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    pixivにアップしてたの引っ込めたのでこちらに

    #Bloodborne

    過去ログ14「私には何もありません」

    彼女が誰なのか、決して自分には知り得ないものなのだろう。
    薄い陶器で作られた繊細な瞼を閉じ、ガラスの網膜に焼き付いた影を思い描く。
    その姿は自分によく似ていた。まるで鏡に映った自分自身のように、灰色の髪も白い肌も、睫毛に縁取られた薄氷のような淡い碧眼も。
    いいや、彼女の影が自分なのだろう。彼女が自身の獲物で腹部を貫いた、その時に噴き上がった赤い鮮血は生命そのものだった。滴る生命は火柱を上げて轟々と燃え盛る。自分は生きているのだと主張するように。
    何よりも、気高く誰にも落とせはしない蝶のような優雅さと高潔さを備えていた。そう、人形であり名前も持たぬ自分には決して持ち得ぬものだ。
    生命は炎となって輝く。胸に抱く高潔さは輝く瞳が物語る。

    「でも、一つだけ。私の中に答えのない疑問が生まれました」

    革の手袋に包まれた細い腕が、体勢を崩した狩人の胸を貫いた。
    分厚い革に包まれた指先が肉を掻き分け、内臓を弄る。
    凍えた指先では火傷をしてしまいそうなくらいに熱く、また酷く心地が良かった。腕をねじ込んだ、彼の胸の傷から噴き出す血の香りは咽るほど鉄臭い。しかし、その中に何かを嗅ぎ取った。
    幼い頃に何度も読んだ、大切な本のページを開いたような。懐かしくも首を絞められているような罪悪感にも似た何か。久しく忘れてしまっていたことを責めるかのように過去の残り香は真綿のように首を優しく締め上げる。

    「狩人様。私は」

    時計の針が時を刻む音が聞こえた。歯車がギリギリと軋んだ音を立てながら刻む規則正しい音は何処から聞こえているのか。
    球体関節人形の体の中で刻んでいるのだろうか。遠くに耳を澄ませても何も聞こえることはない。
    しかし、その音の在りかに確信を抱くことはできなかった。
    そのことに何処か、失望を感じながら装飾が施された狩装束の裾が旗めいた。翻すコートの裾を彩るように赤い飛沫が宙に浮かぶ。
    ルビーの宝石よりも輝かしく、艶やかな艶を放つそれは生臭い。そして何れ、酸素に触れて赤黒く錆びていくのだ。
    かつての古狩人のように染みだけを残して消えていく。
    赤黒く染まった右腕には、未だ脈を打つ拳大の心臓が握られていた。引き千切れなかった動脈と静脈が、未練がましく脈打つ原石のような心臓の後を追って糸を引く。だが、細かな血管は既に千切れたのだろう。濁流のような血が天上へと噴き上がり、雨のように時計塔の一帯に降り注いだ。降り注いだ血の雨で灯された蝋燭の炎が消える。時計塔の歯車の間から差す白銀の陽光だけが狩人の今際を照らし上げていた。
    胸を引き裂かれ、心臓を引きずり出された狩人が血を吐いた。口元を覆う褐色の布に真っ黒な血の染みが広がっていく。
    同時に右手に握っていた鋸鉈がガランと虚しい音を立てて床へと転がった。血溜まりの中に幾重にも血を吸った刃が沈む。血で濡れた狩人帽の下の瞳は内臓に与えられたショックで瞳孔が開ききっていた。しかし、まだ彼は生きているのだ。
    狩人は意思を失ってはいない。……生きる意思を。
    即ち、目前の敵を狩ることを諦めてはいない。それを証明するように黒い革に包まれた両腕が自身の首元へと伸ばされた。長くは持たないことを理解した上で首をへし折ろうとでも言うのだろうか。血塗れた意思の中に満ちた殺意が胸に刺さるのを感じた。
    その強かな意思の強さに愛おしさを感じて、初めて口元が優しく綻んだ。寒々しかった筈の胸の中を、春の木漏れ日のような穏やかな暖かさが満ちていく。
    子を見つめる母親のような優しげな笑みを浮かべながら、右腕に残った力強く脈打つ心臓を握り潰した。
    筋肉で構成された心臓は固く、とても熱かった。
    生命そのものである心臓は一片の肉片の塊となり、破裂音を立てて砕けた。
    白い頬に爆ぜた血と肉片を浴びながら男の体を優しく抱き寄せる。その体は温かい。
    心臓を潰されたのだ。そのショックで立ち所に意識を失ったのだろう。しかしまだ、僅かににその胸は上下している。さらには聞き取れぬ程小さな声で何かを呟いていた。
    恨み言か、あるいは悔恨か。または呪詛か。
    しかし、何を語るでも構いはしなかった。彼はまた戻ってくる。この血の染みが乾かぬ内に時計塔へと戻り、次には自分を狩るのだろう。

    ひどく穏やかな心地だった。
    うたた寝から目を覚ましたように、半ば微睡むような穏やかな空気に包まれる。しかしそれは錯覚だ。遠くからは心が折れた過去の狩人たちの咽ぶような啜り泣きが聞こえる。月に支配された夜空は星も瞬くこともない、青白い月光に照らされているのだ。その中に一人の狩人が立っていた。
    その右手には先ほど手放してしまった鋸鉈が握られていた。

    「何故、貴方を殺してしまったのでしょうか」
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    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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