「クリスマスマーケットか」
「覗いてみるかい?」
駅前を通り過ぎようとした時に司くんが、広場に建てられたログハウスを思わせる小屋を見て、動かしていた足を止めた。隣を歩いていた足を止めて、彼の視線の先を見る。
クリスマスシーズンが近づくと街中で流れている音楽と、綺麗なイルミネーションが人々を呼び込む。暖かみのある木製の店舗では、様々な物が売られていた。
「いいのか!」
「僕も気になったからね」
ソワソワと落ち着かない司くんの右手を左手で掴むと、自分のコートの左ポケットに突っ込ませて恋人繋ぎにする。
初めて手を繋いだ日はお互いに緊張で体が強張っていたけれど、付き合って二ヶ月を迎える頃にはどちらからともなく繋ぐようになった。悪戯をするように指で手の甲を撫でれば司くんの表情は溶けて、兄や座長としての姿は消え、恋人としての司くんが隣に居る。それに僕の頬も緩み、胸の辺りが温かくなった。そんな僕達は出会ってから二回目、恋人になってから初めてのクリスマスを迎えようとしていた。
賑わっているマーケットでは、ツリーやリースを飾りつける為のオーナメント、民芸品などの雑貨。子供も楽しめるソフトドリンクやビーフシチュー、大人向けのホットワインやソーセージなど、三十を超える店舗で店員と客が他愛ない会話を交えながら、思い思いの時間を楽しんでいる。
「色んな店があるんだな」
「司くん、大きなクリスマスツリーもあるよ」
十メートル以上はありそうなツリーを指しながら、司くんに教えるとデカいと言いながら興奮している。近くにはイベントスペースと飲食スペースが設置されていて、購入したフードやドリンクを食べながら色んな年代の買い物客が談笑中だ。
「皆、楽しそうだ」
「そうだね」
用事もなく歩いていたが、司くんが左の人差し指で僕の肩をツンツンとつついてきた。
「あの店を見に行ってもいいか?」
「構わないよ」
進んだ先の店先には、大小様々な大きさのスノードームが並べられている。ジッと真剣に見ている司くんの姿に、妹である咲希くんへのお土産かなと微笑ましい気持ちになった。繋がっていた手はいつの間にか離れていて、少し寒さを感じる。
「類、どっちが好みだ?」
「そうだねぇ」
司くんの右手には犬がピアノを弾いている物、左手には黒猫が星を抱き締めて眠っている物。二つとも緻密に作られていて、どちらかに絞ってしまうのはもったいない。
その時、片方は自分が買えばいいんだと思い付いた。
「どうした?」
「犬とピアノかな」
「分かった」
司くんは黒猫のほうを戻すと、犬とピアノのやつは店員へ渡して会計をしていた。スノードームは水色の包装紙と黄色のリボンでラッピングされて、専用の手提げ袋に入れられた状態で戻って来る。咲希くんへ渡すなら、ピンク系のほうが良さそうだけれど……。でも、司くんはそれを笑顔で受け取っていたし、店員もにっこりと笑い返していたから間違ったとかではないのだろう。
「待たせたな」
「気にしないで、そろそろ帰ろうか」
「もう、そんな時間か」
夕方も過ぎて夜が近くなってきたので、マーケットから出て駅の構内へ入り電車に乗った。先に降りた司くんにまた出掛けようねとメッセージを送り、僕も最寄り駅で降りて自宅に向かおうとするが、黒猫と星のスノードームが気になって仕方がなかった。
来た道を戻って電車に乗り込み、クリスマスマーケット会場へ向かう。目当てのスノードームを買って、黄色の包装紙と水色のリボンでラッピングしてもらった。
これを贈ったら、司くんは驚くだろうな。
クリスマスプレゼントを身に付ける物にするかハンドクリームなどのケア用品にするか悩んでいたけれど、このスノードームを大切にしてくれたら凄く嬉しいと思う。
黒猫は星を抱き締めて、何を想っているのだろうか。
春になれば通う大学は離れてしまうけれど、帰る家は同じ場所になる事が決まっている。一緒にいる時間は減るから寂しさがないと言えば嘘になるけれど、司くんと暮らす事に期待もあるのだ。
ガサリと音を立てた手提げ袋を見下ろし、数日後の聖夜を想像すると小さく笑いが零れたのだった。