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    saragisaya

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    saragisaya

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    三好さんとじょーじが「完食しないと出られない部屋」に閉じ込められる話。本当に食事しかしないよ!

    「完食しないと出られない部屋」(じょーさや)三好は譲二と夕食をともにしようとしていた。
    好感度最悪だった相手が今や慣れ親しんだご飯仲間であることに、曰く言い難い面白さを感じて三好はわずかに微笑む。
    それはさておき。
    ふたりが足を伸ばしたのは、二年ほど前に開店したばかりの評判のよい店だ。
    可愛らしいドアベルを鳴らし並んで入店した。はずだったのだが。

    「えっ」
    「あれ」
    間の抜けた驚きの声を上げる。
    たしかに、今、ふたりを出迎えてくれた店員の姿が見えたのに、その姿が掻き消えたのだ。慌てて周りを見回すけれど、店員はおろか三好と譲二以外誰もいなかった。広い室内にはまっさらなテーブルクロスがかかったテーブルが整然と並び、柔らかな間接照明が灯る様はお洒落なレストランという雰囲気だが、人っ子一人いないのが異様である。
    「三好さん」
    呼ばれて振り返ると、譲二が唖然とした顔を晒していた。
    「……俺達が入ってきたはずのドアがありません」
    ハッとして後ろを向くと、なるほど、扉がない。いよいよもって異常事態だ。三好は譲二と手分けして室内をくまなく探してみたが、外につながる扉は見つけられず窓という窓はすべて開かなかった。三好と譲二のふたりはこの空間に閉じ込められたのだろうか。なぜ?
    首を傾げながら最初いた位置に戻ってくると、一番近くのテーブルの上にA4サイズの紙が置いてあることに気がついた。
    「メニュー表?」
    「完食しないと出られない部屋、とありますね」
    紙には譲二が読み上げた通り『完食しないと出られない部屋~本日のメニュー~』と書かれている。品名から察するにこの店(仮)はイタリアンのようだ。今夜訪ねた店は創作フレンチだったので、わかってはいたがやはり別の場所だと確信を深める。
    それにしても、この状態でディナーコースのメニューを見るのはなかなかきつい。
    「……丸をつけるみたいですけど、譲二さんメインは魚と肉どちらにします?」
    「こんな得体のしれない場所で食事を召し上がるんですか!?」
    「まあだいぶ怪しいですが正直お腹がすいて……」
    テーブルについて空腹を訴えるおなかを軽くさすると、譲二が眉根を寄せた。渋々という様子を隠さず向かいに腰かける。
    「では、俺は肉料理を」
    「はい、それじゃあ私が魚にしますね」
    メニュー表と一緒に置かれていた鉛筆でてきぱきと丸をつけていく。
    紙の一番下に他より小さな字で書かれていたのだ。『できればお互い食べさせてください!』と。下手に出ているのか強要したいのかよくわからないなと思った。

    不思議なことに。
    メニュー表に丸をつけて置くと、さして間を置かず前菜のカルパッチョとフリッタータが運ばれてきた。運んできたのはもちろん突如出現した人間などではなく遠隔操作されているらしいカートだったが。この空間唯一の扉の先は整頓されたお手洗いだったので(そもそも扉が開く音もしなかったし扉のある方向とは違うところから来た)、隠し扉か何かがあるだろうか。なにもわからない。三好は深く考えるのをやめて、険しい表情で皿を見つめている譲二をとりなした。
    「とりあえず乾杯しましょう」
    「はあ」
    ちなみに。イタリアンなら食前酒で乾杯するのが慣例だろうけれども、ふたりとも炭酸水を希望した。三好は「私に遠慮しなくても」と譲二に酒を勧めたが、「こんなところで万が一にも酔ったりできませんよ」と固辞したのだ。
    カルパッチョは新鮮な鯛の身がぷりぷりとしてさっぱりした味つけ、フリッタータは濃厚な卵とハーブの効いた味つけがよかった。謎のレストラン(?)だが料理は美味しいらしい。内心ほっと胸を撫でおろしていると、ミネストローネが運ばれてくる。定番の品ではあるけれど具だくさんのスープはほっこりお腹を暖めてくれるし確かな満足感がある。ほうと感嘆の息を漏らすと次に運ばれてきたのはパスタだ。パスタはフェットチーネでカルボナーラかボロネーゼか選べたのだが、ふたりともボロネーゼにした。シンプルな具材だからこそわかる美味しさ。そして三好の好きなタイプのチーズだった。満点。
    さて。いよいよメイン料理である。
    ここで三好は失念していた『できればお互い食べさせてください!』という文言を思い出した。そのために違う品を頼んだようなものだったと少し気を引き締める。譲二はじゃがいものガレットと人参のソテーが脇を固める鴨のコンフィ、三好はパプリカとトマトで彩りを添えられたメカジキのグリルだ。ここまで食べてなお食欲をそそられるが、口をつける前に魚の身をサッとナイフで一口切り分ける。
    「譲二さん、どうぞ」
    「…………はい」
    (そんなに嫌なのかしら)
    具合でも悪いのかと心配になるほど、譲二の眉間の皴は深かった。漸う開いた口にそっとフォークを差し入れる。
    「ええと、それでは、失礼して」
    口の中のものを咀嚼し飲み込むと、今度は譲二が鴨肉を淀みないナイフ使いで切り取り三好へ差し出す。
    ――なるほど、されてみてはじめてわかったが、これは恥ずかしいかもしれない。
    譲二とは何度も食事をともにしてきたが、「アーン」などされたこともしたこともない。違う品を食べたとしても、せいぜい相手の皿に置くのが関の山である。
    三好がええいままよと思い切って口を開くと、譲二は恐ろしく遠慮がちにフォークを口元へ運び、そこでぴたりと止まった。仕方ないのでこちらが若干前のめりになり肉にかじりつく。せっかく一口もらったのに味がよくわからなかった。
    なんとなく気まずくて、視線を逸らしてめいめい自分の皿を空にした。
    気を取り直して。
    最後はデザート、ティラミスだ。ともに運ばれてきたコーヒーと一緒にじっくり味わう。
    「結構美味しかったですね」
    「そうですね。この奇妙な状況でなければもっと……」
    たしかに、と思う。
    しかしこの店(らしき場所)が普段レストランとして営業しているのかどうかわからない以上、この状況下でなければ食べることなかったかもしれない(メニュー表には店名の記載もなかった)。すべての品を平らげたふたりはどちらともなく息を吐いた。
    「支払いはどうすればいいでしょう」
    「勝手に閉じ込められて食事させられたうえにお金まで払うつもりなんですか?」
    三好の返答に譲二は軽く目を見張った。ぼそぼそと「美味しかったので……」と言われて思わず言葉に詰まる。三好とて料理は美味しかったのでその一点のみなら文句はないのだ。問題は、それ以外のすべてである。
    ため息をふたたび落とし、席を立つ。つられたのか譲二も椅子を引き、立ち上がった。
    「もし支払うにしろ伝票もないですし、」

    「当店へは何名でお越しですか?」
    店員へ尋ねられ、三好は開いていた口を閉じた。慌てて周囲に目を走らせる。
    食事とおしゃべりを楽しむ客で店内はにぎわい、可愛らしい釣鐘型のランプシェードがパステルカラーの壁紙を華やかに見せていた。
    明らかに、先ほどまでいた場所と違う。元いた場所に――最近評判の良い創作フレンチの店へ帰ってきたのだろうか。なぜあのタイミングで。完食して席を立ったから?
    店員の様子から、この店の扉を開いてからさして時間も経っていないように見えるが、しかし。
    「二名、なんですが……」
    隣に立つ譲二と顔を見合わせる。
    「……今夜はやめておきましょうか……」
    大変残念なことに、三好も譲二もすっかり満腹だったのである。
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