嵐の日は恋人をしまうことダリダから連絡を受けて僕はすぐに部屋を飛び出した。
とにかく一刻も早くアーノルドを見つけ出さなくてはならないと意気込んではいたものの、一階に降り立って早々に目的が達成されてしまった。
オーブ滞在中に借りている宿舎の入り口で全身をずぶ濡れにしたアーノルドが佇んでいた。
ポタポタと髪から制服から水滴が零れ落ち彼の周りに水溜りが出来ている。
外は大荒れの嵐だ。横殴りの雨や風が扉や壁に当たって物凄い音を立てている。プラントでは見ることのない自然の脅威。たとえ傘を差して外に出たとしても一瞬で傘は吹き飛び、アーノルドのような状態になってしまうだろう。
探し人がすぐ近くにいて心底安堵した。
格好はまったく大丈夫ではないが。
「アーノルド」
声を掛けるとびっくりしたようにアーノルドがこちらを向く。
「アル! 今からどこかにいくのか?」
この嵐の中を? と訝しむ様子だ。
普通の人間ならこんな嵐の中を訳もなく外出したいとは思わないだろう。僕も今日は大人しく部屋に引っ込んでいる予定だった。荒れ狂う自然を間近で体験する機会は貴重で、持ち帰った仕事の手を止め窓の外をずっと眺めていたが。
「その予定でしたがたった今なくなりました。ダリダから貴方の回収を依頼されていたので」
「は? 俺?」
「艦長の代わりに頑張りすぎている副長代理を回収してくれと。各ブロックの固定作業は済んだのでしょう? そのままでは風邪を引いてしまいます」
今更だがオーブには巨大な台風が接近している。
ラミアス大佐が不在の中、副長代理としてアーノルドが安全確認のためコンパスの敷地内駆け回っていたと聞いた。雨が強くなろうとも最後のブロックまで念入りに行って。責任感が強いことは褒められるものだが、それで体調を崩してしまっては元も子もない。
「気持ちは受け取っておく。暫くすれば一時的に弱まるしそのタイミングでコンパスの本部に走るさ。向こうに着替えもある……くしゅっ」
「ほら、行きますよ」
ぶるりと体を震わしたアーノルドの腕を掴み、有無を言わさず部屋へと連れて行く。流石に僕の前でくしゃみをしてしまったせいかアーノルドは抵抗もせず大人しくついてくる。
部屋の扉を開け、とりあえず玄関でアーノルド待たせる。適当に軍服の水を絞るよう指示を出し大急ぎで部屋の中からバスタオルを取りに行く。ついでに部屋を出る前にセットしておいた風呂が沸いていることを確認する。
玄関に戻るとインナー姿になっていたアーノルドが青い軍服を絞って水を出している。
「アーノルド、タオルを持ってき……ま、した、よ」
ごくりと生唾を飲み込んでしまったのは仕方がないと自分に言い訳をする。
アーノルドのインナーの白い部分が透けている。割れた腹筋と胸に二つある鮮やかなピンクの飾りがインナーに張り付いて見えてしまっている。特に普段は見ることのないピンク色のソレからは目が離せなくなってしまう。
僕は恋人に劣情を抱いている。恋人を怖がらせないよう、なるべくその感情を見せないようにしている。しかし僕だって好きな人をオカズにするくらいには健全な男だという自覚はある。
特に今回のような不意打ちは心臓に悪い。
バスタオルを受け取ろうとしたアーノルドに渡さず、直接頭の水滴をわしゃわしゃと乱暴に拭いとる。
痛い! と抗議の声が上がるが無視だ。
「お風呂沸かしていますから早く入って温まってください」
胸の飾りに目がいきそうになるのを抑えて、見なくて済むようバスタオルでインナーごと上半身を包み込む。
「あ、あぁ?」
不思議そうに首を傾げるアーノルドを急かして風呂場に追いやり、あれだけアーノルドが絞っていたのにまだぐっしょりと濡れて重い軍服を回収する。シャワーの音が聞こえてきてから脱衣所に赴き脱ぎ捨てられたスラックスなども回収する。代わりに着替えを置いておく。
濡れた衣類は僕の方でも絞って部屋の外にあるランドリーに放り込みに行く。一応風呂場にいるアーノルドに声をかけて。
部屋から出てすぐにある共用のランドリーに衣類を突っ込みスタートボタンを押す。一時間ほどすれば乾燥して出てくるだろう。
部屋に戻ればまだアーノルドは風呂から出ていなかった。シャワーの音は止まっているので僕の言葉通り湯船にでも浸かっているだろう。
風呂で温まっているだろうが念の為にと温かい飲み物を淹れる準備をしておく。
キッチンで作業をしていれば風呂場からごそごそと音がし出す。暫くすると用意した着替えに身を包んでアーノルドが出てきた。
「よく温まりましたか?」
「うん。ありがとう」
血行が良くなってほかほかとした頬が赤みを帯びている。
「温かいものを用意しますよ。それとも水がいいですか?」
「そうだな……水もらっていいか?」
「もちろんです」
コップに水を淹れて渡すとアーノルドは一気に飲み干した。
空になったコップを返しながらアーノルドが僕の顔を見る。
「なんです?」
「いや、そのな……脱衣所に入ってふと鏡に映った俺のインナーが透けてたから、さっきアルの挙動がおかしかったのって……そういうこと、だよな? と思って」
思わず咳き込んだ。
「ンンッ……僕だって男だと何度も言ってるでしょう。ですからあまり僕に刺激を与えないでください。我慢して………………なんですか?」
「その、本当に我慢ばっかりさせてるなって思って……」
アーノルドは申し訳なさそうに眉を下げる。
「気にしていません。何度でも言いますが確かに本音を言えば貴方と繋がりたい。ですが同時に貴方に怖い思いも痛い思いもさせたくないし貴方にも気持ちよくなってほしい。ですからいくらでも僕は待ちますし待てます。貴方が僕を受け入れてくれるまで」
それに付き合い始めてから進展が何もないわけではないからアーノルドが気にすることは本当にないのだ。
隣に並んだアーノルドの腰を抱き寄せても怯えることもなければ反射的に手を叩き落とされることも、このまま唇を奪って深いキスをしても嫌がられることはない。
アーノルドは少しずつ僕に触られることに慣れてきている。
その進展が僕は嬉しい。
「貴方の気持ちは痛いほど伝わってきます。僕に触れたいと触れられたいと望んでいること。その一方でまだ恐怖が勝っていることも。だからこそ焦らないでほしい」
アーノルドの目を覗き込んでゆっくり伝える。
「悪い……アルにそういう目で見られてるって分かるといつもソワソワして落ち着かなくなる」
アーノルドが僕の目を見つめ返してくれて、照れた表情で言葉にする。
「求められてるって素直に嬉しくなるから、かな?」
胸にドスッと突き刺さる。
そのまま押し倒さなかった自分を褒めたい。
「…………こういうのも、ダメか?」
黙った僕にキョトンと首を傾げるアーノルドについ声が大きくなる。
「構いませんよ! ですが今日はもうダメです。僕の心臓が持ちません。貴方が可愛くて抱きしめたくなる」
「抱きしめるくらいならいいけど」
ほら、と両手を広げるアーノルド。無自覚なのだ。
我慢できなくなって抱きしめる。
僕が使っているシャンプーと同じ匂いがアーノルドからふんわり漂って妙な気分になる。アーノルドが僕と同じ匂いに包まれていることが嬉しくもあり辛いとも感じる。手を出してはいけないのだから。
これは早く離れなければ、自分でも何をするか分からない。
咳払いを一つ。
「アーノルド、ハーブティーでも淹れようと思うのですがどうですか?」
「飲みたい。アルの淹れるハーブティー美味しいからな」
僕の邪魔にならないようにとパッと離れたアーノルドを残念に思いつつ話題が逸れて良かったと安堵しながら、お湯を沸かすためケトルのスイッチを入れたのだった。