸び、グリフォンへと向けられる。

    「きったねぇぞ!オイ!」

    ジリジリとシャドウがホバリングするグリフォンへと間合いを詰める。Vからビスケットを受け取らなければひどい目に遭わせる気は満々のようだった。
    さらにVは本を開き、ページへと視線を下ろしている。ナイトメアまで召喚するつもりなのだろう。グリフォンは張り詰めた空気を羽毛に感じていた。

    「やっぱVちゃん怒ってんじゃん」

    「黙って食え。食ったらもう行くぞ」

    嫌そうにビスケットから視線を外しながらグリフォンは爪でビスケットを受け取った。グリフォンより先にVが無造作に口へとビスケットをねじ込んだ。パサついた食感も、いい加減舌まで痺れ始めたシナモンの味にも頭痛がするようだった。最後にパサつきを忘れるように甘ったるいのに薄いカフェオレで喉を潤した。
    いやいやビスケットを嚥下するグリフォンを見届けると、今度は数枚のコインを袂から取り出しグリフォンの爪に握らせた。
    ビスケットとカフェオレ代だ。

    「えー……これ置いてこなきゃダメぇ?こんなくっそ不味いのに?」

    不味かろうと美味かろうと支払いには義務が生じる。さっさと置いてこいと杖でグリフォンが来たであろう道を指した。
    少なくともこの金銭も決して綺麗なルートを辿って手にしたものではない。だがそれはそれ。これはこれだと割り切った態度でグリフォンを嗜めるとコーヒーショップへと向かわせた。
    そのコーヒーショップの腕の悪いマスターは戻ってくることはないかもしれない。
    自分でも整理がつかない変化をVは感じていた。その影響が誰からのものなのか見当もつかないが、その変化を心地いいものとしてVは受け入れていた。

    「他人の苦しみを見て悲しまずにはいられようか……。他人の嘆きを見て救わずにはいられようか」

    随分と昔に読んだウィリアム・ブレイクの詩が口をついた。
    この詩を読んだ頃のバージルは、一体何を感じたのか。
    それはもう思い出すことはできなかったが、今思い出したことに何か意味があるような気がして瞼を伏せた。
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    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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