ハッピーバレンタイン エアコンの動く音だけが響く部屋で、類は本を読みながら恋人の到着を待っていた。内容が一区切りついた所で時計を確認すると、約束の時間まで五分を切っている。
二人用のソファーに本を置いて、キッチンへ向かおうとした時。
インターホンが鳴る。
「はーい」
合鍵を渡しているのだから、勝手に入ってくればいいと類は伝えた事があったが首を横に振られた。理由を尋ねれば、迎えてくれるのを楽しみにしていると返されてしまい心当たりがある類は何も言えなくなったのだ。
「いらっしゃい、司くん」
「邪魔するぞ」
満面の笑みを浮かべる司の寒さ対策は、完璧と言っても過言ではない。しかし、今日は耳あてを忘れたのか赤くなっていた。
「どうぞ」
洗面所へ行く姿を見送って、類はキッチンへたどり着くとマグカップを取り出して牛乳を注ぎ電子レンジで一分ほど温める。今日の為に買っておいたミルクチョコレートをなるべく細かく手で割り、マグカップへ放り込むとそれを電子レンジに入れてさらに一分ほど加熱。
「何を作っているんだ?」
「気になるかい」
出来上がる前に、司がキッチンへ現れて類の後ろから電子レンジを覗き込む。終了を知らせる音を聞いた類はマグカップを取り出すと、スプーンで中身をかき混ぜる。底に塊が残っている感覚もないので、類は司にマグカップを渡した。
「はい」
「ありがとう」
司は右手で受け取ると中身を不思議そうに見つめていたが、漂ってくる香りの正体に気付きふわりと頬を緩める。類もマグカップを左手で持つと、空いていた手同士を繋いでリビングへと歩く。
「冷たいね」
「手を洗ったばかりだからな」
冷水にさらされた司の手は氷のように冷たかったが、類が気にする様子はない。ソファーへ並んで座り、マグカップに入っているホットチョコレートを飲む。
「温かいな」
「熱くない?」
「飲みやすい温度だ」
「良かった」
司の言葉を聞いて、類はようやく肩の力を抜く。
作り方は調べていたが、実際に作るとなると上手く出来たのかと不安だった。
二人にとって、この飲み物は特別なモノだ。
「ふっ、懐かしいな」
「うん」
二人が恋人という関係になって初めてのバレンタインデーに、司が類へ作って渡したものがホットチョコレートだった。
「でも。司くんが作ってくれたほうが美味しいな」
「そうか? オレはこっちのほうが好きだが……」
自分で作ったものより、恋人が作ってくれたほうが美味しく感じるのは相手を想っているからなのだろう。
冷たかった司の手はホットチョコレートを飲み、類の体温により温かくなっていた。
類も温かくなった体に、ふにゃりと頬が緩む。
「あ!」
するりと司の手が離れて、類は温かくなっていた部分が少し寒く感じた。鞄を持ってきた司は座ると、中から紙製のミニバッグを取り出す。
「今年のだぞ」
「ありがとう」
リボンを解いて箱の蓋を開けると、一口サイズのトリュフチョコレートが並んでいた。去年よりもグレードアップしている事に類は驚くが、自分の事を考えて作ってくれているという気持ちが見えて嬉しくなる。
「食べてもいいかい?」
「食べてもらえないと困るな」
「いただきます」
口の中で溶けるように無くなったチョコレートに、類の頬はますます柔らかく緩む。
そんな様子を見て、司も頬を緩ませるのだった。