職権濫用もいいところだぞ「297番さん、診察室へどうぞ」
番号を呼ばれて立ち上がり、一歩進んだところで鞄を持っていないことに気がついて中待合のソファを振り返る。大きな体の背を曲げてふらふらと診察室のドアへと向かった。部屋の中はクリーム色の壁紙、木製の机と椅子、それから白衣を着ていない医者らしき男がひとり。
「どうぞ、お掛けください」
「はい……」
「確認のため、お名前を教えてください」
「蘆屋…道満です」
小さくぽつりぽつりと話す様子に加え、長い髪が表情を隠してまるで幽鬼のようである。それもそのはず、蘆屋道満は病んでいた。職場でぶっ倒れ救急搬送され、目が覚めたら点滴に繋がれていたので職場に戻りたいと医師に訴えたところ「心療内科に今すぐ行きなさい」と紹介状を握らされた上ドクターストップを告げられたのが早朝、そして今は昼前である。
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