ルサ 時渡り辺りはほぼ白。だけれど、時折見える過去の塊たち。
「ど、どこに向かっとうったい?」
「わからない」
サファイアの問いにルビーは首を横に振る。彼らは今、時渡りの中にいる。
なぜ、この中に2人はいるのか。
ルビーの元に、セレビィが再び前に現れた。ルビーは目の前のセレビィに驚くものの、何をしに来たのだろうと声をかけると、戻ってきたサファイアを諸共に時渡りし出して、それに巻き込まれる形で彼らも時渡りの中にいた。
2人の周りには自分たちの過去が過ぎ去っていっていた。
「ルビー、あたし、なーんかこの時渡りの感覚、初めてじゃない気がするったい」
「そうなのかい?ボクは初めてだよ」
ルビーはサファイアの言葉を聞いて、そう答える。これは嘘だ。マグマ団、アクア団、それぞれのボスが企んだ、ホウエン地方全土を巻き込んだ大事件。あの時、マツブサとアオギリをセレビィの力で助けた後、ルビーとサファイアはそれまでのバトルの疲れで気を失う中で時渡りをしている。ルビーはかろうじてそれを認識していた。
(サファイアは今いるところが少しずれたものだって気づくことはないだろうな)
ルビーはこれはずっと自分の中で秘められるものだと思っている。おそらく、話すこともないだろうと。
そう思いに耽っていると、目の前に過去の断片が迫っているのに気づけなかった。
「ルビー!!」
サファイアの鋭い声にルビーははっと我に返って、避けた。その瞬間、ルビーが避けた方向にぐん、と何か見えない力が彼を引っ張った。
「ル、ルビー!!」
「サファイア!」
サファイアが手を伸ばしてくるのを見て、ルビーは掴もうとする・・・・・・が、僅かに届かない。
「ルビー!!」
サファイアは体を投げ出そうとしてまで掴もうとしたが、目の前が淡い白い光に包まれた。
眩しさに目を取られて、閉じていたが、光が収まったのを感じて、目を開けた。すると、そこは懐かしい場所だった。幼い頃、ルビーと出会った場所。遊んでいた場所。
「なつかしかね・・・・・・」
ポツリと呟いた。あの頃からルビーのことが好きだ。想いを伝えたが、ルビーはその時のことを覚えていないという。でも、今は彼と共に旅をすることが出来ている。またいつか改めて言おうと思っているが、いつになるかはサファイアの中ではまだ決めかねている。
(そんなことより・・・・・・ルビーは大丈夫やろか?)
サファイアはルビーの安否を気にかける。動かないとわからない。歩き出そうとすると、横からドンッと誰かがぶつかった。走っていたらしく、サファイアはよろけてしまった。向こうは派手に尻もちを着いていた。
「あいてっ!」
「うわった!なんね、そんなに急いで、どこ、に・・・・・・」
サファイアの目が点になる。手を地面につきながら尻もちを着いている子供。それは幼い頃のルビーだった。
「ル、ル、ルビー・・・・・・!?」
「ん?おねえちゃん、ボクのことなんで知ってるの?」
幼い顔のルビーがサファイアに尋ねる。今のルビーにはないけれど、紛うことなき彼の幼き姿。
「か、かわいか〜!」
サファイアは目をきらきらさせて、しゃがむ。思わず、頭を撫でてしまう。すると、幼いルビーは恥ずかしそうに顔を伏せた。それさえも可愛らしく見える。
サファイアの目に幼いルビーの右手に少し傷ができているのに気づいた。尻もちを着いた時に怪我したのだろう。
「怪我しとるったい。手当てするけん、こっち来るったい」
サファイアは道の脇に幼いルビーを連れて、手早く手当てをする。ジム巡りをしていた旅の頃なら、ここまではしなかっただろう。ルビーと共に旅をしていく上で、身につけていた。
「おねえちゃん、ありがとう」
絆創膏を貼ってもらった幼いルビーは笑顔でお礼を言う。
「どういたしまして」
ルビーの笑顔を見て、サファイアは気持ちよく返す。幼いからこそ、真っ直ぐな彼にサファイアはだいぶメロメロだった。
(幼い時のルビー、かわいか〜!)
ルビーを探すということも忘れて、サファイアは幼いルビーとしばらく話すことになった。
一方、ルビーは。
(さて。サファイアはどこに行ったんだろう。あと、どうやったら、元の時代に戻れるかな。)
マップを調べて、自分は変わらずホウエン地方にいることはわかった。サファイアとはぐれてしまったとはいえ、同じ過去の中に入っていったことはどうにか確認できている。ただ、途中で淡く強い光に包まれて、サファイアがどこへと降り立ったかはわからない。
ルビーがしばらく歩いていると、目の前を小さい歩幅で歩く少女がいた。その横顔を見て、ルビーは目をしばたいた。
(あれって・・・・・・サファイア!?)
可愛らしい服を着て、どこかへ向かっている幼きサファイア。ルビーは少し気持ちを落ち着けながら、近づいた。
「Cuteなキミ、いいかな」
ルビーが声をかけると、びっくりしたように幼いサファイアがルビーを見上げる。
「えっ!?あたし?」
「そう。キミ。キミはどこに行こうとしてるのかな?」
ルビーは目線を合わせて、聞く。幼い彼女に対しての配慮。
「お友達のところに行くの」
彼女がよく喋っているあのホウエン訛りはまだない。いつあの喋りになったんだろう、というちょっとした疑問を思いつつ、ルビーは相槌を打つように、そうなんだと頷く。
幼いサファイアの目がぱちぱちと瞬きして、ルビーを見る。
「なんか・・・・・・似てる」
「え?」
「お友達に・・・・・・なんだか似てる」
その言葉にルビーは衝撃が走った。この幼いサファイアの言うお友達とは、幼い自分のことだとすぐに気づく。そして、思えば自分はこの子には名前を教えてはいけないと。
「そう?世の中、似ている人は3人いるっていうからね」
表情は崩さず、ルビーはにこやかに答える。
ふぅん、と相槌を打つサファイア。素直に受け入れるのを見て、ルビーはとてもこのサファイアを愛しく思った。今のサファイアも愛おしいが、こうやって彼女の幼い頃を見れて、嬉しく思っている。
ふっ、と笑うと、幼いサファイアを優しく膝と背中を支えて抱き上げた。それにびっくりして、幼いサファイアは体を固くした。
「えっ、えっ」
「ふふ、Sorry。可愛いキミを抱き上げてみたくなったんだ。嫌かい?」
ルビーの問に幼いサファイアは首を振った。
「ううん。嬉しい。パパにこんな抱っこされたことない。ありがとう、かっこいいおにいちゃん」
「こちらこそありがとう。お礼にキミのお友達の近くまで行こうか」
ルビーがそう言うと、満面の笑みでサファイアは頷いた。
その後、ルビーが幼いサファイアを小さい頃の自分のいる場所へと行く。その遠目で、となりにサファイアがいるのに気づいて、幼いサファイアを肩車して(それにも彼女は大喜びしていた)、携帯機器で彼女に知らせる。
サファイアも自分の携帯機が振動するのに気づいて、ちらと見て、目を見開き、小さいルビーに惜しみの目を向けながらその場から、ルビーと幼いサファイアとは違う方向に立ち去った。
幼い自分たちから離れた場所で落ち合った。
「ルビー!あんたもここに来とったったいね」
「うん。同じ時間軸に落ちててほっとしたよ」
サファイアの言葉に頷きながら、ルビーは幼い自分たちの方へと視線を向ける。サファイアもそちらへと向ける。
幼いルビーが幼いサファイアの手を引っ張り、どこかへと連れていこうとしていて、それに足を少し絡ませそうになりながらも懸命に幼いサファイアはついて行って行った。
「やんちゃやね〜。小さい頃のルビー、あんなやんちゃやったったい」
「そんなこと言うなら、キミだって、昔はあんなCuteな子だったのにね」
ルビーの言葉にサファイアは目を細くするが、ルビーは動じない。まぁ、お互いに小さい頃の自分に影響されて、こうなったのだから仕方がない。
「サファイアは小さい頃のボクに何を話していたんだい?」
「内緒」
サファイアは右目を閉じてウインクする。ルビーは何か言おうとするが、サファイアの目があるものを捉えた。
「ルビー!あっちでセレビィの時渡りの光が見えるったい!」
「ホント!?行こう、サファイア!」
ルビーはサファイアが指さした方向へと転換すると、サファイアの手を握り駆け出す。お互いにランニングシューズを履いているので、なかなかの砂煙が舞った。
(・・・・・・言えん。小さいルビーが小さい頃のあたしのこと、どれだけ想ってるのか聞いてたなんて)
サファイアは心の中で呟きながら、頬を染める。素直な幼いルビーから数々の想いを聞いた。どれもが当時の自分でも今の自分が聞いても、かなり嬉しいことばかりだったなんて。
(今のルビーは・・・・・・そう言(ゆ)ってくれんかいね。あたし的にはこん人からも言ってくれると、嬉しいっちゃけど)
サファイアはそんな淡い期待をルビーへと思う。・・・・・・まさか、その数日後、彼からプロポーズなんてされることなんて予想もしていない。