***「バデーニさんっ……!」
懐かしい名前だった。
かつて、途方もない古の日々に、私はそう呼ばれていた。
しかしそれは、とうに捨てたはずの名前だった。
もしも今、この世界で、その名前を呼ぶことができるとしたら。
それはたぶん、彼しかいない。
(……オクジーくん、なのか?)
心の中でなぞった彼の名前が、ひどく懐かしい。
今は二十一世紀で、此処はヒマラヤ山脈に立つ高地天文台。こんなところに、彼が生きているはずがない。
けれど、彼以外にはあり得なかった。
かつての私の名を呼んだ。それだけで、どんな不都合も、不合理も、非現実も、全てを否定して、彼が彼であることを証明していた。
「……それは、誰だ? 私の名前は■■■。悪いが人違いだろう」
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