九井一の配信 その日の配信で、ココが寝落ちた。
オレの幼馴染であるココは、週に一度、配信をしている。
読んだ本や映画のことを喋ったり、ゲームをしたり、時には料理をつくったり。たまにココが飯を食うだけの時もある。内容はその時によって異なり、ココの知識の広さに驚かされたり、ココがすげぇ食うのを感心したりする。
ココには内緒だが、オレは最初の一回目の最初から最後までちゃんと見ている。映画ですら10分で飽きるオレが、ココの配信だけは三時間くらいぶっ続けでみている。
その日もココの配信が始まったときから見ていた。今日の配信はココが映画を見てコメントするのを見るのだ。夫に先立たれた女が年下の男から慕われて、なんて映画にはまったく興味はなかったが、ココの声を聞いているだけでいい。飯を食いながら配信を見ていたのだけれど、なんだかココの様子がおかしい。頭がぐらぐらと揺れている。こいつ、なんか寝てないか?
そういえば昨日、徹夜で本を読んだとかなんとか言っていた。はじめは居眠り程度だったが、10分ほどするとココは完全に寝入ってしまった。「起きて、ココ」だの「ココ、マジで寝てる?」だの流れていたコメントも、次第に流れなくなっていく。勝手に流れ続けていた映画もエンドロールまで終わってしまった。
ラインしても、ココは起きない。あいつ、完全に寝たな。
配信を見ても、ココのあたまのてっぺんのつむじが見えるだけだ。
「……」
ちょっと待て。
これ、ココが起きるまでこのままなのか? 朝までココのつむじが配信されるのか?
「えぇ……」
もう一度ラインを送る。やっぱりココは反応しない。
三十分待ったが、やはり配信はココのつむじのままだった。さすがにこのままはまずいだろ。
意を決したオレはマンションにむかい、こっそりとココの家に侵入した。合鍵は持っている。使ったことはなかったが、渡されていた。
靴を脱いで、気配を殺して、リビングをとおりぬけると、配信で見た通りの光景が広がっていた。ココが机に突っ伏して眠っている。
近づいていって、オレははたと気づいた。
「……これ、どうやって消すんだ?」
ココが配信をしているのは知っている。だがオレは配信の止め方を知らなかった。すると、コメントが流れた。
「え、どれ? どこを押すと止められるって?」
親切な人もいたもんだ。っていうか、このひとは、ココのつむじをずっと見ていたんだろうか。暇な人もいたもんだな。
「ありがとう。おやすみ」
お礼を言って、配信を止め、オレはココのマンションを後にした。
その次の週の配信。ココの第一声は「ゴメン」だった。
「先週は寝てしまってゴメン。気がついたら朝だった」
頭を下げるココという珍しい図から配信は始まった。「きにすんな」だの「おつかれ」だのコメントが流れていく。そのうちに「ずっとココのつむじを見てた」という人が現れた。「オレも」「オレも」意外と物好きな人も多いもんだな。なんて、オレは暢気に見ている場合じゃなかったのだ。
「あのひと、だれ?」
やべぇ。口止めしておけばよかったと思っても後の祭りだ。
「は? なに? え?」
ココの顔が険しくなる。オレの顔には冷や汗が流れる。
「金髪の美人」「まつげがながかった」「かお、ちいさい」「声がいい」「おやすみって言ってくれた」
嘘だろ。あんな夜中だったのに。ココのつむじしか配信していなかったのに。けっこう見てた人がいたってことか。
「……イヌピー? え。家に来たの?」
ヤベェ。思わず正座をした。
画面のコメントはますます荒れる。「誰」「だれ?」「家族?」「彼女?」「イヌピーってだれ?」
ココはすこしだけだまって、そして頬を染めて、言った。
「オレのいちばん大事な人」
画面いっぱいに溢れるエンダァァァァイヤァァァァってなんだ?
しかしオレのスマホはいま検索ができない状態だ。ひっきりなしにコールがかかっている。画面を見なくたって相手は分かる。オレがスマホに出ないから、パソコンの向こうでスマホを投げたココが口を開いた。
「スマホに出てくれねーから、ここで言うけど」
スマホに出ときゃよかったと後悔しても後の祭り。オレは冷や汗を流す。
「オレ、ずっとイヌピーのことが好きなんだけど、今から答えを聞きに行っていい?」
その日のココの配信は過去最高視聴者数になったらしい。