片思いへのプレゼント「お、犬飼じゃん」
声をかけられた瞬間、繋いでいた手をぱっと離した。
「七月ぶり。すごい人なのに、よくおれだってわかったね」
学校でもボーダー本部でも犬飼の周りには常に誰かがいる。
辻と出かけた先で知り合いに会うことも多く、学校の同級生であれば辻にとっても先輩なので軽く会釈する。
「じゃ、また夏休み明けー」
手を振って別れれば、大したことのない出会いだが、
「なんかやたら知り合いに会うなあ」
「みんな考えることは同じなんでしょう」
ビルの合間にパッと花火が上がって、ドン!という音が耳に響く。
辻はつなぎたかった手を、自分の背中に隠した。
○ ○ ○
「犬飼先輩、お願いがあります」
換装したスーツ姿で辻にお願いされたので、犬飼はちょっと身構えた。
「え、なに」
「来月の誕生日、ここに行きたいです」
辻に示されたのは某有名テーマパークだった。
「そう言えば行ったことなかったね。でもなんで? 」
三門市から新幹線に乗らなければならない遠方の遊園地だ。日帰りするにしても、帰りは深夜になるだろう。
「恐竜のアトラクションがあって、前から気になってたんです」
そう柔らかく微笑まれると、犬飼としては断る理由はない。
「いいよ、行こうか。二宮さんには用事があるって言っとこ」
「ありがとうございます」
そうと決まると早速二人でスケジュールや暑さ対策の話が始まる。
「友達にこの間彼氏と行ったって言ってた子がいるから、その辺ちょっと聞いておくよ」
「あ、はい。お願いします」
「辻ちゃん、ちゃんとお家の人に言ってね? 」
「はい」
うなずいた辻がどうにもわかっていなさそうだったので、犬飼はつい念押しした。
「誕生日におれと二人で遊園地行くって言ったら、さすがに勘づかれると思うよ」
そこまで言われてやっと気づいたらしく、辻の顔が一気に赤くなった。
○ ○ ○
晴れすぎるほど晴れた八月十六日、夜明け前から家を出てついにやってきた。
「すげー! 」
「写真、撮りましょう」
入口から非日常感たっぷりの景色に圧倒され、二人とも高揚した気持ちで入場する。
「はい、辻ちゃんの」
そう言って犬飼から渡されたのはサングラスだった。
「一日中外いると目も焼けるし、眩しいと疲れちゃうから」
辻が渡されたサングラスをかけると、
「似合う、似合う。二人で撮ろう」
と肩を抱かれて写真を撮る。見せてもらった写真では、自分は緊張した表情の観光客にしか見えなくて犬飼の方がサングラスもよく似合うと思ったが、
「辻ちゃんにサングラス掛けさせたの、たぶんおれが初だよね」
と嬉しそうに写真をSNSへアップしているのを見ると、辻もまんざらでもなくなる。
待ち時間短縮のチケットは事前にかなり細かくアトラクションの順番を決めておく必要があったが、その辺は犬飼が綿密に計画を立てておいてくれたおかげで、辻は念願の恐竜のアトラクションを思いっきり楽しむことができた。
「うは〜! 濡れたー」
「ティラノサウルス、カッコよかった……。ステゴサウルスも」
恐竜のエリアはまさに思い描く恐竜映画の世界で、辻は恐竜の足跡や卵のオブジェを見つけては嬉しそうにしている。
あちらこちらにある屋台でフローズンドリンクやチュロス、ポップコーンを食べ歩くのも欠かせない。
「先輩、ホットドッグありますよ! 」
「いやーおれ、結構もうお腹いっぱいかな」
「そうですか? 」
ピンときていない辻の返答に笑ってしまう。
「このあとレストランも予約してあるんだから、食べすぎないでよ」
「それは大丈夫です」
宣言通り、辻はレストランでもしっかり食べてサプライズのバースデーケーキも喜んで平らげてくれた。
「これって、わざわざ予約してくれたんですよね? ありがとうございます」
「どういたしまして。喜んでくれた? 」
「はい。つき合う前の俺が聞いたらきっと、卒倒してます」
「ははは、そっかあ。期待に答えられてたらいいけど」
レストランを出た後はパレードを見に行った。
ダンサー達に促され観客も賑やかに踊り、歓声を上げる。互いの声もかき消されるほどの大音量の曲とリズムが、普段あまり騒ぐことのない辻の羞恥心を取り払ってくれる。
パレードが終わると、日差しはずいぶん柔らかくなり、サングラスをかけた視界は少し暗く感じるようになった。
「これ、ありがとうございます」
外したサングラスを返そうとする辻の手を犬飼は押し返した。
「いいよ。あげる。誕生日プレゼント」
「そんな、もう十分もらってます」
「いいって。辻ちゃんに似合うやつ選んだんだから、おれ持って帰っても使わないし」
犬飼もサングラスを外してしまう。なんだか魔法が解けたように普通の視界が広がっていく。
「新幹線の時間に合わせなきゃだから、あとアトラクションひとつか、二つくらいかな。なに乗りたい? 」
もう一度恐竜のやついっとく?と犬飼が聞いてくれた。
「はい」
とうなずいて、アトラクションの方へ歩き出す。
二人の手の甲が擦れるように触れ合った時、辻が意を決して手を繋ぐと犬飼も握り返してくれた。
「……犬飼先輩とここに来るの、夢でした」
「夢、叶った? 」
「はい。ここなら、人目を気にせず先輩といられるのかなって思ってました」
笑い声を上げて過ぎる家族連れや自分達と同じ年頃のグループ、彼らにとって自分達は居合わせた客の一組でしかないはず。そう思ってここに来た。
犬飼は驚いたようだった。下手に噂になったり騒がれたくないと思ってはいたけれど、それは辻も同じだと思っていた。
「そんなこと考えてたの」
「最初は、犬飼先輩の隣にいるだけでよかったのに、段々先輩の特別になりたくなって、遊園地で恋人らしいことしてみたいなって思うようになってました。贅沢ですね」
「いいんじゃない? 叶えられたんだからさ」
対岸に見える大観覧車。あそこでキスしたら辻はどんな顔をするだろうか。
「……犬飼先輩は、俺にないものをいっぱい持ってて、最初は、そういうところに惹かれたんだと思うんです。でも、俺が持ってるものは、ありきたりだから、きっと片思いで終わるんだろうなって、思ってました」
切なかった頃の記憶が溢れ出す。
「辻ちゃん、それ自分の良さは自分じゃ気づけないってだけだよ」
好きだよと何回も言ってきたつもりだけど、それとは違う言葉もほしくなったのかなと犬飼は小さく笑う。
「おれ、人のフォローするの得意だから、なるべくフォローに回るようにしてるけどさ」
遠くで別のパレードが始まったらしく花火が挙がる。
「辻ちゃんにフォローしてもらって、こんなに自由に動けるんだってわかった。もっと色んなことができる気がした」
のぞきこんだ瞳は、紅を秘めた紫色。
「大好きだよ、辻ちゃん」
END