Making Love「イサミ―!」
食堂内にヒビキの咎めを含む声が反響し、スミスの隣で食事中であったイサミがびくりと肩を竦めた。
「Hey,ヒビキ。どうかしたのか?」
即座に標的を認め、勢いよく駆け寄ってくる彼女からイサミを背中に庇うようにして立ち上がり、スミスが声を掛ける。第一声は叱り声であったが、スミスの目前で脚を止めた彼女は呆れた表情をしている。怒っている、という訳ではないようだ。
「スミス、これ見てよ」
「?」
ヒビキは自身が右手に持っていた物体を差し出した。全体が黒色で統一されている、何の変哲もない一本のボールペンである。
〝これ〟がどうして先程の大声に繋がるのか。理解が出来ずにヒビキへ問いかけようとしたスミスであるが、ヒビキがもう片方の手で指差したボールペンのクリップ部分を見た瞬間、スミスは全てを理解するのであった。
――クリップ部分を装飾しているのは、ブレイバーンのエンブレムのロゴである。
ブレイバーンがビルドバーンで作り出した物、例えばイサミとスミスが使用したボクシングのシューズや、その後の打ち上げで使用していたカップなどにあしらわれていたロゴである。しかし、ヒビキが持つボールペンを作った記憶はスミスにはない。
そして、ビルドバーンを使える人間は二人しかいない。
「イサミ?」
庇っていた背後を振り返ると、再び肩を揺らしたイサミの視線が逸らされる。但し、スミスのシャツは掴んだままで。
「……ヒビキが、ボールペンが欲しいって言ったから」
「だからって、安直に使うなって隊長に何回も言われてるじゃん!」
「安直じゃない。あの時は、備品を探すに行くよりブレイバーンの部屋の方が近かった。その方が効率的だ」
「イーサーミ―?」
スミスの横からイサミを覗き込むヒビキと、スミスの背後でより強くスミスのシャツを握り締めるイサミ。
彼らの兄妹――否、姉弟喧嘩のようなやり取りは暫く続く事となるのだが、その場に居合わせてしまったヒロ曰く。
「スミスの奴、イサミに頼られてるからって良い笑顔してたよ」
――とのことであった。
***
「すみす?」
鳶色に涙の膜を張った双眸に見上げられながら、スミスは昼間の出来事を思い出していた。
ブレイバーンの姿での死を迎えたスミスはエメラルド色の双眸という、ただの人間だった頃とは違う要素を持って生還した。
一方、バーンブレイブビッグバーンから人間の姿に戻ったイサミであるが、彼に一見の変化は発生しなかった。髪が伸びるという現象は発生したものの、切った後は正常な伸び方をしており、勇気融合合身をしない限りは発生しない事象である。
ほっと皆が胸をなでおろしたのもつかの間、発覚した彼に訪れていた変化は『ビルドバーンの使用が可能』となっている事実であった。
その後に調査が何度も行われていたが、イサミとスミス以外の人間には使用不可であるという結論が導き出されている。
『ビルドバーンの製造者はブレイバーンさんなので、ブレイバーン以外には使用出来ないんでしょうね』
端的にミユがまとめた結論に対して、元ATFメンバー達は即座に理解するのであった。
しかし、スミスは一度もビルドバーンを使用したことない。デスドライヴズ達との戦いの最中のような物資不足は解消しており、新たな武器を使う必要性もないからだ。
一方で、イサミは頻繁にビルドバーンを使用していた。出家騒動の際の茶室が際たる例であるが、ヒビキに渡したボールペンのように、細々とした物も作り出しているのである。
(新しいおもちゃを貰った子供みたいで可愛い)
ビルドバーンという特殊な製造機に関して頭を悩ませている上層部には申し訳ないと思いつつ、スミスはそのようにイサミを見ていた。大仰なものは茶室関係で、以降は掌に納まるサイズの小物ばかりを生み出している彼がとても可愛らしいと。
――掌に収まるサイズの小物ばかり、である。
(でも、イサミ、そんな、これは!?)
スミスは手元の開封したばかりのコンドームを凝視していた。
正しくは、その先端部分に印字されているロゴを。
自身がデザインしたブレイバーンのエンブレムのロゴを。
昼間のボールペンと同じく、スミスには作った覚えがないアイテムである。そうなると、答えはやはり一つしかない。
イサミがビルドバーンで作り出したのだと。
先日のハワイ海岸での騒動から日は浅く、元ATFのメンバー達――特に、騒動の中心であるイサミとスミスは外出を厳しく制限されている。買い物に出かけるのも以ての外であり、前回の逢瀬の際にはコンドームが途中でなくなってしまった。最後は抜き合いで終わったのも事実だ。
その際、イサミが切なそうな顔をしていたことをはっきりとスミスは覚えている。しかし、セーフティセックスはスミスにとって絶対であった。イサミに負担を掛けてはいけないと。
「スミス」
根本であればまだ見て見ぬ振りが出来たが、先端部分ではどうしようもない。
そもそも、イサミがビルドバーンで生み出すアイテム全てにロゴがあしらわれているのだが、イサミが意図的に付けている訳ではないという言質も取れている。
「おい、スミス?」
だから、自分は何も気づかないふりをするのがベストなのでは――とスミスが必死に頭を働かせていると。
「いつまで固まってんだよ!」
「イ、イサミ!?」
蕩けていた声は芯を取り戻し、スミスの下から起き上がったイサミが逆に彼に馬乗りになるのであった。スミスが手にしていたコンドームを奪い取りつつ。
「入手経路が確保できなかったんだ。寧ろ、今までの俺の行動の中では一番理に適ってるんじゃないか?」
「イサミ、君、分かって」
「当然だろ。事前に確認はする。本番で使えなかったらどうするんだ」
前みたいな終わり方は困る、とイサミは至って真剣な表情であった。
慌てふためくスミスに対して、あまりにも冷静である。
「スミス」
そして、ロゴが印刷されている先端部を摘まみ、伸ばしながらイサミはスミスを改めて誘うのであった。
「ブレイバーンと一緒に、俺の中に入れてくれよ、スミス」
表情は変えず、耳から首まですべてを真っ赤に染め上げながら。