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    おたぬ

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    おたぬ

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    桜に攫われそうな❄♀

    「明日朝練でやる試合の人数が足りないんだ」とすっかり顔馴染みになってしまったサッカー部員から彰人の携帯に連絡が来たのは、そろそろ寝ようかと考え始めるような時間帯で、「明日はサッカー部の朝練に出るから一緒に登校できない」と送ったメッセージに、早寝早起きな交際中の相棒から了解の返信が来たのは、今日の朝だった。

    いい加減試合をするのに人数が足りないのなら、もっと熱心に勧誘なりなんなりしろと、彰人は思わずため息が出そうになる。それでも彼が引き受けてしまうのは、単純に体を動かすのがそこまで嫌いではないからだ。

    そんな気持ちで参加したサッカー部の朝練後の更衣室。やれ太腿がいいだの、やっぱり胸がいいだの、飽きずに交わされる男特有の猥談を聞き流しながら流れる汗を拭き取って、制服に袖を通す。今日の紅白戦はボールを追いかけ回して、グラウンドを何度も何度も往復するような目まぐるしく攻守の入れ替わる試合展開で、普段よりも数段体力を削られるものだった。一方的な試合よりかはよっぽど燃えるし、楽しいのはいいが、この後授業があるのだと思うと憂鬱でならない。

    (……寝る自信しかねぇ……)

    休み時間、あまり眠そうな顔をすると真面目な彼女に咎められてしまう。キュッ、と眉を吊り上げてこちらを見る顔も可愛いには可愛いが、怒らせたいわけではない。せめて、昼までには疲労感とこれから来るだろう眠気をなくしておかなくては。

    「おつかれっしたー」

    早々に着替えを終えて、更衣室のドアノブを捻る。ドアが閉まる直前に「そろそろ正式に部に入れよ」なんて言葉が聞こえた気がしたが、それは聞かなかったことにする。

    屋外に出ると、終わったはずの冬がほんの少しだけ混ざったような春先特有の涼やかな風が、運動後の火照った体を心地よく撫でた。暖かな春の陽射しに、これだけ気持ちのいい風があるのなら、余程のことがないと授業中は起きていられないだろうと彰人の中にひとつの確信にも似た予感が生まれる。そんな予感と時を同じくして、ヒラリ、と薄紅色の欠片が空を舞った。

    「……ん?」

    ヒラリ、ヒラリ。風が吹くたびそれらは中空を飛んで、クルクルと踊るように地面へと着地していく。桜の花びらだ。そんなものに風情を感じるような人間ではないが、何となく彰人はその薄紅色の出処へと視線を向ける。

    それは普段学生たちが勉学に勤しんでいる校舎ではなく、使われていない旧校舎側。あまり興味のない彰人は知らなかったが、そこに1本の桜の木があった。立派な太い幹に、両腕を広げるように伸びた枝はその桜が長くそこで咲き誇ってきたことがひと目でわかるほどのもの。その周辺にその木以外に桜はなく、どうやらこの花びらはすべてその木からのものらしい。

    (……ん、あれは……)

    見事な大木に目を奪われていたが、彰人はその木の下にひとつの人影を見つけた。その影の横顔は、遠目からでも佇まいだけで見分けられてしまうほどに見慣れたもので、彰人は自然とそちらに足を向ける。

    (冬弥のやつ、あんなとこで何を……)

    彼女のことだ。桜の木の下にいるのだから、桜を見ているか、本を読もうとしているかのどちらかなのだろうが。足早に駆けて、愛しい彼女まであと数メートルというところまで来た彼の足はしかし、思わずピタリと止まる。

    彼女は白銀の瞳にそれを映していた。ただ静かに、旧校舎という人の来ない場所で咲き誇り、本来誰に見送られることもなく儚く散る運命にあったそれを、見上げていた。

    恋人が桜を見ている。たったそれだけのことなのに、どうしてか近寄り難い何かを感じ、呼吸すら忘れて彼はその光景に目を奪われた。不意に一陣の風が吹き、少女の長く艶やかな青の髪が桜吹雪に靡く。そして、地面に降り積もった薄紅色は再起するように舞い上がって彼女の足元を彩り、まるで抱き締められるように冬弥は桜の花に包まれた。

    あ、と声を出す余裕もなく、気が付いた時にはすでに地面を蹴っていた。どうして、と問われても、衝動的に、としか答えようのない感情のまま腕を伸ばして、彼女をその中に閉じ込める。爽やかな甘い香りが、ふわりとした。

    「………ん、彰人?」

    きょとんと、嫌がるでもなく、恥ずかしがるでもなく、不思議そうな顔で冬弥は彼を見上げる。どうした、と首を傾げる彼女に、彰人は何となく知られたくなくて、普段ならば冬弥がよく言うそれを口にした。

    「何でもねぇよ」

    おそらく、本当のことを言っても冬弥は馬鹿になどしないだろう。けれど、どうしてか気恥しかった。

    桜を見上げる冬弥が絵画のように美しくて、美しすぎて。桜に攫われてしまうのではないかと不安になった、なんて。
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