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    pixivにアップしてたの引っ込めたのでこちらに

    #Bloodborne

    過去ログ19花が咲き乱れ、名称も定かではない植物の蔦が外壁に伝う。木葉は緑色に染まり、艶々と輝き生命力に溢れているというのに、この場所は生気が一切感じられない。まさしく夢と呼ぶのにふさわしいのだろう。どこか夢見心地で現実味がないこの場所に一体の人形が佇んでいた。
    生命力のない硝子の瞳の色は薄く、どこを見据えているか分からないほどに儚げだった。
    陶器で作られた球体人形が夢へと戻った狩人に向かい合う。灰色がかったブロンドが何処からか靡く風に揺れた。

    狩人より幾分高い位置にあるその顔はあまりにも整い過ぎていた。人間味を削ぎ落としたように美しい顔を見つめていれば恭しく、人形が首を下げた。

    「お帰りなさい。狩人様。」

    ただの人形ではない。名前を持たない彼女の声は小鳥のように小さく可憐だった。人間のように嗜好を持つこともなく、ただ狩人の世話をするためだけに夢に用意された舞台装置に過ぎない彼女に狩人はどんな感情を抱いたというのだろうか。
    憐憫か、情か。定かではない感情のままにそっと彼女の冷たい右掌を両手で包んだ。現世では血に濡れていた狩人装束のコートも手袋も、ここでは全てが乾き清められる。コートのポケットの中で小瓶を握った。小さなスミレの絵が描かれたラベルにはperfumeと文字が刻まれている。ニオイスミレが微かに香ったその瓶を彼女へと差し出した。両手で包み込んだ小瓶の縁が月の光に当てられて瞬く。

    「ありがとうございます。 しかし、狩人様。これは……なんでしょうか」

    やはり彼女は香水を知らなかった。この夢の中に嗜好品らしいものは全くと言っていいほどに存在していなかった。使者が水盆から顔を覗かせて物を握っていることはあれど、彼女が好みそうなものは何一つここにはなかった。
    だからこそ彼女に手渡したい。そんな健気な恋心を寄せているかのように夢へとこれを持ち出したのだ。この瓶が香りが、夢に向かうまでの間に消え失せなかったことが喜ばしい。血で肌を汚すのを避ける為に纏う、狩人帽と口元を隠す布の下で顔が綻ぶのを隠せないまま、これが何であるかを語った。手首に香水をふくまれたハンカチを押し付け、香りを移すものだと。そしてそれは彼女への贈り物であると。
    それを聞いても人形である彼女の表情は変わることはない。新雪のように静かな声音に喜びが含まれることもない。しかしそのことに狩人は気を落とすことはなかった。
    向こうが見えるほどに繊細なレースのハンカチを取り出せば小瓶のつまみを持ち上げて一滴、二滴、と琥珀色の其れを染み込ませる。手を握っても?と聞けば、彼女は折れそうなほどに細い右手を狩人へとすんなりと差し出した。優しく指を握って引き寄せれば、彼女の細い手首にハンカチを慎重に押し付ける。
    濃く香るニオイスミレはほんの一瞬だけ手首に触れただけだというのに、しっかりとその香りは彼女の肌に移り、淡い花の蜜の香りが柔らかく立ち上った。

    香水瓶から漂ったスミレの匂いと全く差異のない、純粋な花の蜜の香り。体温や体臭を持たない陶器の肌故、その香りに一切の不純を感じさせることはなかった。
    彼女が人形であることは理解をしていた。そのはずなのにそのことに唐突な喪失感を覚えた。足元の地面が揺れるような感覚を堪えながら、彼女の掌に小さなハンカチを握らせる。
    もしも、彼女が陶器で作られた人形ではなく死体であればまだその香りは変わっただろうか。
    時計の針が刻む音ばかりが響く孤独に寂れた部屋で、人形のように椅子に身を横たえていたときのようであれば。気高く刃を翻し、轟々燃え盛る炎の中に身を投じてさえゾッとするほど美しい彼女であれば。この不純のないスミレの香りに含みを持たせることがあったのだろうか。妖しく甘く、胸をざわつかせる肉欲を掻き立てる芳香が肺を満たすことがあったのだろうか。しかし彼女もまた微かな残留を残すことなく悪夢の中に立ち消えた。肉体も魂も。彼女の写し身であるこの人形を除いて。

    「狩人様」

    その声に現実へと呼び戻された。ここが夢であることに違いはないが、ここで目覚める狩人にとってここもまた一つの現実に過ぎない。

    「私が人形だからでしょうか。貴方を失望させてしまったようですね」

    申し訳ありませんと頭を深々と下げるのはそうするべきだと刷り込まれているからなのか。そこに彼女の意思があるのかさえ分かりはしない。謝罪を述べる言葉さえ、淡々と何の感情が込められていなかった。
    背負った銃を抜き、彼女に銃口を向けても何の感情を見せることはないのだろう。
    恐怖もなく。あるがままに向けられた銃口を、体を穿った銀弾を受け入れるだけなのだろう。それが無性に悲しい。帽子を深くかぶり直し表情を隠せば小さく首を左右に振る。勝手に期待を寄せて勝手に失望して、彼女が人形であってもこんな手前勝手が許されるはずもない。取り繕おうと言葉と態度を探すも、彼女の陶器の心を満たすものを自分が持ち得ている筈もなかった。

    「私は人形です。作られた身に過ぎない存在です。ですが……」

    人形がスミレの蜜が香るハンカチを両手で包み込んだ。朝焼けのような紫色の花を彼女は知らないだろう。しかしその花を愛しいと感じているかのように、愛しげにハンカチを握りしめ目蓋を閉じた。繊細な長い睫毛が小さく震える。

    「香るこの花を好きになれると感じた、この気持ちはきっと本物でしょう」

    冷たさえ感じるような無機質な表情は変わらない。声音もだ。
    だが、語る言葉は本心そのものなのだろう。それだけで冷え切った夜の冷たさに充てられた心が解れていく。
    檻のように人形を囲む花が一面に咲いている。だがその花々より彼女の心に残る一輪の花を手渡すことができた予感に、頬が緩んでしまうのを感じた。

    「娼婦の匂いと好まぬ方も多いけれど。こんな夜ですもの。少しは気晴らしになると思うわ。 ……それとも、ニオイスミレの匂いはお嫌い?」

    形の良いふっくらとした唇は青ざめている。だが、それでもと笑みを浮かべながらアリアンナがアデーラの傍に蹲み込んだ。貧血を起こしたように頭が重く、まともに立っていられなくなったアデーラを気遣ったのだろう。小さな香水瓶を傾ければ中に入った琥珀色の香料が揺れ動いた。
    その香水は先ほど、狩人に全く同じものを手渡していたのをアデーラは知っていた。気分が優れないときや死臭が耐え難い時に役に立てばと、それらしいことを言いながらアリアンナは半ば強引に狩人へと手渡していたのだ。

    穢らわしい血だけでは飽き足らず肉体まで彼女は狩人を侵そうとしている。不愉快で下劣な筈の女は、こうして聖女であるアデーラにも救いの手を差し出していた。きめ細かく真っ白な肌はツヤがある。大きく胸元が開き、肉感のある乳房の谷間を見せつけるようなドレスさえ上品に着こなしている彼女からは、やはりスミレの香りがふわりと香った。
    ぞわっと肌が粟立つような妙に色香のある香りだ。胸の奥を擽って、眠っているマグマを揺り起こすような蠱惑的な甘い香りは彼女の体温と体臭を含んだ為だろう。
    聖女であるアデーラであっても腰に疼きを覚えるような女だ。狩人にどう取り入ろうとしているのかを思えば、狩人への恋心を差し置いて燃え盛る怒りがこみ上げた。
    誰もが魅了される香りを立ち上らせる細い首を両手で握り潰してしまいたい。柔らかく綺麗な髪の毛を掴んで地面に叩きつけてやりたい。ドス黒く腐った腹の中にナイフを突き入れて内臓を引きずり出してやりたい。そんな怒り任せの憎悪に身を焦がしながら必死に押しとどめる。
    自分は優れた聖女なのだとそう何度も自分に言い聞かせながら、にこりと小さく清楚な笑みを顔に浮かべて見せた。

    「感謝いたします」

    ただ一言そう告げれば、忌々しいカインハーストの娼婦の施しを受け入れた。彼女の自己満足に近い気遣いを受けることが品行方正であると、香水が染み込んだハンカチを手首に当てがわれ離れる瞬間まで息を詰まらせていた。その香りを肺に吸い込んではいけないと。

    「あら。やはり聖女様だからかしら?私のとは違う、可愛らしい香りになったわ」

    嗅いでみてと無邪気な笑みを浮かべてアリアンナがアデーラの手首を掴んだ。柔らかい指の腹はアデーラの手首を優しく撫でる。その指のどこか焦れた動きにアデーラの指がピクリと神経質に跳ね上がった。その際に吸い込んだスミレの香りは、確かにアリアンナから漂ったものとは違う、どこか作り物めいた花弁の香りがした。色香もないただ形だけ似せて作られた安っぽい花の香り。それが自分から香ったものだと知れば怒りより、動揺が走った。何故、と叫び出したくなる衝動さえ喉が詰まって声にならない。代わりに顔が真っ赤に火照り、わなわなと唇の端が震えだすのを感じた。

    「申し訳ないのですが、体調が優れませんので……」

    アリアンナの手を振り解き握られた手首を押さえ込む。眦が吊り上がることは自分でもよく分かっていた。いかに表情が怒りで歪んでいるかを知っていながらアリアンナの顔を睨め付けることを止めることができなかった。
    その表情は蝋燭の灯りのみの暗い教会で伺えなかっただろうか。アリアンナはアデーラの態度に不快を示す様子もなく、笑みを崩すことなくアデーラの額に浮いた汗を指で拭った。その母親のような仕草をぱしんと音を立てて振り払い、明確な拒絶を示した。

    「ごめんなさい。お節介が過ぎたわ」

    くすりと悪戯っぽい笑みを零せばゆっくりと立ち上がり、先ほどまで腰をかけていた椅子へと戻っていく。彼女もまた体調が優れないのだろうか。足取りは重たく時折苦しげに咳を繰り返していた。
    しかしそこに残された香水の香りは、甘く魅力を失うことはなかった。
    鼻腔を擽るのは自身の手首から香る嘘めいた花の香りとは全く異なる匂いだ。

    「だから……嫌いなのよ」

    スミレの匂いも美しい顔も肌も、切り刻んでしまえばそれまで。
    そう脳裏に過った憎悪の衝動はスミレの香りが消える頃にも収まることはなかった。まるで誰かにその怒りの炎に薪を焼べられているかのように。囂々と。延々と。

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    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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