愛しいヒト「ただいま戻りましたよ」
千切れた右腕を掲げ軽く左右に振って笑顔を向けると、本から顔を上げた観測者の表情が一気に青ざめる。鼻から溢れ出てくる血を舌で舐めあげるのと、観測者が本を投げ捨てて飛んできたのはほぼ同時だった。怒りや悲しみに満ちた瞳は動揺で焦点がうまく合わないのか、かすかに揺れている。
「う、腕、腕が……なんで……」
「ここへ来る途中に少し。すぐに再生しないなんて、人間の体は不便ですね」
力なく垂れ下がる右手の中指を摘み上げ、ぷらぷらと振ってみる。繋がっていればちょうど肘であろう切断口から血液と肉片が飛び散った。千切れた直後は暖かかった肉片も、時間が経った今ではすっかり冷たくなっている。
「新鮮ではなくなってしまいましたが、差し上げましょうか? 貴方の頭を何度も撫でた、貴方の大好きな手ですよ」
じっとこちらを睨みつけてくる鳥に腕だった白いものを差し出すと、全身の毛を逆立てて威嚇し、どこかへ飛び去ってしまった。ずいぶんグルメな鳥だ。
「……やめてくれ」
観測者の手が腕だったものを掴む。その目は涙で濡れ、掴んだ手も力なく震えている。
「どうしてです? 僕は貴方の知る『ノートン』じゃないんでしょう?」
「だからだ。やめてくれ……これ以上その体を傷つけないでくれ」
「ふふ、それはつまり、僕の身も案じてくれているということですね。嬉しいです」
「それはお前のものじゃない!」
体がぶるぶると震え、目には涙を溜めている。混ぜ合わさった複雑な感情に飲まれそうになりながらこちらを睨みつけ、必死に気を保とうとしている彼が愛しく感じて、震えている唇にキスを落とした。血に汚れた額を合わせ、見開かれた青い瞳を真っ直ぐ見つめる。
「いいえ、今は僕のものです。僕がいなければ、この体は腹を空かせた薄汚い野犬に貪られていたか、いい趣味をした人間のおもちゃにでもなっていたことでしょう。記憶だって消さずに引き継いであげたじゃないですか。貴方だって会いたがっていたでしょう?」
左腕を彼の腰にまわして引き寄せ、密着する。もう拒絶する気も起きないのか、観測者は力なくされるがままだ。瞳からこぼれた涙を舌ですくい取ると、彼の体がびくりと震えた。
「今は僕がパッチ。ノートン・キャンベルです」
「…………もう、いいから……おとなしく、治療を受けてくれ」
「治療より、僕はこちらがいいです」
ゆっくりと観測者の唇にキスをし、舌を伸ばした。体を震わせ逃げようとする彼の腰を強く引き寄せ、彼の舌を追いかける。生暖かくぬめぬめとした彼の舌と唾液を舐め上げれば、彼はゆっくりと答えてくれた。口内を舐め、舌を吸って解放してやると、息を荒げ高揚した顔がそこにあった。彼の下半身もすでに反応している。
「かわいそうなイライさん。なんて愛しいんでしょう……僕が慰めてあげますからね」