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ゆらゆらと陽炎の揺らめくアスファルトの道を歩きながら、あいつとの待ち合わせ場所に向かう。
もうすぐ太陽も真上にくるという時間帯に、どうしてこんなに汗を流しながら外出しなければいけないんだと思いつつも、うだるような暑さを吹き飛ばすような声で『一緒にメシ食おうぜ』なんて誘われたら、断ることなんてできないだろ。奢ってくれるって言ったし、僕の気になっていた期間限定ハンバーガーのあるファストフード店なのだから。
別に、あいつとデート気分を味わいたいとか、そういうんじゃない。違うからな。
心の中で誰に言い訳してるのかわからない感情を並べつつ、自宅から徒歩数分の店に着く。
自動ドアが開けば、スゥッと涼しい風が外に向かって押し寄せる。さすがに、灼熱地獄で一気に高まった体温は下げてくれないけれど、この一瞬が心地いい。
二郎と食事をするからと、透明な炭酸飲料だけを注文し、窓から一番遠い二人掛けのテーブルを確保した。
あいつの依頼も、もうすぐ終わるだろう。この暑さの中、走ってくるかな。汗をだらだらと流して、喉乾いたと言って。
僕は気が利くから、タオルを持ってきてやった。飲み物もLサイズにした。低能と違って有能だからな。
スマートフォンでネットの対戦ゲームをしつつ時間を潰していると、隣に賑やかな女子四人が腰を下ろす。
横目に見えた制服は二郎の学校のものだった。
彼女たちがいる時にあいつが来たら、ちょっとした騒ぎになるかもしれない。
しばらく様子を見て、移動できそうなら席を変えようと思っていたところで、「やまじろの坦降りしたんだよね」と聞こえてくる。
その略し方からして、僕の愚兄の話だろ。
坦降りってなんだ。あいつ、アイドルかなんかだったのか。
「最近買った雑誌に載ってたグループの一人で、この人! この人なんだけど!」
どいつだよ。どいつが僕の兄よりかっこいいというんだ。
見たい。けれど、彼女のスマートフォンを覗くわけにはいかない。
「この咥えタバコの人ー! 短めの髪に鋭い目つきが最高じゃない⁉ えっちする時、短い方が邪魔にならなさそう。」
ハッ。何が短髪がいいだ。だいたい、お前らが二郎とそういう関係になれると思うなよ。あいつには、僕という可愛い存在がいるのだから。
そもそも、二郎はどっちだって似合うんだよ。
数年前は短めでさわやかなサッカー少年だったんだ。なぜか今は伸ばしているようだけれど、その長い襟足を雑にまとめたときの色気なんてお前らにはわからないだろ。
束ねきれなかった後れ毛がハラハラ落ちて、僕よりも太い首にかかってるところなんて、とても胸がときめくんだからな。特に、夜のドキドキするようなシチュエーションの時、「ちょっと待ってろ」と髪を結う姿は非常に心臓に悪い。かっこいい、かっこよすぎる。
ついでに筋肉の話をしてやろう。聞こえないだろうが。
前腕の筋をじっくり見たことがあるか? 僕はある。当然だ。
日頃、袖で隠れていることがほとんどだが、細身なのに全体のバランスを崩さないよう、しなやかな筋肉を纏っているんだぞ。ふいに力を込めた時に現れる筋肉の形が男らしさを醸し出している。
その腕に閉じ込められると身動きは取れないし、心臓が鼓膜を突き破って飛び出しそうになるし。とにかく、かっこいい。
「咥えタバコはマジやばいわー。」
「こっちの舌ぺろのほうがやばいでしょ。舐められたい。」
「わーかーるー‼ 長いの最高。えろい。」
そいつに舐められているところでも想像しているのだろうか。ジタバタと足を動かして悶えている。
まぁ、えろいかどうかはわからないが、あいつの舌だって長い。わんちゃんのようにペロペロとよく表に出しているけれど、あれが僕の口の中に入ってきたら、苦しくなるくらいだし、絶対平均より長さはある。平均なんて調べたことないけど。
それを器用に動かして、あっという間にこの僕から言葉を奪うのだからテクニックだって相当なはずだ。
さくらんぼの柄であわじ結びくらいできるだろ。
お前らの話しているアイドルより、色気はあるからな。絶対。
「このさー、切れ長の目やばい。押し倒されたい。」
「いい‼ 大人の色気全開‼‼」
切れ長だけが大人の色気だと思うなよ。あいつの垂れた目尻にどれだけの艶っぽさが見え隠れしていると思っているんだ。
その、一見やさしそうな瞳を彩る、僕ら三兄弟の特徴的なオッドアイ。
あいつのやさしさをそのまま色に変えたような緑。もう片方は、いつも穏やかに僕を見守ってくれる月のような黄色。その黄色は、夜になると捕食者の光を放って僕を狙う。
そのギラついた熱っぽい瞳も嫌いじゃない。
ただ、これから食べられるんだと思わずにはいられなくなるからやめてほしいが。
「坦降り仕方ないわー。これは仕方ない。」
「でしょ⁉ やまじろも、あと五年くらい経てば色気出てくるかなー。」
五年も経たなくたって、十分色気はあるんだよ。
お前らが夜の顔を知らないだけでな。
「二郎の方がかっこいいに決まってるじゃないかっ。」
「俺がなんだって?」
「うわァァァっ…‼」
僕の叫び声で、どこぞのイケメンの話で盛り上がっていた彼女たちもその存在に気づき、ひそひそ囁き始めた。
今さら気を遣っても無駄だぞ。坦降りについては、気にも留めていないけれど。
「なんだよ、大声出して。」
「別に。」
隣の女子高生がお前のファンやめたって、なんてことは言わなくてもいいだろ。
特に拗ねているわけでもないが、先ほどまで彼女らに対抗するようにこいつの魅力を心の中で叫んでいたせいか、どこか恥ずかしく視線を合わせられずに逸らすと、やれやれといったため息がひとつ落とされる。
「ちょっと待ってろ。」
それだけ言い残して席を外し、レジカウンターに並びに行った。
そこは僕も一緒に連れて行って、好きなものを選ばせろよ。
そう思うけれど、隣の視線が痛くて身動きも取れない。
二郎のことだから、僕がいつも注文する三種のチーズバーガーにするだろうな。飲み物はコーラで。
ここは、メッセージを送るしかないか。
そういえば、タオルを渡すタイミングを逃したし、この炭酸水だって「飲めよ」と言えなかった。紙のカップが汗をかき、それを握る僕の手が濡れる。こうなったら、このタオルで自分の手を拭いてやるんだ。
「ほらよ。」
ごちゃごちゃと考えている間に購入が済んでいたようで、手にしていたトレイを僕の前に置く。そこには、包みに期間限定というシールの貼られたハンバーガーとポテト、そしてかき氷。
「お前にしては気が利くじゃないか。ただ、かき氷はバーガーを食べた後がよかったけど。溶けちゃうし。」
「あ……。」
「ということで、デザートから食べるのはお前のせいだからな。一兄には言うなよ。」
「わかってる。つーか、ひとくち寄越せ。」
僕の手からひょいとスプーンを奪い、レモン色の氷をふたくちも食べた。…ひとくちって言ったのに。
「うまっ! 走ってきたから、こういうのがしみるわー……。」
「半分、やるよ。」
ずいっとスプーンを口元に運ぶと、目をパチパチさせてから、大きく口を開けてぱくりと食べる。
「あっついときはシンプルな味が一番だな!」
そう言って見せた笑顔が一番好き……かもしれない。
こいつには絶対教えてやらないけど。