夢で会えたら目が覚めると、ベッドから足がはみ出していた。
体を起こして立ち上がってみれば、部屋の中の家具すべてが低い。いや、俺の目線が高くなっている。
寝ているうちに急に劇的に身長が伸びたらしい。そこでようやく、ああこれは夢だなと理解した。
一瞬で場面が事務所に切り替わる。背が高くなった俺にみんなが声をかけてくれる。中には「すごい」とか「羨ましい」とかいう言葉もあった。円城寺さんもにこにこと目線を合わせて俺の肩を叩いてくれた。
「大きくなったなあタケル。日頃の行いが良いからだな!」
「ありがとう。きっと円城寺さんのラーメンのおかげだ」
なんと俺の身長は円城寺さんを超えていて、もしかしたら玄武さんや葛之葉さんよりも高くなっているかもしれない。自分の背に不満はなかったけど、高い身長に憧れはある。夢の中とは分かっていても俺は少し高揚していた。
今なら、アイツだって。思った途端にアイツは現れる。
「あ? …チビ?」
「チビじゃない」
コイツは俺を見るなり胡乱げに顔を顰めた。銀の頭のつむじが見えるくらい、いつもと違う目線でコイツの顔を見下ろす。
「今はオマエよりも背が高い。だからチビじゃない」
どうだ、と。対戦ゲームで勝てた時みたいなテンションで言い切った。そんな俺をコイツは一瞥して、いつもと同じように「クハハ!」と笑う。
「チビはチビだろ。くっだらねー! そんなこと言うためにわざわざデカくなったのかよ」
「え。…違う。そういうわけじゃ」
そういうわけじゃない、のだろうか。わからない。もしかしたら、夢に見るほど俺は気にしていたのだろうか。
「しかたねェな。そんなに呼ばれたいなら呼んでやるよ」
「呼ぶ?」
「呼んで欲しいんだろ? 最強にカンダイなオレ様に感謝しやがれ、チビ!……じゃ、なかった」
コイツの口がゆっくりと開く。音が発せられる。
「……ダメだ!!」
ガタタン!! 衝撃で目が覚める。俺はベッドから転げ落ちていた。身長は、伸びていなかった。
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身長は二十歳まで伸び続けることもあるらしい。ここ数年数値の変わらない俺の背だって、可能性はあるはずだ。
出勤した事務所で共用冷蔵庫を開ける。ここにはいつも牛乳が入っている。料理やお菓子作りに使う人もいるし、紅茶やココアを入れる人もいるからだ。もちろんそのまま飲む人も少なくない。俺も今日は、そのままコップに注いで飲んでいる。俺はカルシウムを信じる。
「なにシンミョーな顔して牛乳飲んでんだチビ。変なの」
冷蔵庫に食べ物を漁りにきたらしいコイツが、奇妙なものを見る目を向けてくる。コイツは俺をチビと呼ぶ。出会ってからずっと。
名前で呼ばれたいなんて思ったこともなかったけれど、夢に見るということは心の奥ではそう願っているのだろうか。例え、そうだとしても。
「現実で呼ばれなきゃ意味がないからな」
「あァ? なんの話だ?」
いくら俺の夢でも、初めてを奪われてたまるものか。俺はコップを呷って牛乳を一気に飲み干した。