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    takami180

    @takami180
    ご覧いただきありがとうございます。
    曦澄のみです。

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    takami180

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    曦澄ワンドロワンライ
    第一回お題「秘密」

    #曦澄

     藤色の料紙には鮮やかな墨色で文がつづられている。
     ――雲深不知処へのご来訪をお待ち申し上げております。
     江澄はその手跡を指でたどり、ふと微笑んだ。
     流麗で見事な手跡の主は沢蕪君、姑蘇藍氏宗主である。とはいえ、この文は江家に宛てられたものではない。藍曦臣はいまだ閉閑を解かず、蘭家の一切を取り仕切っているのは藍二公子の藍忘機だった。
     江澄は丁寧に文をたたみなおすと、文箱にしまった。
     藍曦臣と私用の文を交わすようになって半年がたつ。その間に文箱は三つに増えて、江澄の私室の棚を占拠するようになった。
     きっかけはささいなものだ。雲深不知処に遊学中の金凌の様子をうかがうために、藍家宗主宛てに文を出しただけ。何度か雲深不知処に足を運んだ、それだけだった。
     そこをかつての義兄につかまった。
     沢蕪君の話し相手になってくれという頼みだった。なんでも、閉閑を解くために世情を取り入れたいとか。そんなもの、含光君で十分だろうと返すと、結局は外部の者と接触するのに慣れたいという、よくわからない理由を差し出された。
     初めは寒室で一時ほど過ごしただけだった。それも、江澄が一方的に世情を話すのを藍曦臣がうなずきながら聞くだけ。てっきりそれで終わりかと思いきや、文が届いた。
     ――次はいつお会いできますか。
     その誘いに応えるために、三日とあけずに文を交わした。半月に一度は言葉を交わした。そのうちに江澄は藍曦臣に惹かれていった。
    「さて、行くか」
     江澄は私室を出て船着き場へと歩を進める。
     その表情は江家宗主にしてはひどく穏やかだ。
     藍曦臣は半月後の清談会で閉閑を解き、宗主としての役割を果たす予定だという。
     すなわち、江澄が藍曦臣の話し相手として雲深不知処を訪れるのはこれが最後になる。
     江澄が舟に乗り込むと、家僕が竿をついた。川面をすべるように動き出した舟の中、江澄は静かに目を閉じる。
     最後だとしても、俺のやることは変わらない。あの人の助けになれるように。
     ここ数日で入手した巷間の情報を頭の中で整理しつつ、江澄はぐっと口を引き結んだ。


     風が吹いた。
     ようやく雲深不知処に訪れた初夏の、さわやかな風だ。
     開け放っていた戸口から室内に吹き込んだ風は、机上の書物を無造作にめくりあげる。
    「あ、もう、こんな時間でしたか」
     山から吹き下ろす夕刻の風だった。
     気が付けば西の空は赤く、厨房からは煮炊きをする匂いが流れてくる。
    「あなたと話していると時間が飛んでしまいますね」
     江澄は笑って、茶碗を手にした。
     ぬるくなった茶をふくむ。
     藍曦臣は穏やかに微笑んだまま、「そうですね」と首肯した。
    「私も、あなたと話すのは楽しくて、いつも時間を忘れます」
    「嬉しいことを仰います。そうだ、すっかり言い忘れておりましたが」
     江澄は茶碗を置くと、向かいに座る藍曦臣に頭を下げた。
    「このたびは、おめでとうございます。閉閑を無事に解かれることを」
     雲深不知処に到着してから二時は過ごしているのに、ようやく口に出せた話題だった。忘れていたなんて嘘だ。ずっと、いつ言おうかと気にしていた。
     顔が影になっていてよかった。今自分は、とてもではないが喜んでいる顔をしていない。
    「心から、お喜び申し上げます」
    「ありがとうございます」
     藍曦臣も頭を下げた。
     略儀ながら拱手を交わし、江澄はほっと息をついた。
     これで、役目は終わったのだ。
    「私でも、少しはお役に立てたようで、若輩者ながら安堵しております」
    「少しどころか、あなたには、返しきれない恩を受けました」
    「大げさな、私はただ話しに来ていただけですよ」
     藍曦臣ははっきりと首を振った。
    「あなたのおかげです、江宗主」
     微笑みを消した表情で言い切られ、江澄はたじろいだ。
     藍曦臣のまなざしがまっすぐに江澄を射る。
    「あなたが、私を見舞ってくださらなかったら、私はきっともう戻ることはできなかったでしょう」
     江澄は返事ができなかった。
     自分がそれほど藍曦臣に働きかけられているとは思っていなかった。
     目元が熱くなる。
     それでも、これで終わりだ。
     どんなに感謝をもらっても、二人だけの時間は今日で終わりなのだ。
    「いえ、その、驚かれたとは思いますが」
    「はあ、ええ、まあ、驚きました」
    「あの、江宗主……、晚吟」
     ひどくあまやかな声だった。思わず赤面するような響きが江澄の耳を打つ。
    「お願いがありまして」
    「なん、でしょう」
    「今晩はいつもの客坊ではなく、こちらに泊まっていただけませんか」
     江澄は目を瞬いた。
     こちら、というのは、寒室のことか。
     藍曦臣の居室のことか。
    「閉閑を解けば忙しくなります」
     藍曦臣の手が伸びてきて、江澄の手を握った。
    「今夜はあなたと語りあかしたい」
     心臓が、やけに早く鼓動する。
     顔が、熱い。絶対に赤くなっている。
     江澄はぱっと顔をそむけた。こんな顔を見られたら、心の内がばれてしまう。
    「晚吟、よろしいでしょうか」
     なんて答えればいい。こんな気持ちを隠したまま、夜まで二人きりだなんて、避けたほうがいいに決まっている。
     目の端に、自分の手を握り締める白い指が映る。
     この機会を逸したらもう二度と。
     二度と彼とは。
    「わかりました」
     喉の奥からしぼりだして答えると、ひときわ強く手を握られた。
     藍曦臣はずいと体を乗り出してくる。
    「本当ですか」
    「ええ、わかりましたので、手を」
    「ああ、嬉しい。嬉しいです、晚吟」
    「あの、手……」
     藍曦臣は「嬉しい」とくり返し、今まで見たことのないほどの笑顔を江澄に向けた。
     結局、江澄は「離してほしい」の一言が言えず、しばらくは真っ赤な顔のまま藍曦臣に手を預けることになった。



    「なあ、藍湛、あれで二人とも隠しているつもりなのかな」
    「少なくとも、兄上はまだ」
    「ええ〜、嘘だろ? 江澄なんか大真面目だぜ、きっと」
    「そうか」
    「さ、おやつを届けに行ってやるか。おーい、じゃんちょーん」
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    月はまだ出ない夜
     一度、二度、三度と、触れ合うたびに口付けは深くなった。
     江澄は藍曦臣の衣の背を握りしめた。
     差し込まれた舌に、自分の舌をからませる。
     いつも翻弄されてばかりだが、今日はそれでは足りない。自然に体が動いていた。
     藍曦臣の腕に力がこもる。
     口を吸いあいながら、江澄は押されるままに後退った。
     とん、と背中に壁が触れた。そういえばここは戸口であった。
    「んんっ」
     気を削ぐな、とでも言うように舌を吸われた。
     全身で壁に押し付けられて動けない。
    「ら、藍渙」
    「江澄、あなたに触れたい」
     藍曦臣は返事を待たずに江澄の耳に唇をつけた。耳殻の溝にそって舌が這う。
     江澄が身をすくませても、衣を引っ張っても、彼はやめようとはしない。
     そのうちに舌は首筋を下りて、鎖骨に至る。
     江澄は「待ってくれ」の一言が言えずに歯を食いしばった。
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    1437

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     牀榻を抜け出して、衝立を越え、藍曦臣の休んでいる牀榻の前に立つ。さすがに帳子を開けることはできずに、その場に座り込む。
     行儀は悪いが誰かが見ているわけではない。
     牀榻の支柱に頭を預けて耳をすませば、藍曦臣の気配を感じ取れた。
     明日別れれば、清談会が終わるまで会うことは叶わないだろう。藍宗主は多忙を極めるだろうし、そこまでとはいかずとも江宗主としての自分も、常よりは忙しくなる。
     江澄は己の肩を両手で抱きしめた。
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    「晩吟……」
    「あなたは怪我人なんだぞ、勝手に動くな」
     かくいう江澄もまだ左手を吊ったままだ。負傷した者は他にもいたが、大怪我を負ったのは藍曦臣と江澄だけである。
     魏無羨と藍忘機は、二人を宿の二階から動かさないことを決めた。各世家の総意でもある。
     今も、江澄がただ水を取りに行っただけで、早く戻れと追い立てられた。
    「とりあえず、水を」
     藍曦臣の手が江澄の腕をつかんだ。なにごとかと振り返ると、藍曦臣は涙を浮かべていた。
    「ど、どうした」
    「怪我はありませんでしたか」
    「見ての通りだ。もう左腕も痛みはない」
     江澄は呆れた。どう見ても藍曦臣のほうがひどい怪我だというのに、真っ先に尋ねることがそれか。
    「よかった、あなたをお守りできて」
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