「手の大きさを比べる曦澄」その後「晩吟、無羨から興味深い話を聞いたのだけど」
「あいつの話の九分九厘はくだらん事だ」
「いいえ、晩吟」
微笑みながらそっと江澄の手をとる曦臣。
「私には、とても有益な情報だったよ」
曦臣は両手でそっと包んだ江澄の掌を、丁寧に開いていく。
「貴方はどこもかしこも美しい」
言いながら、曦臣は母指球、小指球を両手で指圧した。
そのまま指の付け根まで少し強めの圧で揉み上げると、次は指を一本ずつ根本から爪の先まで細かく揉んでいく。
その心地よさに、「魏無羨の興味深い話」に対する嫌な予感がとかされていく江澄。
しかし、
「俺は美しくなどない。どこもかしこも美しいのは貴方の方だ」
拗ねた子供のような言い方になってしまったが、江澄は心底そう思っていた。
曦臣が眩しそうに目を細めて見つめる江澄の手は、日に焼け、剣や筆のたこで皮膚は硬く、癇癪を起こすたびに拳を握りしめるためか、肘あたりまで血管が浮き出ている。
「貴方は美しいよ、晩吟」
曦臣は江澄の瞳を掬い上げるように見つめたあと、視線を掌に戻す。
そして先程とは違い、くすぐったくなるような触れ方で江澄の手を撫ではじめた。
「雲夢の日差しを浴びた手の甲も」
指先で手の甲を撫でられ、江澄はピクリと肩を揺らす。
「数々の悲しみや苦しみを乗り越え、たくさんのものを救い上げようと踏ん張ってきた掌も」
掌をやわらかくくすぐられ今度こそ体をよじったが、そっと掴まれているだけの手を江澄は何故か振りはらえない。
「どんなに忙しくても右筆に任せきりにせず、」
曦臣がゆるゆると江澄の指をさすっていく。
中指の背でつつつ、と撫であげたかと思えば、親指と人差し指ではさんで撫でおろす。
「鍛錬や夜狩りを疎かにしないこの指も」
指の股をすりすりとさすったあとに掌をくすぐり、また指の付け根から指先の方までさすりあげた。
「…ッ」
江澄は息をのむ。
背中がぞくぞくと震えた。
───これは、
これはまるで……。
焦りと、恐怖にも似た期待に唇を噛みしめる江澄の瞳を、男が捕らえる。
「…褥で私の背中に甘い傷を残してくれる、この爪も」
曦臣の親指の腹が江澄の指先をくるりと撫で、指と指の間をくすぐってから、2人の手はついに絡まり合う。
「……曦臣ッ」
江澄はもう、体の震えを隠し切ることができなくなっていた。
「晩吟。
貴方の全てが美しく、愛おしい」
瞳の奥に燃え盛る欲を隠しもしない曦臣を、江澄は言葉もなく見つめ返すしかできない。
霊力を送られているわけでもないのに、繋いだ手から熱い何かが流れ込み、体の奥が燃えるようだ。
「ところで晩吟。無羨から聞いた話に戻るけれど、男の体のある部分を、手の大きさから予測できるらしいね?」
目を細めて笑う曦臣の言葉に、甘い痺れが一気に霧散する。
「はっ、何だそれは、馬鹿馬鹿しいっ
いかにもあの恥知らずが言いそうな迷信だな!」
慌てて知らぬふりをする江澄を、曦臣はぐっと抱き寄せた。
「晩吟、知らないふりかい?
無羨は貴方に先に話したと言っていたよ。
手の大きさを気にされなかったか?と前置きをされてね」
江澄は羞恥のあまり腰が抜けそうになり、同時に魏無羨に対して激しい怒りが込み上げた。
「先日私と手を比べただろう?
迷信かどうか、確かめてみなくては。
ねえ?晩吟」
「なっ!!し、しないッ!!
おいこらはなせんんーっっ!!んむっんんーーー!!!!」
にこにこと満面の笑みを浮かべた曦臣に口づけによって黙らされ、何度となく閨を共にしてはいても改めて比べたことのない部位を確かめられ、「あながち迷信とは言い切れないね」とこれまたにこにこ顔の曦臣に怒りを覚えつつもどろどろにとかされ美味しくいただかれてしまった江澄。
魏無羨を紫電の餌食にすることを固く決意する。
しかし満足気に江澄の髪を撫でたり、指先に口づけたりしている曦臣を見ると、今はどうでもいいか、という気持ちになってくるから不思議だ。
「…江澄、もう寝る?」
どうやらうとうとしていたようで、曦臣の声に意識が浮上する。
「うん、寝る…もうしない…貴方も寝ろ」
体をゆるゆるとなでていた曦臣の手が、江澄をそっと抱きしめた。
「うん、おやすみ、晩吟。
私の美しい人」