メリークリスマス『交通機関の乱れが予想され……』
『不要不急の外出は避けるよう呼びかけ……』
繰り返し流れるアナウンサーの声に澄晴はうんざりした。
クリスマス寒波。なにも今年に来なくても。
去年はまだ付き合ってなかったから、辻と恋人として過ごせる初めてのクリスマスだったのだ。
ハロウィンの喧騒も収まらない頃からデートスポットをリサーチして、チケットの予約もお店の予約も済ませてあったのに。
自分で予約をキャンセルするのも、辻に『残念だけど、また今度デートしようね』とメッセージを送るのも気が滅入る。
「……はあ、も~」
やり場のない怒りをため息と共に吐き出すと二番目の姉の明里が、
「アンタそれ何度め? 私だって予定潰れて最悪なんだから、やめてよ」
と頭を小突く。
「明里ちゃんのは推し活じゃん」
口を尖らせて言った嫌味は姉のウィークポイントだったらしく、
「彼氏はリスケしてくれても、推しのライブは払い戻ししかないの」
思いっきり両こめかみを拳でぐりぐり絞めあげられた。
「いたたたたた ごめんごめんって」
「ちょっと、あんた達ケンカしてるならケーキ取りに行ってきてよ」
キッチンから上の姉の奏の声が飛んでくる。
「え? ケーキ? 」
「予約してあるの? 」
じゃれあっていた二人が思わず奏に聞き返した。
「予約したわよ。余ってもどうせ次の日に食べると思って」
奏と一緒に料理していた母がケーキの予約控えを持ってきて言った。言葉にはしなかったが、若者の予定――特にデートは――ドタキャンになる可能性を考えていたのだろう。
「ほら、いつものケーキ屋さんだから、お願いね」
渡された予約控えと窓の外を見比べる。三門市は普段雪が積もらない地域だが、昨夜から雪が舞っていて今も吹雪いている。雪に弱い公共交通機関は遅延か運休していそうだ。
「……わかった」
澄晴は一旦部屋に戻ると、ダウンジャケットを着込み、スノーブーツをはく。
「さっっっむ 」
顔に吹き付ける冷気に思わず大きめの声が出た。
○○○
「新兄ぃ、いつまで寝てんの」
リビングのこたつで朝からふて寝を決め込んでる兄に、弟の奏平が呆れたように声をかけた。
いつもはボーダーに勉強にと、自分の倍は忙しくしている兄が今日は朝からずっとこうだ。
「仕方ないじゃん。この天気なんだから」
「うるさい。そんなの、わかってる」
新之助だってそんなことはわかっている。犬飼も『残念だけど、まだ今度デートしようね』とメッセージをくれた。
でも、今日は恋人になって初めてのクリスマスだった。
大規模侵攻でもゲート発生でもなく、天気に邪魔されるなんて。
もう今日は何もする気になれず、もう一度目をつぶろうとした時だった。
コタツの上でスマホが震えた。
『これからちょっとだけ、辻ちゃんの家に寄っていい? 』
「えっ、」
「なに? 」
「犬飼先輩が、これから来るって」
「雪降ってるのに? 」
奏平の問いに無言でうなずくと、新之助はがばっと起き上がり、あわてて自室へ着替えに行く。奏平はいつもきちんとしている兄の慌てっぷりがおかしくて、こたつ布団に顔をうずめて笑った。
数分後、チャイムが鳴り新之助が恐る恐るドアを開けるとダウンジャケットを着込んだ犬飼がいた。
「こんな時に、ごめん」
「いえ!その、俺も会いたかったので」
犬飼は左手の手袋を外すと辻の右手をにぎる。こっそりのぞいている奏平の視線がなければ、ハグだってしたかったけれど。
「これ、ご家族と食べて」
辻も知っているケーキ屋の焼き菓子の詰め合わせだった。よく見ると犬飼はデコレーションケーキの箱も下げている。
「クリスマスケーキ取りに行ってこいって家出されたから、ついでに辻ちゃんちに寄っちゃった」
「そうだったんですね。わざわざ、ありがとうございます」
犬飼は笑顔のまま首を降る。
「いい口実になったよ」
犬飼の視線を追って振り向いた新之助は、奏平にもらった焼き菓子の箱を渡す。
「犬飼さん、ありがとうございます! 」
「うん、みんなで食べてね~」
奏平がリビングに引っ込んだのを見て、犬飼は新之助の頬にキスをした。
「メリークリスマス」
デートは中止になるし、天気は相変わらずひどいし、あとで奏平にからかわれたりもするかもしれないけど、新之助は同じように犬飼の頬にキスを返した。
「メリークリスマス、です」
END