ナイト・ミュージアムへの招待 今年の辻の誕生日は午前零時に鳴らされたクラッカーの音で幕を開けた。
「辻ちゃん、お誕生日おめでとう!」
犬飼が勢いよく紐を引くと同時にパーン! と大きな音がなる。
「っくりしたあ……」
まさか真夜中にクラッカーを鳴らされるとは思わず、辻はドキドキする胸を押さえてそう言うのが精一杯だった。
「はは、驚いてる驚いてる」
「驚きますよ。今夜中ですよ? 」
「まあこれ一発だから許してよ。はい、バースデープレゼント」
真っ白い洒落た封筒を取り出すと、そう言って辻に手渡した。
「ありがとうございます。なんですか? 」
「それは開けて見てのお楽しみ」
にこにこと見つめる犬飼の表情から期待と不安を感じながら、金色の封蝋風シールを半分はがして封筒の中身を取り出す。
中からはアロサウルスのシルエットがデザインされたメッセージカードが出てきた。辻は期待に胸を高鳴らせながらカードを開いた。
「……『ナイト・ミュージアムツアーへのご招待』犬飼先輩、これって……! 」
「書いてある通りだよ。ナイト・ミュージアムツアーに応募してみたんだ。さすがに貸し切りじゃないけど」
メッセージカードには「お誕生日おめでとう!辻ちゃんをナイト・ミュージアムへご招待します」の文字と共に開催される博物館の名前やツアー日時などの概要が書いてある。
「よろこんでくれる? 」
小首をかしげて辻の顔をのぞき込む犬飼の首に、辻は招待状を持ったまま抱きついた。
「もちろんです! ありがとうございます! 」
「よかった。夜八時スタートだから二宮隊の誕生日肉終わってからでも間に合うと思う」
「焼肉、夕方五時集合で早いなと思ってました。犬飼先輩のプランだったんですね」
「そういうこと」
犬飼にお礼のキスをしてベッドに寝転ぶと、もう一度招待状を読み返した。
「これって犬飼先輩が作ったんですか? 」
「そうだよ。スマホの画面見せるだけってのもつまんないから市販のキットと家のプリンターでちゃちゃっとね」
「すごい」
招待状を封筒にしまって枕元に置くと、目を閉じる。辻は眉を歪めると目を閉じたまま呟いた。
「先輩、ドキドキして眠れません」
「夜ふかしして明日は昼まで寝てる? 」
「それももったいないです」
なんで一日は二十四時間しかないんだろう、と唇を尖らす様子を見て犬飼がくつくつと笑う。
「辻ちゃんがそんなに喜んでくれるなら、誕生日じゃなくてもまた祝ってあげるよ」
いい子でおやすみ、と額にキスされて辻は難しい顔のまましばらく眠れない自分と格闘していた。
□□□
二宮隊の誕生日肉で盛大に祝ってもらったあと、二人は三門市近郊にある博物館へと向かった。
「食べすぎました」
満足そうに腹をさする辻を見て犬飼も満足そうだ。
「サプライズケーキまでは予想してなかった? 」
「はい。今まで他の人の誕生日肉でもそういうの無かったので。ありがとうございます」
夏の夕暮れもそろそろ太陽が落ちきって、地平線に赤紫色の名残りを残すだけになっている。
「どういたしまして。ひゃみちゃんの時はデザートプレート頼んだけど、辻ちゃんならホールケーキいけるかと思ってさ」
「甘いものは別腹です」
「言うと思った」
強烈な日射しがないだけでもだいぶ涼しく感じる。
博物館に入り受付をすませると同じツアー参加者らしき人達がエントランスに集まっている。
「ナイト・ミュージアムにご参加の方はこちらをお持ちください」
博物館スタッフが参加者にスティック型の懐中電灯を配ると全員に呼びかけた。
「それでは、これからナイト・ミュージアムツアーを開始します。館内の照明は一部を除き消してありますので、足元に十分注意してお進みください」
聞かされる注意事項すら、まるで遊園地のアトラクションに乗る前のようにわくわくする。懐中電灯で足元を照らして歩き始めると、隣を歩いていた犬飼がさり気なく手を繋いだ。
辻が顔をあげて視線で問うと犬飼は
「大丈夫。みんな気にしないよ」
と小声で目くばせした。
「こちらが最初の展示室です。三門市周辺の地形や地層について、実際の岩や砂を用いて説明しています」
薄暗い展示室を懐中電灯で照らすとキャプションや実際の地層を再現した資料が見える。夜の学校に忍びこんだようだ。
次の展示室は「生命の歴史」というテーマで先カンブリア時代から古生物までの進化の過程が紹介されている。いつもなら博物館のゆるキャラがしゃべっている小さなモニターも今は真っ暗だ。子ども達は触れる模型の方へ行ってしまった。
「さて、いよいよ次が大展示室です。恐竜の骨格標本はぜひ下から照らしてご覧ください」
これを楽しみにしていた子ども達は一番大きなティラノサウルスの骨格標本へと向かう。犬飼が、
「辻ちゃんはどこから見る? 」
と聞くと辻は周囲を見渡して、
「あの辺からにします」
中央展示台へと向かった。
ガラス張りの展示台の中には実物の化石が展示されており、辻はそれらを見たかったようだ。展示物の説明を読んでいると博物館スタッフが辻に話しかけてきた。
「その化石、この角度から照らすと光るんですよ」
「え? 本当だ」
静かに微笑む辻の隣で犬飼が身を乗り出す。
「骨の一部が鉱物に置き換わったタイプの化石です。原石と同じなので普通は光らないのですが、これはたまたま表面に出たので少し研磨されてるんでしょう」
興味をもった様子を見るとスタッフは他の参加者にも声をかけに行く。辻は先ほど光った部分を指して、
「犬飼先輩、これたぶんオパールです」
と小声で言った。
「そうなの? 鉱物どころか宝石じゃん」
「化石のオパール化とか、オパール化石と言ってアンモナイトなんかだと丸ごとオパール化石になってる物もあります」
薄暗がりの中でもわかるくらい、辻が嬉しそうに話しているのを見ると犬飼も小声ではしゃいでしまう。
「丸ごとはすごい! コレクターとかいそう」
「いるでしょうね」
上を飛ぶプテラノドンの標本も下から懐中電灯で照らすと迫力が違う。
「恐竜って夜行性もいたので、夜に遭遇したら怖いと思います」
「サイズ的にはトリオン兵みたいなもんだし、それがゲートから出てくるんじゃなくて常にその辺歩いてるってこと? 」
「熊どころじゃないですよね」
特別にバックヤードをのぞかせてもらったりして、ナイト・ミュージアムツアーは一時間ほどで終了した。
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「いやあ、楽しかった 」
博物館を出ると犬飼は大きく伸びをした。
「犬飼先輩、連れて来てくれてありがとうございました」
「どういたしまして。辻ちゃんも楽しめた? 」
すれ違う他の参加者も口々に感想を話しあっている。
「はい。また来たいです」
こういうミュージアムツアーは人気で、抽選になることも珍しくない。犬飼の苦労を思うと毎年というわけにはいかないだろうけど、暗闇の中で照らされる恐竜たちの迫力はすごかった。
「オパール化石の話し面白かったなあ。辻ちゃん、おれが死んだら土葬にしてよ」
「急に何を言いだすんですか 」
怪訝そうな顔をする辻を見ても犬飼はケラケラと笑ったまま帰り道を歩いていく。
「土葬にしたらチャンスありそうじゃない?自分の骨が化石か宝石になったら最高だと思う」
「何億年かける気なんですか……」
呆れたまま歩いて夜空を見上げれば夏の星が輝いている。何億年という時に耐えられるのは星くらいだろう。
「俺の誕生日、まだ終わってないので葬式の話なんてしないでください」
「それもそうか。いいプレゼントになると思ったんだけどなあ」
「遠慮します」
辻の受取拒否を聞いて犬飼がまた笑う。
「だいたい、そんなにプレゼントばかりもらっても何も返せませんよ」
一方的に受け取るのは性に合わないとばかりに辻は唇をとがらせる。
「別におれがあげたいんたから、返さなくていいのに」
可愛いがられる素質はあっても貢がれる才能のない辻に犬飼も自然と声が優しくなる。
「おれが思いつくもの全部あげたくなっちゃうくらい、辻ちゃんがおれに色々なものをくれてるってことだから何も返さなくていいんだよ」
辻の目尻がみるみるうちに赤くなっていく。
そうやって喜んだり照れたりしてくれるだけで十分なんだけどなぁ。
もう一度つないでみた手がぎゅっと握り返してきてくれて。ビルの明かりに薄まった夜のすき間から涼しい風が流れてきた。
END