生命生まれてこなきゃよかったんだよね。
まず俺。それから親父。お袋もだ。
クサヴァーさんだって生まれてこなかったら辛い思いをすることもなかった。
みんなみんな、生まれてこなきゃよかったんだよ。
生まれてこなかったことにすることはできないから、せめてこれから、生まれてこないようにするしかない。
視線を感じ、目線を上げると、怖い顔つきのお兄さんがいた。街で見かけたらまだ遠いうちに横道に入るとかして会わないようにするんだが、ここではそうもいかない。この島特有の巨大樹が群生する森に滞在させられている。
「企みごとか? 読書がはかどってねぇようだが」
「もう何度も読んだからね」
開いていた本を閉じる。できれば近くにいてほしくない相手ではあるが、あまりにもすることがないので、話してみることにする。
「リヴァイはさぁ、何で生まれてきたんだと思う?」
「あ? んなこと考えたこともねぇに決まってるだろ」
うわ。怖い。顔が怖いし目が怖い。嘘偽りなく考えたことがないんだろうな。そんな気がする。生まれてこなきゃよかったというような悩みを抱いたこともないんだろう。それはとても、幸せなことだ。
「考えたことはねぇが、昔、こんなことを言った奴がいた」
リヴァイが昔語りする。
「生まれてきたことに、意味なんかねぇんじゃねぇかと。どんなに夢や、希望を持っていても、幸福な人生を送ることができたとしても、人はいずれ死ぬんだからと」
ここまでは頷ける考え方だった。
「だけど、そんな人生に意味を持たせるのが後に続く奴なんだと。死ぬ奴は、生きている奴に意味を託すんだと」
これには同意できない。「興味深いな」と答えておく。
「そいつは獣の巨人とかいうクソ巨人が投げた石が当たって腹に穴が開き、それがもとで死んだよ」
ああ、あの時か。思い当たるふしはある。
そいつの人生に意味を持たせるために、リヴァイは戦い続けてるってことかな。
死んでも、生きているというわけか。まだ生きている人の心の中で。
罪な男だねぇ。
しかし、ここは神妙な顔をするしかない。
「既に話したとは思うが、俺はマーレの戦士として信用されなければならなかったんだ」
だからあの時も石を投げ、調査兵団を大量に死なす必要があったと暗に示す。これは決して嘘ではない。マーレに信用されなければならなかったのは事実だ。だがエルディア人を少しずつでも減らせることに、意義を見出してもいた。
「それで、てめぇは何のために生まれてきたんだ」
「決まってるじゃないか。エルディア人の救済だ」
リヴァイはあからさまに嫌そうな顔をする。
「ほう? その割には」
大勢殺した。そう言いたいのだろう。
分かってないな。確かに殺したかもしれない。だがそれは、救うためだ。死は、救いだ。そもそも生まれてきたことが罪だ。生きている限り罪を重ね続ける。エルディア人、正確に言うとユミルの民というやつは。死は罪から解放される唯一の手立てだ。生まれてこないのが一番だったが、生まれてきてしまったから、俺が終わらせてやるんだ。それがユミルの民の救済であり解放なんだ。
俺の脊髄液を何らかの形で摂取したユミルの民は無垢の巨人となる。九つの巨人を食わない限り元の姿には戻れないのでこれは死に等しい。つまり、罪からの解放だ。俺は彼らに心の中で声をかける。よかったね、君はこれで救われた。
俺もいっそ誰かに殺されたいくらいだよ。
「しかしリヴァイも、よくやるな。今も俺を殺したくてたまらないという顔をしているのに、監視役に徹してる。お役目ご苦労さん。あ、楽しみは最後にとっておくタイプなんだったな」
いっそう殺気が強まった。
まあ、殺されてやったって、いいんだけどね。こんな命、惜しくもなんともない。だけど、その前にやらなきゃいけないことがあるから。全エルディア人の救済を、やり遂げなきゃならないから。